悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷 夜宵

前編

 プリシア・ステヴァロノスは悲恋の人である。


 侯爵家の一人娘として蝶よ花よとそれはそれは大切に育てられ、社交界では憧れない者はいないとまで言われる淑女として名高かった。

 そんな彼女には、常に付き従う騎士がいた。過保護な両親が、娘の安全を考えて付けた王立騎士団出身の凄腕で、見目も良かった。

 二人はどこに行くにも一緒だった。騎士は任務を全うしているだけだったのかもしれないし、令嬢はそれが当たり前だと思っていた。だが、そんな二人を見て、仲睦まじい恋仲だと思う人は少なくなかった。あくまでも彼らは主従関係なのだが、本人たちが特に否定することもなかったため、世間は妄想を膨らませていった。


 プリシアは侯爵家の跡取りであったため、家を継ぐために婿を取った。選ばれたのは伯爵家出身の令息だった。格下の身分であったが、とても優秀な人物であったため、当時の侯爵家当主にいたく気に入られたのである。

 婚約はつつがなく結ばれ、一年後、お互いの成人を待って結婚した。

 それと同時期に、とある小説が出版された。高貴な身分の令嬢と、しがない騎士の悲恋を描いたラブロマンスだった。出版元はモデルの存在を否定したが、社交界のことを少しでも耳にしたことがある人ならば、プリシア嬢と、彼女の護衛騎士のことを想像することができた。


 小説にはこう描かれている。二人は身分違いの恋をしていたが、政略的な結婚のせいで結ばれることはなかった。しかし、今でもお互いを想い合っているのである──と。

 世間の人々はその内容を現実に投影し、そして、やっぱりそうであったかと信じた。


 そうして、プリシア・ステヴァロノスは悲恋のヒロインとなった。



 〇



 そんな悲恋のヒロインを母に持つイオネスは、綿あめのようにふわふわと甘い笑みを浮かべて応接室のソファーに腰掛けているプリシア・ステヴァロノスと対峙していた。

 控えめで感じがよく、人に媚びることはしないが相手の為人ひととなりを素直に褒めることができる、淑女の鏡──それが彼女に対する世間の評価だった。イオネスも幼いころは、そんな母のことを尊敬していた。

 だが、今は違う。


「ねえ、イオネス」

 穏やかな口調で、プリシアは息子の名前を呼んだ。

「そろそろ、帰ってきたらどうかしら?」

 彼女は怒るわけでも、悲しむわけでもない。ただ母親として、そう言うべきだという台詞を述べているに過ぎない。以前は気づかなかったが、今では彼女の言葉の薄っぺらさにイオネスは鳥肌が立った。

「帰る? どこに?」

 イオネスは少々ぶっきらぼうに言った。

「どこって、私たちの家に決まっているでしょう? こんな田舎にいつまでもいないで、早く王都の邸宅に帰りましょうよ」


 ここは、とある辺境伯領である。辺境と言っても、隣国との国境で交易の要にもなっている重要な土地で、都市としてかなり栄えている。田舎などという言葉で片づけられるような場所ではない。

 そんな辺境伯の邸宅の応接室で、イオネスは王都からわざわざやって来た母親と対峙していた。


「戻りません」

 イオネスはきっぱりと答えた。プリシアは拒絶されるとは思っていなかったらしく、珍しく目を丸くして表情を強張らせていた。

「どうして? ここには何の縁もないし、お友達とかもいないでしょう。アレクシアも生まれ育った家で過ごすのがいいと思うの」

 アレクシアは、プリシアの五歳になる娘である。父親に瓜二つのイオネスと違って、彼女は瞳の色以外、淑女の鏡と言われていた母親とよく似ていた。そんな彼女も兄のイオネスと一緒に、この辺境伯に滞在している。


「……だからですよ」

「え?」

「僕たちのことを知っている人がいないから、ここにいるんです」

 そう言うと、プリシアは意味が判らないといった表情を見せる。

 やっぱり、この人は何も判っていないのだ。イオネスは溜め息を吐いた。

 母親は世間で思われているような淑女ではないということを、イオネスは知っていた。外面が良くて、自分の都合ばかりを優先する。そんな本性を知らない人たちにもてはやされて、頭の中はお花畑。世界は自分を中心に回っているのだと思っているようなお目出度い人なのだ。

 そんなプリシアは、子どもたちが家を出た理由を理解していない。だからこそ、こうして平然と迎えに来ることができるのだろう。


「貴女は、僕たち家族が世間からどう思われているのか知っていますか?」

「どういうことかしら?」

 本気で判らないらしい。プリシアは、こてんと首を傾げる。

 イオネスは唇を噛んで、声を上げたくなるのを一旦こらえる。そして、もう一度息を吐いてから口を開く。

「そういえば、今日はエルメス卿を連れてはいませんね」

「え? ええ……彼は、しばらく故郷に帰るというから、暇を出したの」

 エルメス卿は件の護衛騎士である。あの小説におけるヒロインである貴族令嬢を想い続ける苦難の男主人公のモデルであると言われており、プリシアが結婚した後も護衛騎士として侯爵家に身を寄せていた。いつも付き従っているのに今日は一緒ではないのだと思って訊いてみると、彼女はわずかに眉をひそめた。おそらく、イオネスたちが王都を離れている間に何かあったのだろう。


「僕たちが世間からどう思われているかについて、ですが……あの小説のように貴女はエルメス卿と恋仲で、父上は二人の仲を切り裂く悪役だと噂されています」

「まあ、そうなの?」

 プリシアは初めて知ったかのような反応を見せる。だが、噂くらいは耳にしているはずだ。そうでなければ、悲恋のヒロインを気取ることなど出来やしない。

「自分は関係ないとでも言いたそうですね」

「だって、そうでしょう? 私とエルメス卿はいつも一緒にいるけど、それをどうこう言うのは周りの人たちなのよ」

「そうやって、はっきりさせないから誤解を招くんです。そのせいで、父上は社交界で肩身の狭い思いをし続けてきたんですよ!」


 イオネスの父親であるセルジオスは、本当に優秀な人物である。しかし、社交界の若い世代からは悪役扱いされており、同世代や年長者たちからは嘲笑の的になっていた。妻がいつでもどこでも愛人を侍らせているのだから無理もない。

 セルジオスは噂を撤回しようと奔走していたが、肝心の妻は真剣に取り合おうとはしなかった。のらりくらりと夫の言葉を躱し続けた。娘を溺愛していた前当主とその奥方も、子どもができれば噂はすぐになくなると言って、セルジオスのことを諫めた。婿養子という立場から、彼はそれ以上何も言えなかった。だが、息子であるイオネスが産まれてからもプリシアとエルメス卿の噂は消えることがなく、十年経った現在でも続いている。

 前当主夫婦はイオネスが産まれた数年後に相次いで亡くなったために、噂がどうなったのかを知らない。だが、現状を知ったら、さすがに良い顔はしないだろう。


「父上がいつもどんな思いで過ごしていたのか、貴女には理解できないでしょう。そんなんだから、父上は気を病んでしまったんだ。──離婚されるのは当然のことです」

 イオネスは声を荒げながら、事実を告げた。

 プリシアは責められ慣れていないのか、唇をきゅっと結んで俯いた。叱られた少女のように目元に涙を浮かべている。それを見て、本当に子どものようだとイオネスは思った。


 セルジオスは一ヶ月前に、ついに離婚を切り出した。心身共に疲れ切ってしまった彼は仕事や慰謝料などの一切を弁護士に任せて、旧友の辺境伯が治めるこの地にやって来た。栄えているとはいえ、街を少し離れれば雄大な自然が広がっており、セルジオスはここで療養という名の自由を満喫していた。

 しかし、プリシアがやって来た。セルジオスと一緒に辺境伯領に移った子どもたちに会いに。ようやく平穏を取り戻しつつある父親の心に波風を立てたくなかったイオネスは、彼の代わりにプリシアの応対を買って出た。応接室で久しぶりに顔を合わせた息子に驚いた表情を見せたプリシアだったが、そもそも先ぶれもなしに訪問しておいて、どうして元夫が会ってくれると思ったのだろうか。やはり自分のことしか考えていないようだ、とイオネスは思った。


「そ、そうだ! あなたたちにお土産を持ってきたの。ほら、ベリーのタルトよ。大好物でしょう?」

 そう言って、プリシアは傍らに置いていた箱をテーブルに乗せ、蓋を開けた。中にはベリーがたっぷりと詰まったタルトが入っていた。ふわりと甘酸っぱい香りが漂ってくる。

 イオネスは思わず鼻と口を押えて。そして、ソファーからわざわざ立ち上がって後ずさった。

「イオネス?」

 きょとんとしながら、プリシアは首を傾げる。

「……あんた、本当に目出度いな」

「え?」

「あんなことがあったのに、どうしてそんなものが食べられると思うんだ!」


 あの小説のファンの中には、過激な考えを持つ者がいた。その人たちの言い分はこうである。悲恋のヒロインであるプリシア嬢と結ばれるのは、護衛騎士であるエルメス卿であって、セルジオスではない。別れるべきである。二人の子どもたちは、その障害となる邪魔な存在である──と。

 そのせいで、子どもたちも悪質な嫌がらせを受けることは少なくなかった。酷い言葉が綴られた手紙が送られてくるのは、よくあることだった。イオネスが妹を連れて王都の邸宅を離れた理由の一端でもある。


 だが、決定打はやはり、あの出来事だった。プリシアが友人から、人気菓子店のベリータルトをもらって来たときのことである。それはイオネスとアレクシアの大好物であった。プリシアはそのタルトをティータイムのときに二人に食べさせた。

 しばらく食べ進めたところで、二人は突然倒れた。プリシアは食中毒に中ったのだと言ったが、おかしいと思ったセルジオスが調べたところ、タルトには毒が仕込まれていたことが判った。幸い命に別状はなかったが、数日間ベッドから起き上がることができなかった。

 プリシアの友人は、ベリータルトが子どもたちの大好物であることを知っていた。そして、あの小説の熱狂的なファンでもあった。イオネスも何度か顔を合わせたことがある人物だったので、かなりショックを受けた。だが、プリシアは友人がそんなことをするはずがないと、食中毒であるという主張を曲げなかった。

 イオネスとアレクシアは、母親やその周りにいる人たちが信じられなくなった。そして、ベリータルトが食べられなくなった。


「あんなことがあったのに……それなのに、よくそんな無神経なことができますね!」

「ご、ごめんなさい。でも、それならそうと言ってくれたらよかったのに──」

「言いましたよ! それを『あらそう。残念ね』の一言で済ませたのは、貴女じゃないですか!」

 息子の主張に、さすがのプリシアも顔色を悪くした。彼女は見たいものだけを見てきた。そのツケが回ってきたことに、今更気づいたのである。


「僕たちは、戻るつもりはありません。お帰りください」

「ま、待って……!」

「お引き取りを! 二度と顔を見たくない!」

 イオネスが叫ぶと、プリシアは傷ついた表情を見せる。どうして貴女が被害者のような顔をしているのだ、とイオネスは憤る。

 そんなだから、こんなことになったというのに──



 〇



 離婚を切り出されたとき、プリシアは理由が判らなかった。

 世間では悲恋のヒロインとして持て囃されていたプリシアだが、彼女は夫と子どもたちを愛していた。だから、突然のことに彼女は生まれて初めての動揺を覚えた。両親や友人たちから愛されてきた彼女は、愛していた人たちから拒絶されるとは思ってもみなかったのである。

 どうしてなのかとプリシアは訊くと、そんなことも判らないのかとセルジオスは疲れた目をして言った。


 件のロマンス小説を、プリシア自身は創作物として割り切っていた。しかし、周囲が自分をモデルにしているのではないかと言うものだから、彼女はちょっといい気分になっていた。だが、あくまでも他人が言っていることであって、実際は違うと彼女は自覚していた。

 エルメス卿とは幼馴染のようなもので、彼にも婚約者がおり、決して恋仲というものではなかった。プリシアが愛していたのは夫のセルジオス、そして彼との間にできた二人の子どもたちである。そして、彼らも自分のことを愛してくれていると信じて疑わなかった。


 セルジオスと初めて会ったとき、プリシアは恋に落ちた。これまで社交界で顔を合わせてきた殿方とは違うと感じたのだ。格下だが非常に優秀で、男前な風貌。とても紳士的で、非の打ちどころのない素敵な人物だった。共に侯爵家を支えていくのにふさわしい相手だと感じた。だが、プリシアに対してどこか遠慮した態度を取っていて、彼女はそれがなんだか気に入らなかった。

 しかし、あの小説が出版されてプリシアが悲恋のヒロインであると言われるようになると、セルジオスはそれを撤回するように頼んできた。そのとき、プリシアは思った。彼は妻である自分が他の男性と噂されるのを嫌がっている。嫉妬してくれていると。だから、プリシアはわざと聞き流した。

 夫が自分のことを気にしてくれている。私は彼に愛されている。

 そう思い込んでしまったのが、彼女の過ちの始まりであった。


 プリシアは両親から愛されて育った。そして、周囲からも愛されてきた。だが、彼女は愛を伝えるということを知らなかった。自分を愛しているのだから、相手も愛されていることを理解しているのだと思い込んでいた。

 そんなことを知らないセルジオスは、プリシアの心は自分にはないのだと察した。いくら子どもができても、彼女がこちらを振り向くことはない。その結果、彼は諦めてしまった。そして、そのことにプリシアが気づくことはなかった。


 そんなある日、子どもたちがベリーパイを食べて倒れてしまった。セルジオスはパイに毒が入っていたと言ったが、自分にとって都合の良いことばかりを考えていたプリシアは、友人がそんな酷いことをするなんて考えられなかった。また自分の気を引こうと、セルジオスが意地悪を言っているのだと彼女は思った。

 その後、息子のイオネスがベリータルトを食べたくないと言ってきた。あんなことがあったばかりだから仕方ないかもしれない。だが、時間が経てばまた食べられるようになるだろうと深く考えることはせず、「あらそう。残念ね」とだけ言い残した。


 そしてついに、セルジオスから離婚を切り出された。そして、彼はすぐに王都を離れ、辺境伯領に身を寄せた。

 状況が呑み込めず、プリシアは混乱した。話しをしようにもセルジオスはすでに遠くにいる。子どもたちなら何か知っているかもしれないと彼女は子ども部屋の扉をノックした。しかし返事はなかった。部屋はもぬけの殻だった。

 どうして、いつから、子どもたちはいないのか。使用人たちに訊くと、セルジオスについて行ったと答えた。


 使用人たちの多くは、プリシアが結婚する前から侯爵家に仕えている者たちだった。彼らは知っていた。プリシアとエルメス卿はいつも一緒にいるが、恋仲ではないということを。とても仲は良いが、決して一線を越えたことはないと。

 だからこそ、婿養子としてやってきたセルジオスが不憫に思えてならなかった。優秀であるにも関わらず、いわれのない噂話に翻弄され憔悴していく姿を見ていることしかできず、歯がゆい思いだった。離婚して家を出て行くと聞いたときは、只々ゆっくりと休んでくださいと一同は願ったものである。

 同時に、プリシアに対する忠誠心は底をついてしまっていた。


 そんな使用人たちの思いを知らないプリシアは、元夫と子どもたちに会いに行こうとしていた。そんなとき、エルメス卿から暇をもらいたいと申し出があった。これまでプリシアの側を離れたことがなかった彼がそんなことをいうので、彼女は狼狽えた。どうして自分のもとを離れるのかと。しかし、話を聞くと、彼の申し出を認めるしかなかった。


 エルメス卿にも婚約者がいた。プリシアが結婚して、しばらくしてから結ばれた婚約である。政略的なものだったが、相手の令嬢とは昔馴染みで関係は良好だった。だが、何年も結婚を先延ばしにしてきたせいで、家同士の関係が拗れてきたというのである。

 忠誠心があるといえば聞こえはいいが、エルメス卿は自ら前に出るタイプではなく、常に命令を待っているような男だった。悪く言えば優柔不断なのである。そんな彼にとって、プリシアの指示を聞いているだけの今の仕事は都合が良かった。そんな職場を手放したくなくて結婚を先延ばしにしてきたのだが、とうとう婚約者が耐えられなくなった。お互いに結婚の適齢期を過ぎていたこともあるし、昔馴染みということもあってロマンスの件については誤解であると理解してもらっていたはずだが、結婚から逃げていると思われても仕方なかった。


 そんな話を聞かされてしまえば、プリシアも暇を出すしかなかった。エルメス卿がいなくなったことで、プリシアは一人で馬車に乗り込んで辺境伯領へ向かうしかなかった。

 そして、辿り着いた辺境伯の屋敷で齢十歳の息子から、自分がいかに無神経であったかのを思い知らされたのであった。



 ○



 屋敷を追い出されたプリシアは、とぼとぼと待たせている馬車に向かった。すると、屋敷の庭園のほうから幼い子どもの声が聞こえてきた。植え込みからこっそり覗くと、そこには元夫と娘の姿があった。

 プリシアは思った。あんなに幼い娘が、母親と引きはがされて寂しい思いをしていないはずがないと。イオネスにはああ言われたが、あの子なら一緒に帰ろうと首を縦に振ってくれるはずだ。そう思い、プリシアは植え込みの陰から顔を出して、娘の名前を呼ぼうとした。


 ところが──


「あっ! ママ!」

 娘のアレクシアはそう声を上げて駆け出した。そして、屋敷のほうからやって来た一人の女性に抱き着いた。

 それは女辺境伯として名高いアンドロワ伯爵だった。その後ろから、イオネスもついて来る。


 プリシアは判らなかった。どうして娘は、辺境伯のことを”ママ”と呼ぶのだろうか。そもそも自分は、そんな風に呼ばれたことはなかった。ステヴァロノス家の令嬢らしい振る舞いを身に付けさせていたため、アレクシアは母親のことを”お母様”と呼んでいた。あんな笑顔で駆け寄られて、抱き着かれたこともない。

 そんな娘に、辺境伯は慈愛に満ちた穏やかで優しい表情を向けていた。私は、娘にあんな顔を見せたことがあっただろうか。


 一瞬にして、世界から置いてきぼりにされたような疎外感を覚えた。

 ふと、セルジオスがこちらを見ているような気がした。なんて声をかけていいか判らなかったが、何か言わなきゃと前に出ようとした。

 しかし、彼はさっと顔を逸らした。そして、アンドロワ辺境伯に寄り添う。


 ああ、なんと似合いの家族なのだろうか。そう思った。

 髪や瞳の色は違う。しかし、彼らはひとつの家族であった。


 どうして、あそこにいるのは私ではないのかしら。どうすれば、私はあの場にいられたのかしら。

 伯爵が立っているところは、私の居場所だったはずなのに──


 考えたが、答えは出なかった。プリシアには判らなかった。

 善意や愛情を与えられるだけで、自ら与えたことがなかった彼女にはどうしたらいいのか判断できなかった。

 ただ一つ。あれはもう、手には入らないものなのだと、嫌でも思い知らされてしまった。

 プリシアは一人、広大な侯爵家の屋敷に帰るしかなかった。

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