第44話 本当のあなた


禁魔獣の無慈悲な一撃がアイリスを守るためにボロボロの状態で立ち塞がるルナに向かって繰り出された。目の前で自分を命がけで守ってくれているルナの姿にアイリスは声を絞り出す。



「る、ルナ様......!」



掠れたアイリスの声を背にルナは目を閉じて死を覚悟した。そんなルナの脳裏には今までの人生が走馬灯のように大量に流れていく。


脳内に流れる自分の人生を客観的に見ているとふと同じような状況が前にもあったことを思い出す。それはドラゴンを目の前になすすべもなく殺されそうになった時のことだ。



(あの時はオルタナさんが助けてくれたっけ...)



しかしそんなオルタナも今や胴体を貫かれてもう助けてはくれない。だがそんな彼の身体はゴーレムなので彼自身は死んでおらずどこかでまだ生きているのだろう。



「お、オルタナさん...」



ルナは死が目前まで迫っているそんな最中、最後に頭に浮かび上がったのは何度も彼女のことを救ってくれたオルタナの後ろ姿だった。そんな彼の姿が見えただけでルナは死の間際にも関わらず何だか心温まる気持ちになった。




ドゴンッ!!!!!!!!!!!




鈍い音と共に辺りに強烈な衝撃波と砂煙が吹き荒れる。アイリスはその衝撃に思わず目を閉じてしまったが、予想外にも自分にまるで攻撃の余波がないことに気づいた。


そしてルナもまた全く攻撃が来ず、そして自分に禁魔獣の攻撃が届く前に正面から衝撃音が聞こえたように感じていた。



そして二人はゆっくりと目を開けて目の前に広がる光景を視界に入れる。



「えっ...うそっ...」


「あ、あなたは...」



二人の目の前には禁魔獣の攻撃を魔法障壁で受け止めている人物がいた。



彼の姿を見たルナは見覚えが無いはずなのに、なぜか見慣れたような印象を受ける。その一方でアイリスは目の前の人物を見て、いろんな感情がぐちゃぐちゃに溢れ出てきて自然と涙が溢れていた。



「あ、アルト...せ、先輩...!?」


「あ、アルト...さん?」



アイリスがアルト先輩と呼ぶその人物はゆっくりと彼女たちの方へと振り返り、優しくも少し気まずそうな笑顔で返事をする。



「やあ、アイリス。久しぶりだね」


「先輩...!」



ルナは見知らぬその人物に何故見慣れた感じがするのか疑問を抱きつつ、彼へと質問を投げかける。



「あ、あの...あなたは...?」


「僕はアルト、分かりやすいように言うと冒険者オルタナの操縦者だ。今までよく耐えてくれた、ありがとうルナ」


「お、オルタナ、さん...!?あなたが...!!」



まさかの正体に驚きを隠せないでいるルナ。しかしそんな感動の再会を邪魔するかの如く、禁魔獣はアルトの展開している魔法障壁に向かって何度も攻撃を繰り返す。



「キエエエエエエ!!!!」


「とりあえず、まずは怪我を治さないとね」



アルトは禁魔獣の攻撃を意に介さなず魔法障壁を展開しながらルナとアイリスに回復魔法を発動させた。すると一瞬にして先ほどまでの痛みが嘘だったかのように体の底から元気が湧き上がってきた。



「これでもう大丈夫。でもしばらくはそこでじっとしててね」


「「は、はい...!」」



アルトは優しく彼女たちに告げると正面へ視線を移し、魔法を発動させる。一瞬にしてアルトは雷属性の上級魔法『ライトニングスピア』を無数に生み出し、それらを禁魔獣に向かって放った。


その攻撃を危険だと察知したのかすぐさま攻撃を辞めてその場を離れた禁魔獣だったが、まさかの全てのライトニングスピアが不自然に軌道を変えて追尾を始めた。



「キエエッ?!」



必至に逃げ回るが音速を超えるライトニングスピアがまるで雨のように降り注ぎ、それらすべてが禁魔獣を追尾しているため完全に避けきることが出来ずにいた。


それに加えて少しでも掠ればその個所から電気が体に流れて動きが鈍くなってしまう。その隙を狙ってさらなる雷の槍が奴に襲い掛かっていく。



「ギエエエエエエ!!!!!!」



次第にまともに攻撃を受け始めてしまった禁魔獣はついに無数のライトニングスピアで串刺しになってしまった。



この光景にアイリスもルナも目を丸くして驚いていた。あの禁魔獣を圧倒していることにもだが、これほどの魔法を平気な顔で使っているアルトの実力にも驚愕していた。


ライトニングスピアはそもそも上級魔法であるため同時に複数発動できる者はほぼおらず、ましてやこれほどの数を発動させながらもそのすべてをコントロールして標的に追尾させるというのは神業としか言いようのないものである。



しかしこれほどの攻撃を食らっておきながら、禁魔獣はまだ死んでおらずアルトによって傷つけられた体もその驚異の回復力で徐々に治ってきているのだ。



「アルト先輩!」


「大丈夫、もう終わりだから」


「でも禁魔獣は...」



すると禁魔獣は再び動けるまでに回復を済ませて立ち上がっていた。そして先ほどまで見せていた余裕の笑みが完全に消え去り、怒りに歪んだ様子でこちらを威嚇していた。



「ギギギギギ!!!!!」



そんな禁魔獣の様子に顔色一つ変えずにアルトは再び魔法を発動した。

すると禁魔獣の周囲に瞬時に結界が展開された。



「ギエエエエエエ!!!!!」



それに怒り狂った禁魔獣は結界を壊そうとまるで発狂しているかの如く暴れまわるが、その結界は全くびくともしない。


その様子を確認したアルトは異空間からとある魔道具を取り出して操作を始める。するとルナやアイリス、そして禁魔獣は突然凄まじい寒気のような恐怖を感じた。



「お、オルタナさん...これは...?!」


「大丈夫、心配しなくてもいいよ」



恐る恐るルナはアルトに尋ねるが、彼は先ほどまでと一切変わらない笑顔で彼女に答える。



「魔道衛星起動完了、超高度魔力集約術式『天の怒り(ヘブンズエンレージ)』発動」



するととてつもない魔力が禁魔獣を閉じ込めている結界の上空から感じ始める。その異様さはまさに世界の終わりを感じているかのようであった。



そしてその次の瞬間、アルトは禁魔獣を取り囲む結界をさらに何重にも増やして結界の維持に全力を注ぎ始める。すると上空の雲が割け、そこから光の柱が禁魔獣のいる結界の上部を突き破って中を直撃した。



余りの衝撃に周囲の木は根こそぎ掘り起こされ飛んでいったが、何とかアルトの結界のおかげでその光の柱の威力は結界内で完結しており着弾時の衝撃波以外には何も周囲への影響はなかった。


禁魔獣の断末魔さえなくその光の柱は結界内の全てを包み込み、数秒間それは目の前にまるで天から下りて来た一本の柱のように降り注いでいた。


そうして段々と光の柱はその幅を狭めていき、最後には小さな光の糸ほどの太さとなって消えていった。



その攻撃の跡地には文字通り何も残っておらず、禁魔獣の姿はもちろんのことその結界内の地面は底が全く見えないほど奥深くまでなくなってしまっていた。



「さあ、二人とももう大丈夫だよ」


「アルト先輩...!本当にアルト先輩なんですか...?!」


「ああ、そうだよ。強いて言えば、今はオルタナかな」



勢いよく駆け寄ってきたアイリスをしっかりと受け止めるアルト。彼女は何度もアルトが本物なのかどうかを確かめると次第に涙を流し、アルトの胸の中で泣き始めてしまった。



「ほ、本当にアルト先輩だ~!!うぅ...不慮の事故で亡くなったって聞いたとき...本当に悲しかったんですよ~!!ぐすっ...何で連絡してくれなかったんですか!」


「ごめんね、アイリス。いろいろ事情があって生きてることを知られるわけにはいかなかったんだ」



そんな泣きじゃくるアイリスを宥めているとゆっくりと困惑したような表情を浮かべたルナが近づいてきた。



「オルタナさ...いや、アルト...さん?」


「オルタナで大丈夫だよ、ルナ」


「じゃあ、オルタナさん。ドラゴンに襲われていた時も、今回も、何度も助けていただきありがとうございます!いつものオルタナさんがゴーレムだって知らなかったので、こうしてちゃんと直接お礼を言いたくて...」


「律儀だな、ルナは。それで言うと僕も君にお礼を言わなくちゃね。僕がいない間、アイリスを守ってくれてありがとう。君がいなかったら僕は間に合ってなかったかもしれない」


「そ、そんなこと...だって私は王女様を危険に晒してしまって...」



アルトはルナが言葉をすべて言い切る前にそれを制止する。そしてすでに泣き止んでいたアイリスに向かって先ほどまでとは雰囲気の違った笑顔を向ける。



「そのことなんだけど、アイリス。君はどうして逃げろと言ったにもかかわらず、ここに戻ってきたのかな?」


「え~っと、先輩?顔が怖いです...」


「僕を心配してくれたのは嬉しいけど、僕が間に合ってなかったらどうなっていたのか分かってる?」


「え~っと、あの~...はい。すみませんでした」



そうしてアルトのお説教が始まった。アイリスは聞いている間ずっと正座でしょぼんとした顔になっており、ルナは王女のそのような様子を見て少し驚いていた。



数分間のお説教が終わった後、ルナがふとアルトへと質問を投げかける。



「オルタナさん、これからどうされるのですか?禁魔獣を倒したってことギルド長たちに伝えないといけないですけど...」


「そのことなんだが、俺は諸事情で生身で街に行くわけにはいかないんだ。だから一度、あそこで壊れているオルタナの身体を修理してからじゃないと...」


「あの、アルト先輩。その諸事情...先輩が貴族位をはく奪されてから何があったのか教えていただけませんか?」


「えっ、貴族?!オルタナさんって貴族だったんですか?!」


「あはは...こうなっては何も言わない方があれだね。じゃあ少しだけ説明しようか」



そうしてアルトはルナとアイリスに過去のこと、彼が貴族だったことやその貴族の位をはく奪されたこと、そして第一王子の刺客に狙われていたことを話していった。



「ま、まさかそのようなことになっていたなんて...」


「だから連絡が出来なかったんだ。どうか許してほしい」


「そのような状況なら仕方ないですよ。それにしてもあの兄がまさかそんなことまで...」



アイリスが第一王子への恨み節を呟いていたが、そんな彼女からはアルトたちも少しビビるぐらいの憎悪の感情がにじみ出ていた。アイリスは昔から第一王子のことが好きではなかったが、アルトの話を聞いてそれが完全に嫌悪の方へと振り切ったようだ。



「もしかしたらあの件も...」


「どうしたんだ、アイリス?」


「いえ!何でもないです!さあルナ様、街へ戻りましょう!」


「えっ、でもオルタナさんは?」


「僕はこのままオルタナの身体を修理してくるよ。ルナ、ギルド長には大怪我を負ったから自宅で療養してるって伝えておいてくれないかな。直ったらまた街に戻るから」


「分かりました!」



そうしてアルトはオルタナの残骸をすべて回収し、何かの魔法を解除してすぐにどこかへと飛び去って行った。一方のルナとアイリスも禁魔獣を倒したということを報告すべく、急いでオリブの街へと飛んでいった。






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