第34話 諦めの悪さ


「という訳で、二人に指名依頼が届いている。もちろん受けるんだよな?」



ギルド長が俺たちに届いた指名依頼を渡しながら最後に圧をかけて来た。おそらくもし俺たちがこの依頼を断るようなことがあれば、依頼者に彼が断りの連絡を入れないといけないので出来る限りやりたくないのだろう。



「お、王女様の護衛ですか?!」


「実は昨日、少し事情があってしばらくの間俺たちに護衛をして欲しいと騎士団長から直接お願いされていてな。冒険者として依頼を出すという形でならと俺が言ったんだ」


「オルタナ、お前のせいだったのか...」



何だかギルド長からの視線が痛いような気がするがとりあえず無視だ。別に俺は断るつもりはないのだからいいだろうに。


だが問題はルナがどう思うかである。

今の俺たちはパーティだから彼女の意見も重要だ。



「ルナ、君はどうする?受けるか、断るか...」


「そ、それはもちろん受けますよ!断れるわけないじゃないですか!!」



ルナはすごく焦ったように食い気味に早口で答える。

俺はルナの心情を察して補足説明する。



「この依頼は別に断っても何も言われることはない。相手が王族だからと言って拒否権が無いわけじゃない。もし断りたいのであれば断っても構わない。その時は俺が責任を取るから安心して良い」



そう言うとルナは少し思うところがあったのか少しだけ考え込んだ。しかしすぐに彼女は顔を上げてこちらに笑顔を向けた。



「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です!王女様の護衛を出来るなんて光栄ですし、私も全力で取り組ませていただきます!!!」


「そうか、では二人でこの依頼を受けることにしよう」


「はいっ!」



その様子を静かに見ていたギルド長はほっと一安心したようで胸をなでおろしていた。彼も彼で大変なのだろうなと他人事のように見ていた。



そうしてギルドで正式にアイリスの護衛依頼を受注した俺たちはすぐに騎士団長と連絡を取り、午後から領主の屋敷に向かうこととなった。


それまでの間、ルナは先ほど意気込んではいたがやはり王族に会うのは緊張するようでずっとそわそわしていた。俺も元々貴族とかでは無ければ緊張していたのだろうかと思ったが、貴族でも王族相手は緊張する相手だということを思い出した。



まあ昔は俺もアイリスを相手にするときは緊張していたような気もする...




そんなことを考えている間に時間はあっという間に過ぎ、昼食を二人で済ませて準備を整えた俺たちはアイリスと騎士団長の待つ領主邸へと向かうことにした。


領主邸へと到着した俺たちを出迎えたのは昨日と同じく警備をしている兵士の二人組だった。だが昨日とはまた別の兵士たちのようで事情を説明して騎士団長を呼んでもらうまでに少し時間がかかった。



「オルタナ殿、ルナ殿お待ちしておりました。どうぞこちらへ」



兵士たちの報告で俺たちの元へとやってきた騎士団長に案内されて屋敷の中へと入っていく。やはり昨日と同じでかなりの厳重警戒っぷりである。


隣で一緒に歩いているルナは緊張で先ほどから全く言葉を発していないが、初めての貴族のお屋敷に興味津々なのか辺りをキョロキョロと見渡していた。



「王女殿下、オルタナ殿とルナ殿をお連れ致しました」


「どうぞ」



騎士団長がとある大きな扉をノックするとその中からアイリスの声がかすかに聞こえて来た。そして彼が扉を開けて俺たちに中へ入るように促した。



「オルタナ様!!そしてルナ様も!お二人とも来ていただきありがとうございます!!」



俺たちが部屋へと入るとそこには以前と変わらず制服姿のアイリスがこちらへお辞儀をして出迎えてくれていた。こちらも頭を下げて礼を返す。



「王女殿下の護衛依頼で参りました。改めまして冒険者のオルタナと申します」


「る、ルナと申します!」



隣にいたルナも俺に続いて頭を下げる。まあアイリスならルナが礼儀作法があまり分かっていなくても気にしないでいてくれるだろう。



「これからよろしくお願いしますね」


「はい、全力で王女殿下をお守りいたします」



俺が顔を上げるとアイリスはとても嬉しそうな笑顔をしていた。何となく彼女が考えていることは想像がつくが、今日からしばらくの間は護衛として彼女の近くに居続けなければいけないので依頼を受けた以上はリスクは覚悟しておく必要がある。



「そういえばアレグ、これから私はずっとこのお屋敷に居なければいけないの?」


「もちろんです。未だに先日の犯人は捕らえられておりませんし、王女殿下が狙われる可能性が否定できない以上は外出は控えていただきたい」


「ん...」



騎士団長が強く外出しないことを念押しするが、どうもアイリスは彼の言い分に納得がいっていないようであった。



「でもね、アレグ。本当に私を狙う必要があるのなら真っ先に私を狙わないかしら?わざわざ警備の騎士を襲って馬車を壊したのってこのように警備がさらに厳重になるのだから私が狙いなのだとしたら逆効果だと思うのだけど」


「確かに仰る通りですが...」


「それにもし犯人たちの狙いが私なのだとしても馬車を壊す理由がないはずよ。つまり犯人たちは他に目的があって、それは私はではないという可能性が高いと思うの。だから自由にしても...」


「駄目です。犯人たちの目的が王女殿下でない可能性が高いとしても我々に危害を加えた手練れが今もこの街のどこかに潜んでいるかもしれないんですよ。そんな状況で外出を認められるわけがないじゃないですか」



騎士団長は何があってもアイリスの外出を認めるつもりはなさそうで、それがつまらなそうアイリスは不機嫌になってむくれていた。



「ではオルタナ様、退屈で死にそうな私に魔法を教えていただけませんか?」


「私は護衛として依頼を受けておりますので申し訳ありません」



俺は護衛依頼というのを盾にしてアイリスに魔法を教えるのを断った。この理由であれば正当性があり、反論も難しいので最善の断り方だと思う。



「むぅ...」


「殿下、しばらくの間ですから辛抱してください」


「しばらくって王都の騎士たちが準備をしてここまで来るのにま最低でもだ7日以上あるのよ。犯人もまだ全然見つからないし、ずっと部屋に閉じこもっていたら干からびるわ」


「干からびないですから大丈夫です」



騎士団長のマジレスにジト目を向けるアイリス。確かに彼女の性格からしたら1週間以上も部屋に閉じ込められるのは苦痛でしかないだろうな。


犯人が早く見つかればその限りでもないかもしれないが、おそらく騎士団の手練れたちを圧倒する実力者たちがそう簡単に捕まるわけがないだろう。そうなると彼女は王都からの応援が来るまで引きこもらないといけない。



「ねえ、アレグ。オルタナ様にも協力してもらって犯人を捜した方がいいのではないの?」


「お言葉ですが殿下、オルタナ殿には殿下の護衛に注力していただきたく思っております。そのおかげで我々騎士団も犯人の捜索に全力を出せるのです。犯人は必ず捉えますので心配無用でございます」


「それに私は犯人たちのことについて何も知りません。そんな私が捜索に加わったところでそれほど力にはならないでしょう。ですから護衛の依頼を全力で全うさせていただきます」



俺と騎士団長がそのように言うと不満そうではあるが理解はしてくれたようだ。だがまだ諦めてはなさそうで何やらじっくりと考えを巡らせている。


するとしばらくしてアイリスが何かを閃いたのか突然笑顔になって再び騎士団長に話しかけ始めた。



「ねえ、アレグ。騎士団の誇りにかけて犯人は何をしてでも絶対に捕まえたいわよね?」


「ええ、もちろんですとも。我々の威信をかけて捕まえる所存です」


「私に一つ名案があるのだけれど、どうする?」


「名案ですか...ぜひ私に出来ることであればぜひやりましょう」



その騎士団長の言葉を聞いたアイリスは微かにニヤッと口角を上げた。彼女は俺が学園にいたころからかなり成績が良くて優等生として周囲には知られていたので、騎士団長もアイリスが犯人を捕らえる名案があるというのであれば疑いはしないだろうな。



「殿下、その名案とは...?」


「ずばり!私を囮に犯人たちをおびき出すのよ!」


「なっ?!」


「いけません!そのようなこと出来ません!!」


「まあ最後まで話は聞きなさい。まず私たちは未だに犯人たちの目的については見当がついていません。おそらく私たちがここに滞在しているタイミングで襲ってきたということは私か騎士団に関係する目的であることは間違いないでしょう。ならば護衛にSSランク冒険者であるオルタナ様、そして王国騎士団長であるあなたという考えうる最高戦力が揃っている今なら私が外出し犯人をおびき出して捕まえる方法が一番確実で可能性が高いのではないかしら」


「た、確かに一理あるかもしれませんが...」



騎士団長はアイリスの作戦を聞いて唸りながら悩み始めた。おそらく現状彼女の作戦が一番犯人たちを捕まえられる可能性が高いのは間違いないだろう。


だがそれは犯人たちがアイリスを狙っている場合の話だ。しかし相手の目的が分からない以上、現時点で一番可能性の高い作戦を実行するのが理にかなっているだろう。



「オルタナ様とルナ様はいかがでしょう?」


「わ、私はオルタナさんに従います」


「異論はありません。私たちは王女殿下の護衛として依頼を受けていますのでどこであろうとその役目を全うするのみです」


「だってさ!アレグ!あとはあなたの決断次第よ?」



そう言ってアイリスは騎士団長に詰め寄って判断を急かす。そして悩んでいる騎士団長の近くで「犯人早く捕まえないとね~」「オルタナ様とあなたがいるなら私は確実に安全よね~」などと囁いて自分の自由を勝ち取ろうと騎士団長を惑わしていた。



「わ、分かりましたよ!絶対に私とオルタナ殿から離れないと約束されるのであれば外出を認めましょう!」


「そうこなくっちゃ!さすがアレグ!!」



完全にアイリスの思惑通りに騎士団長は言い包められてしまった。


おそらく騎士団長もなかなか犯人たちを捕まえられないことに内心焦りを感じていたのだろう。だからこそSSランク冒険者と王国騎士団長が護衛としているという状況ならばアイリスも安全だろうと判断したのだと思う。


まあそれにルナだってかなりの実力を持っているし、アイリス自身もルナに匹敵するほどの実力は持っている。外出することは何も問題はないだろう。



だが俺が心配しているのは彼女が外出して何をするのか。

そこが一番心配だと目の前の喜ぶアイリスを見て思っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る