第31話 模擬試合


「これより、SSランク冒険者オルタナ殿と第一王女アイリス・フォン・シャルトルーズ様の模擬試合を始めます!」



ギルドの地下にある訓練場で俺とアイリスが向き合って立っている。その真ん中にはこの模擬試合の見届け人として騎士団長が立ち会うこととなった。


訓練場の四方には戦いの影響が外部に及ぼさないためにルナを含めた4人の魔法使いが結界を張っていた。魔石による設置型とは違って魔法使いが常時展開を続ける方式の結界は強度も持続時間も桁違いになる。


そして結界の外には狭いのにとても多くの人たちがこの一戦を見ようと集まってきていた。この国の王女とSSランク冒険者が戦うところなんてめったに見れるものじゃないと噂が一気に広まってしまったのだ。



「両者、準備はよろしいでしょうか」


「はい、問題ありません」


「...同じく」



目の前で準備運動をしているアイリスはとても嬉しそうな表情をしていた。おそらく自身の全力をぶつけられる相手だと思って、とても張り切っているに違いない。


つまりだ、俺も気を抜いていたら足をすくわれるだろう。



「では、これより模擬試合を開始します。相手に大けがを負わせる魔法や武器の使用は禁止です。決着はどちらかが降参を宣言するか、私が決着がついたと判断した段階で試合を止めて勝者の宣言を行います。互いに模擬試合であることを決して忘れないようにお願いします」


「ねえ、アレグ...早く始めましょうよ」


「...分かりました。では始めます!よーい、始め!!!」



アイリスに急かされた騎士団長が口早にスタートの合図を叫ぶ。そして彼はすぐに俺たち二人から距離を取って戦いの邪魔にならないように位置取った。



「では、オルタナさん。全力で行かせていただきます!!!」



アイリスがそう意気込むとすぐに彼女は自身の周囲に大量の火球を生み出した。一瞬、初級のファイアボールのように思ったがすぐにそれらが中級のヘルファイアであると見切る。



「はぁ!!!」



中級魔法を無詠唱かつこの一瞬で発動したのにも驚きだが、その短時間でこれほどの数を同時展開したことも驚きである。特に周囲で見ていた観客は非常に騒めいていた。


俺もすぐにその魔法に応戦すべく、中級のウォータードームで自身の周囲に荒れ狂う水のドームを展開して防御する。



すると彼女から放たれた火球が次々と水のドームに激突し、小さな爆発と同時に白い水蒸気が発生する。数々の火球がぶつかってきても俺の防御を突破することはなく、全ての火球が荒れ狂う水のドームに阻まれて消滅した。



「やはりこれくらいではダメですね」



アイリスはそう呟くと今度は自身の目の前に大きな氷の槍を1つ生み出して、それを高速で回転させながら俺の防御へ向かって放ってきた。



高速で回転している氷の槍と荒れ狂う水のドームがぶつかり合い、金属音に似た甲高い音が辺りに響き渡る。しばらくの間拮抗していたのだが、徐々に氷の槍が俺のドームの中に侵入し始めた。


俺はすぐにドームを解除して飛び上がり、迫りくる氷の槍を躱す。



するとそれを待っていたかのように頭上には身体強化で移動してきたアイリスがおり、頭上から強烈な中級の風魔法ウィンドブラストを炸裂させてきた。


回避できないと判断した俺は正面に魔法障壁を複数展開して防御に徹する。



ダメージは受けなかったものの、その衝撃で地面へと弾き飛ばされてしまった。その勢いを地面へと逃がしながら着地をすると地面が少しひび割れて辺りに砂埃が舞う。



「オルタナ様、どんどん攻撃してくださって構いませんよ。先ほども言いましたがこの試合で起こったことは不問にしますので」


「...分かりました。では今度はこちらからいかせていただきます」



あまりやり過ぎるとアイリスに勘付かれると思ったので最初は防御に徹して様子見をしているつもりだったが、攻撃がご所望とのことなのでそろそろ攻撃に移ることにした。



俺は自身の周りに複数の水球を生み出してそれらを高速でアイリスに向かって発射する。岩をも砕く威力の水球がアイリスに向かっていくが、それをアイリスは容易く魔法障壁で防御する。


それでも絶え間なく水球を生み出しては発射し続けて彼女の魔法障壁を攻撃し続けていると次第に魔法障壁にひびが入り始めた。



アイリスはその日々を見て驚いたような表情をしたのだが、その次の瞬間にはさらに強度を上げた魔法障壁を複数枚展開して盤石な防御を見せつける。



「そんな攻撃では私の防御は破れませんよ!」



彼女は威勢のいい声を上げると魔法障壁を複数展開させながら同時に攻撃魔法も発動させた。彼女の目の前の地面から棘状の岩が生えてきて、それらが物凄いスピードでこちらへと飛んでくる。


すぐに俺も水球を発射し続けながらも前方に岩の壁を生み出してアイリスの攻撃を防御する。彼女からも絶え間なく攻撃が飛んできて互いにどちらが先に相手の防御を破れるかの根競べになっていった。



そのまま根競べを続けてもいいのだが、それでは俺もアイリスもせっかくの模擬試合なのに面白くないと思うので俺は3つ目の魔法を同時に発動させた。


魔法の複数同時発動はかなり高等技術で出来ること自体がすごいのだが、基本的に2つが限界とされている。だからこそその固定概念を使ってアイリスの不意を突く。



俺が放っていた水球がアイリスの魔法障壁によって阻まれてその残骸が彼女の周りに水溜まりとして残っているのだが、そこから水で作られた触手を生み出して彼女を縛り上げることに成功した。



「!?」



突然体を拘束されたことで驚いた彼女は意識が逸れてしまい、発動中の全ての魔法を解除してしまった。その一瞬の隙を狙い、俺は身体強化と風魔法によってブーストをかけて一気に距離を詰める。


そして手刀を彼女の喉元に突き付けてフィニッシュ。



「そこまで!勝者、オルタナ殿!!!」


「「「「「おおおおおおお!!!!!!!」



騎士団長の宣言によって戦いを見守っていた多くの観客たちが盛り上がる。場所の関係上、あまり高威力の魔法は出せなかったが様々な魔法による攻防と高度な魔法技術が見られて大満足のようだ。


だがそんな中、目の前の王女は一人俯いて黙っていた。

悔しがっているのだろうか...と思いきや彼女が小さく何かを呟いた。



「......ごい」


「ん?」


「す、すごいです!!まさか3つの魔法を同時に発動させるだけではなく、魔法の残骸を利用した不意打ちなんて...!それに初級の水魔法で私の魔法障壁にひびを入れるとはどれほど洗練された魔力操作とイメージ構築をされているのか...!!それにそれに!!...」



彼女は全く落ち込んでいるどころか、目を輝かせながら早口で先ほどの戦いにおける俺の魔法を分析していた。


この光景、昔よく見たことあるなと驚きよりもなつかしさが感じられるな。



すると長らく戦いの興奮を言葉で表していた彼女がようやく喋るのを辞めたかと思いきや、こちらへと近づいてきて俺の手を取りまさかの発言をする。



「オルタナ様!ぜひ私に魔法を教えてください!!」


「王女殿下...それは...」



俺はすぐに騎士団長の方へと視線を向けると険しい表情をした彼がこちらへと迫ってきていた。そしてすぐに俺から彼女を引きはがすとアイリスに苦言を呈し始める。



「アイリス様、もう少し自重なさってください。ここには公務で来たのですよ?模擬試合は仕方なく了承しましたが、これ以上は見逃せません。まだギルド長から受け取った書類の精査が残っているのですから早く行きますよ」


「あっ、ちょっと...!お、オルタナ様~!しばらくここの領主邸に滞在しますのでまた返事を...」



騎士団長は有無を言わさずにアイリスを連れて行ってしまった。

まあ公務で来ているのであれば仕方のないことだろう。


だが結果的に騎士団長には助けられたな。

オルタナとして彼女に魔法を教えるのは身バレのリスクが高すぎる。



だがしばらくこの地に滞在するのであれば、おそらく彼女は以前のようにしつこくやって来るだろうな。正直、また昔と同じように来られたら断り切れる自信がない。



「オルタナさん、大丈夫ですか?」



すると先ほどまで試合のために結界を張ってくれていたルナが後ろからやってきた。アイリスに気を取られて気づいていなかったが試合の時にいた人たちはほとんどが撤収しており、もうそこには祭りの後のような静けさが漂っていた。



「ああ、大丈夫だ」


「それにしても王女様、嵐のような人でしたね...」


「まあ、自分の気持ちに正直に行動できるのは良いことだろうな。ただ少し暴走しすぎなような気もするけどな...」



俺たちは先ほどまでの暴走機関車のような王女様が去っていった方を見て呟く。貴族や王族の中でも珍しい存在だった彼女だが、貴族以外の多くの人と関わるようになった今でも彼女のような存在は珍しいと感じる。



「そういえば試合が終わった後、王女様と何を話していたんですか?」


「突然、魔法を教えて欲しいと言われてしまって困惑していたところに騎士団長が王女殿下を連れて行ったという感じだ。大した話はしていない」


「王女様が...?!」



ルナは俺の話を聞いてとても驚いており、何だかコロコロといろんな表情に変化したあとに俺に神妙な面持ちで訊ねてきた。



「もしかして、王女様に魔法を教えるのですか?」


「いや、そのつもりはない。王女殿下に魔法を教えるなんて畏れ多い。一介の冒険者風情が王族の教師など勤まるはずがないだろう」


「そう、なんですね」



俺の返答を聞いたルナは何だか妙に嬉しそうな感じだった。もしかして王女に魔法を教えることになったら自分が教えてもらう機会が減ってしまうと思ったのだろうか?


もしそうだとしたら少し教え甲斐があるな。



「さあ、予定外の事が起きたが依頼の報告をしようか」


「あっ、そうですね!すっかり忘れてました!!」



そうして俺たちは先ほどまで完全に頭から離れていた依頼の報告を済ませるためにギルドの一階へに向かっていった。


ようやく依頼の報告を終えて俺たちはそれぞれの家路につく。


家に帰ってきた俺は明日からどうやってアイリスの対応をしようかと考えるが、なかなかに難題であるために全く良い策が思いつかないまま夜が更けていった。





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