第2章

第27話 魔法の授業とルナ


ドラゴンの騒動が終わって俺たちは完全にいつもの日常に戻っていた。



そして今日は冒険者の仕事をお休みしてルナに魔法を教える初めての日。そんな俺たちはオリブの街の近くにある森の中にやってきていた。


この森の比較的浅い場所ならば人も凶悪な魔物もあまりいないので魔法の練習にはうってつけの場所である。



「オルタナさん、今日からよろしくお願いします!」


「あまり気張らずにな。まずはやはり初級の攻撃魔法を無詠唱で、かつ威力を発揮できるようになるところを目指そう」



そうして俺は目の前に3つほど土魔法で魔法練習用の的を作った。かなりの強度を持たせたので上級ほどの威力じゃないと壊れないだろうから初級の練習には十分だろう。



「ではまずはファイアボールから」


「はいっ!」



ルナは目の前の的に集中へと手のひらを向けて集中し始める。すると手の先にリンゴほどの大きさの火の玉が現れた。



「ファイアボール!」



ルナの声と共に火の玉が勢いよく放たれて土の的へと衝突。そしてその火の玉は勢いを失って形を崩して消え去った。



「ど、どうでしょうか?」


「ん...やはり威力が弱いな。ルナ、今の魔法を使う時にどんな風に頭の中でイメージしている?」


「そうですね、炎がぶわっと燃え上がってそれを球状にして前に発射して攻撃するっていうイメージですね」



ルナの頭の中を覗き見ることは出来ないが彼女のイメージ方法はおそらく特に問題はないはずだ。一般的にファイアボールを使う時に思い浮かべるイメージと全く変わりない。


何なら教科書通りと言っていいだろう。初めて攻撃魔法を習う時によく教師の人が伝えるイメージと同じだからな。


となると魔力操作の問題か...?でもそれについては支援魔法はちゃんと使えるのだから特に問題はなさそうだ。



攻撃魔法についてだけ何か問題が生じる原因がどこかにあるのだろう。それが何かを見つけなければ彼女が攻撃魔法を使いこなせることはない...と思う。


そしてそれを見つけるのが教える立場の俺の役目だ。



「今度は無詠唱ファイアボールを出来る限り最高威力で撃ってみてくれ。集中に時間がかかっても構わない」


「分かりました!」



そうして彼女は再び的に向かって手のひらを向けて集中し始める。すると先ほどよりも少し大きな火の玉が現れ始める。徐々に大きくなっていくが、かなり微々たる変化であった。



「ファイアボール!!!」



そして再び彼女の声とともに放たれた火の玉は土の的に直撃した。先ほどよりも少しだけ威力は上がっていたが、それでも実践で使うにはまだまだ足りない。



支援魔法は全く問題なく扱えているのに、攻撃魔法になった途端これというのは支援と攻撃でイメージの違いが彼女の中で出来上がってしまっているのだろうか。


俺はそこで一つ仮説を立てて検証してみることにした。



「ルナ、今度は攻撃魔法ではなく火の明かりを作ってみてくれ」


「あ、明かりですか?」



少し不思議そうな顔をしていたが胸元ぐらいの高さに手を置いて手のひらを上に向け魔法で炎を生み出した。何の変哲もない炎が彼女の手のひらの上で揺らめいている。



「そのまま維持しておいてくれ」


「は、はい!」



俺はルナに炎を維持させた状態で俺は異空間から魔石を一つ取り出して目の前に置き、その魔石を使って結界を展開させる。



「えっ?!どういうことですか?!」



俺たちを包み込むように展開された結界は一瞬にして俺たちの周りの視界を奪った。真っ暗闇の中でルナの手の上で燃えている炎の明かりだけがはっきりと見えていた。



「この結界は周囲からの光を全て通さないように作った。だからこの結界の中は常に真っ暗になる。そこでだ、君のその炎でこの結界内全体が見えるように明るくしてみてくれ」


「は、はい...!」



全く意図が分からないと言った感じではあるが、ルナは俺を信じていう通りに手のひらの炎の勢いを増していった。


すると勢いを増し始めてから5秒も経たないうちに結界内全てが見渡せるほどの明かりを彼女の炎は生み出していた。結界の全体が見えるようになったおかげで結界の端の方にある土の的がはっきりと見えるようになった。



「今度は炎の勢いを保ったままその炎を球状に変えてみてくれ」



俺の言う通りルナはすぐに炎の形を球状へと変化させる。これも難なく出来ていた。



「最後だ、それを勢いよくあの的に撃ってみてくれ」


「分かりました...!」



ルナは手のひらを的の方へと向けて炎の弾を発射する。すると今までとは比べ物にならないほどの威力のファイアボールとなって的へとぶつかった。その勢いで周囲に少しだけ砂煙が舞っていた。



「お、オルタナさん...!」



ルナは嬉しそうな声を上げていたが真っ暗で何も見えなかった。俺はすぐに結界を一時解除して周囲の明るさを元に戻す。



「上手くいったな」


「はいっ!初めてあれほどの威力が出せました!!」



どうやら俺の仮説は正しかったようだ。もっと試行錯誤をしないと...と覚悟していたが一発目で成功して俺も少し嬉しい。



「で、でもどうして...?」



ルナはどうして自分がここまでの威力を急に出すことが出来たのか理解できていない様であった。俺は彼女に俺の立てた仮説を説明することにした。



「おそらくだが、君は無意識のうちに『攻撃』というイメージに抑制をかけてしまっているんだ。その原因は何かは分からないが、考えられるのは恐怖や罪悪感などだろう。だから一度、イメージの手順を分けることで『攻撃する』ということを極力意識させず魔法を使ってみてもらった」


「無意識に抑制...ですか」



ルナは自分の手を見つめて考え込んだ。無意識に自分が攻撃魔法の威力を抑え込んでしまっていると指摘されたことで彼女自身がそのことを意識できるようになり、改善につながるかもしれない。



「...私、攻撃するのが怖いのでしょうか」


「それは君自身にしか分からないが、支援魔法は問題なく使えていることからも『攻撃』ということに関して何か思うところがあるのかもしれないな。そのことについてじっくりと向き合ってみるといいだろう」


「分かりました...」



ルナの攻撃魔法が苦手という意識も何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。まだはっきりとしたことは分からないが、一つ分かったことは彼女にはちゃんと攻撃魔法を扱えるだけの技量はあるということだ。


魔法は自分の心を反映するものとよく言われる。つまり重要なのは彼女が自分の内面に向き合うことなのだろう。



俺はルナに宿題として自分の心と向き合うことを課して初回の授業はここで切り上げることになった。次回の授業までに彼女がどれだけ自分のことを知れるのか、そこが今後の大きなポイントとなるに違いない。






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オルタナさんから初めて授業を受けた後、私はオルタナさんに言われたことを何度も頭の中で再生しながら家へと帰った。



──君は無意識のうちに『攻撃』というイメージに抑制をかけてしまっている。



私自身も言われるまで分からなかったそのことに正直困惑していた。


私はもっと攻撃魔法を使えるようになって強くなりたい、そう思っているのは紛れもない事実。でもオルタナさんの指摘が的を得ているようにも感じる。


今の私には本当の自分はどう思っているのか分からなくなっていた。



「あら、お帰り~!」


「お母さん、ただいま」



家の扉を開けるとそこには元気に家事をこなしているお母さんの姿があった。魔力欠乏症に侵されていたころの面影はもうどこにもなく、今ではすっかりと元気に動き回っていた。



「...ルナ、何かあったの?」


「えっ?」



突然お母さんが私の方へと近づいてきて心配そうな表情でこちらを見ていた。


私はお母さんがせっかく元気になったのに余計な心配をさせてまた苦しい思いをさせてしまったらどうしよう...と思い、悩んでいることは黙っておくことにした。



「ううん、別に何もないよ?」


「...ルナ」



するとお母さんは何も言わずにゆっくりと私の後ろへと手をまわしてぎゅっと抱きしめた。突然のことに驚いたけど、何だかとても安心する。



「お母さんはね、どんな時でもルナのことを大事に思っているからね。ルナが辛くて苦しいってなったらお母さんが抱きしめてあげるから。遠慮なんかしないでいつでもお母さんに甘えてもいいんだよ」


「お母さん...」



お母さんの声、匂い、温かさ、そして想いが私を優しく包んでいく。


お母さんにはやっぱり敵わないな...



「あのね、お母さん...」



二人でソファに座って私はお母さんに今まで隠していたいろんなパーティから断られたこと、攻撃魔法が使えない事、そしてオルタナさんに言われたことを全て話した。そして私の話を全て聞き終えたお母さんはもう一度私を抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。



「お母さんの知らないところでそんなに苦労していたのね。ルナ、よく頑張ったわね、本当に自慢の娘だわ」


「お母さん...!」



お母さんに抱きしめられている私はその言葉を聞いて、自然と目から涙がとめどなく溢れて来た。


そして私はいつの間にか久しぶりに大声でお母さんの胸の中で泣きじゃくっていた。




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