第25話 救出作戦 後編


攫われたドラゴンの子を無事に両親の元へと送り届け、古龍へと合図を送った俺はすぐに再び男爵領の屋敷の元へと戻っていた。



転移魔法で戻って来るや否や物凄い地響きが辺り一帯に響き渡っていた。

どうやら古龍が合図を確認して屋敷で暴れ出したようだ。


上手く死人が出ないように手加減してくれているといいけれど...



俺はそんなことを考えながら先ほどマーキングしておいた屋敷の地下へと転移魔法で再度移動することにした。




ステルス状態で再び屋敷の地下へとやってきたのだが、そこでは地上で暴れているドラゴンに恐れ慄いてパニックに陥っている人たちがいた。


彼らは通路の隅で頭を抱えながら神に祈っていたり、この地下から出ようと必死に走り回っていたりとまさに阿鼻叫喚の光景が広がっている。


これだけパニックで大騒ぎしていれば逆に俺も動きやすい。そのまま俺は奥にある大量に資料が保管されている部屋へと向かって歩いていった。



目的の部屋に到着するとその部屋には厳重なドアに鍵穴が2つもあり厳重なセキュリティを敷いていた。だがしかしここには結界は張られておらず、物理的なセキュリティのみというのが少し気になるところだ。


事前にゴーレムを侵入させた際に鍵穴から侵入させてこの部屋にたくさんの機密資料が保管されていることは確認済みである。俺はすぐに結小型ゴーレムを使って鍵穴から侵入して鍵を開錠した。



入り口に幻影魔法を施して周囲からは扉が閉まったままのように見せかけ、俺は開錠した扉を堂々と開いて部屋の中へと入っていった。


するとそこには壁一面に置かれた棚にぎっしりと多くの資料が保管されていた。いくつか手に取って見てみると明らかにアンダリング男爵家が関わったとされる横領や賄賂の授受、および奴隷売買などの不正を示す資料が確認できた。



これで今回の事件にアンダリング男爵家が関与していることは明白となったので、俺はこれらの資料を片っ端から俺の作った肩掛けカバンの魔道具に突っ込んでいく。


これは収納魔法を付与した魔道具で見た目以上にたくさんの物を入れることが出来る。だがそれだけではなくこの魔道具は同じものが複数個あり、そのすべてで同じ異空間を共有している。


そのため今、これと同じものをルナにも渡しているので俺がカバンに入れた資料はオリブの街にいるルナも同様に取り出すことが可能なのだ。この証拠をいち早くギルド長へと渡すためにルナには残ってもらったのだ。




そうして異空間へと収納していくのと同時に資料に軽く目を通しているととある数年前の奴隷売買に関する資料が見つかった。何とそこには処刑された父、グラフィスト子爵の名前があったのだ。


父は国家転覆を図り、各国から戦力としての奴隷を買い集めていたという理由で処刑されたはずだ。当時、他に協力者がいるはずだと他の多くの貴族たちが国王によって調査を受けたのだがなぜか結局単独での計画だったということになってしまったのだ。


だけれどこの資料によると、アンダリング男爵から父へと奴隷が売られているのだ。しかも戦闘奴隷だけではなく他国の様々な奴隷を大量に売買している。



一体どういうことだ...?



俺は他の資料にも目を通していくと、この領地が他国との国境に面しているアンダリング男爵が積極的に奴隷を仕入れ、父を通して国内に売っていたことが分かった。


この資料には聞いたこともないような組織名がたくさん書かれているのだが、貴族の名に関してはグラフィスト子爵とアンダリング男爵以外には記載されていなかった。


だが、俺にはこの組織が他の貴族たちと何らかの関係があるのではないかと思えてならない。もし仮にそうであるならば、実際に奴隷を手に入れている貴族は名目上の組織を立ち上げて、それを身代わりにしているのだろう。それで万が一バレたとしてもその組織を切れば自分たちに被害が及ぶことがないから。



俺は久しぶりに感じる怒りという感情で資料を持つ手に無意識に力が入る。



俺の考えていることが正しければ、父は他の貴族たちによって身代わりにされたということだ。もちろん、父が悪事に加担していたことは事実だろう。でもあの心優しい父が自ら進んで悪事に手を染めたとは到底思えない。


やはり誰かに脅され半ば強制的にさせられていたのかもしれない。当時もそのようなことを考えたことはあったが、国王の調査によってそれが否定されてしまったので諦めていた。


だがもしもその調査自体に不正があったとしたらどうだろう?

そうなればかなり高い位の貴族が関与している可能性がある。



俺は父がトカゲの尻尾切りのように切り捨てられたという可能性を目の当たりにして冷静さを欠き始めていた。


するとその時、地下室が大きく揺れるほどの振動が辺りに響き渡る。

その振動で我に返った俺は今すべきことをようやく思い出した。



このことは後で考えよう...



そうして俺は部屋にあった資料を全て異空間へと収納して屋敷から脱出する。外へと出てみるとそこはまさに地獄絵図のような光景が広がっていた。



「これが我らドラゴンに喧嘩を売った報いじゃ...!苦しむがよい!!!」


「ぎゃああ!!!!!!!」


「た、助けてくれ!!!!!!」



古龍が炎のブレスをまき散らしながら逃げ惑う兵士たちを半殺し状態にしていた。地上の屋敷はもうすでに瓦礫の山と化しており、張られていた結界も跡形もなくなくなっていた。


これほどまでの暴れっぷりを見せているにもかかわらず、見事に誰も殺してはいないようだ。かなりの重傷を負っている者はちらほらといるが、どれも命に別状はなさそうである。


流石は古龍、手加減の正確さが見事だ。




俺はそんな古龍に感心しながら再び古龍に渡した魔道具へと合図を送る。二度目の合図は作戦の完全成功を知らせるものである。


合図を送ると古龍はすぐにそれ気が付き、暴れる演技もまとめに入った。



「我らの目的は達した!お前たちが再び我らに喧嘩を売るようなことがあれば、そのときは根絶やしにしてくれるわ!!!!!!」



最後に衝撃波が発生するほどのとてつもなく大きな声で叫んだ。

そして翼を大きく羽ばたかせてどこかへと飛んでいく。


これはかなりの恐怖を植え付けることに成功したのではないだろうか。




俺はそのまま目視で古龍が見えなくなるまで待機して、肉眼で古龍の姿が見えなくなったことを確認してから古龍の元へと転移魔法で移動した。


俺は古龍の進行方向の少し先の地点へと転移し、古龍がやってくるのを少し待つ。それから十数秒後、古龍が俺の元へと到着した。すぐに古龍に透明化の魔法をかけて周囲から再び見えないようにする。



「おお、客人よ。作戦は上手くいったようじゃな」


「ああ、完璧だ。攫われた子も無事に両親のもとに帰った」


「そうか、そうか。ならば万事解決じゃな」



古龍は嬉しそうな笑顔で話していた。

俺も無事に作戦が成功して達成感で心が満ちていた。



「さあ戻るか、ドラゴンたちの元へ」


「ああ、そうしよう」



俺は古龍と共にドラゴンたちの待つ火山地帯へと転移した。






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「おぉ!帰ってきたぞ!!!」



ドラゴンたちの住処である火山地帯へと帰って来るとそこにはすでにたくさんのドラゴンたちが俺たちの帰りを待っていた。彼らは俺たちがここへ来た時とは全く違う、嬉しそうな笑顔でこちらを見ていた。



「長、それに客人。我が子を助け出していただき感謝する!!我ら一同、客人には頭が上がらない思いだ!!」



父親ドラゴンが代表して集まってきたドラゴンたちの思いを述べる。彼の周りにいるドラゴンたちもそうだ!と同意するように頷いていた。



「それについてはこちら側に非がある。俺とは無関係とは言え、一部の同族が多大なる迷惑をかけた。ここに代表して謝罪する。だが安心してくれ、二度とこのようなことが起きないように皆の長がしっかりと犯人たちに恐怖を教え込んでくれた。それに今回の誘拐犯たちには我々がしっかりと罰を下すことを約束しよう」



俺は大勢のドラゴンたちに向かってまるで演説のように話をした。俺が人族代表というのは少し大それているかもしれないが、今この場にいる唯一の人として最大限の礼は尽くす。



そうして最大限に盛り上がったドラゴンたちはそのままの勢いで宴を開くことになった。俺も古龍の勧めでこの宴に参加することになったのだが、食事が出来ないことをどう伝えるのか悩むな...



「長よ、実はなんだが...」


「客人、ずっと思っていたんじゃが...その長という呼び方は止めないか?親しい者はわしのことをリヴと呼ぶ。ぜひお主もそう呼んでくれ」


「なら俺のことも客人ではなくオルタナと呼んでくれ、リヴ」


「そうだなそうだな!改めて今回はありがとう、オルタナ」



俺と古龍、改めリヴは互いに拳を突き合わせて健闘をたたえ合う。

古から生きる龍との絆が結ばれたような気がした。



「...今度は本当のお主とも会いたいものじゃな」


「...」



周りの騒がしい雰囲気の中、リヴが小さな声でポツリと言葉を漏らした。俺はその言葉が周りのどんな喧騒よりもしっかりと耳へと届いて聞こえた。


気づいていたのか...

流石は古龍、といったところか。



「...いつ気づいた?」


「お主が攫われた子の居場所を特定するため魔法を使うと言って座り込んだ時かの。理屈は分からんが直感的にお主の存在が消えた気がしたのじゃ」



古龍はもしかすると感覚的に魂というものを認識しているのかもしれない。まあ、古龍が直感でしか分からないというのであれば心配する必要はないか。


それに古龍にバレたところで特に問題はない。



「今度はちゃんと面と向かい合って話したいものじゃ」


「...そうだな、またいつかな」


「ははっ、楽しみにしとるぞ」



俺たちは互いに顔を見合わせ、例えどれほど距離が近くなくとも互いの心が今この瞬間は通じ合っているようなそんな気がしていた。





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