第13話 共同研究



俺たちはバトルビーの群れと巣を駆除し終え、依頼人である村長が待つキーピン村へと戻ってきた。村へと戻ってすぐに村長に報告をすると涙を流して喜んでくれた。



「あ、ありがとうございます冒険者様...!これでもう誰もあの魔物に怯えず生活が出来ます...!!!」



バトルビーによる犠牲者も出ていたため、村長はかなり心労が溜まっていたのだろう。それを全て洗い流すかのように号泣していた。


その様子を見た村長の奥さんが自身もポロポロと涙を流しながら村長を慰めていた。冒険者のように凶悪な魔物に対抗する術を持たない彼らにとって、怯えて暮らすしか出来ないというのはかなりの絶望だっただろう。


こうして自分のした行動によって誰かの喜ぶ姿が見れるというのも冒険者をしていて嬉しいことの一つである。



「ところで村長、話は変わるのだがこの村ではいろんな植物を栽培されていると聞いた。この紙に書かれている植物はあるだろうか?」



俺は村長が落ち着いてきた頃合いに一枚の紙を手渡した。村長は涙を拭いながらその紙に書かれていることを読むと笑顔でこちらに力強い返事をした。



「これであればございます...!少しお待ちください...!!!」



そう告げると急いで家を飛び出していった。すると村長の奥さんがう「ちの主人がお客を残して行ってしまい申し訳ない」と俺たちに頭を下げた。俺が頼んだことをしてくれているのだろうから気にしないでくれと伝える。


そうして俺とルナは村長が戻ってくるまでの間、村長の家で待たせてもらうことになった。その間に村長の奥さんが気を利かせて村で育てた茶葉で入れたハーブティを出してくれた。


だが俺はこの体では飲むことが出来ないので「人前で飲食はしない主義だ」と適当な理由をつけて断ることにした。その代わりにルナが飲んでいたのだがとても美味しかったらしく、とてもリラックスした表情をしていた。



「そういえばオルタナさん、村長さんにお願いした植物って何ですか?」


「とある薬の調合に必要かもしれないものだ」


「とある薬...?かもしれないってどういう...?」



ルナの頭の上にはたくさんの?が浮かんでいたが現状で詳しい内容について彼女に教えるのは控えることにした。まだ構想段階の薬のため、変な期待を持たせてはいけないと思うから。



そうして知りたそうにこちらを見てくるルナを上手くはぐらかしながら村長の帰りを待ち始めておよそ十数分後、ようやく村長が帰ってきた。



「ぼ、冒険者様...!!こ、こちらです...!!!」



全力で走ってきたのかかなり息切れを起こしているが、手に持っている布で包まれた例の植物は綺麗な状態であった。俺はありがたくそれを受け取り収納魔法で異空間に保管した。


それと同時にお金を取り出して村長に代金を支払おうとするが、お金を目にした瞬間村長が凄まじい速さで首と手を横に振り続けた。



「だ、代金は大丈夫です!!!村を救ってくれた恩人からお金なんていただけません...!!!!!」


「だが、しかし...」



俺たちは依頼を受けてそれを達成し必要な報酬はギルドからもらう以上、村長とは対等な関係である。そのことをどれだけ伝えても受け取ってもらえることはなかった。


ルナも冒険者と依頼者の関係は理解しているので必死に村長を説得しようとするが、一向に追加報酬だと言い張って代金を受け取ろうとはしなかった。結局、俺たちの方が折れて追加報酬ということにすることになった。



そうして最後にいろいろあったが無事依頼を達成して、俺たちはキーピン村を出発してオリブの街へと帰っていった。今回は一つだけの依頼だったため、町に戻ってきてもまだまだ日は登ったままだった。


街に到着してすぐにギルドへと依頼完了報告を済ませて報酬を受け取る。今回も報酬はちゃんと半々で分けて渡したのだが、ルナは未だに少し申し訳なさそうだった。


彼女にはそれだけの実力と貢献があったというのに...


どうも彼女は自分を過小評価しすぎている傾向がある。攻撃魔法が上手く使えないというのがよほどのコンプレックスなのかもしれない。まあそれが原因でいろんなパーティから断られた過去があるから仕方がないかもしれない。


攻撃魔法が上手く使えるようになったらもう少し自信を持てるようになるだろうか。



俺はそんなことを思いながら今日のところはルナと別れる。

また今度ちゃんと魔法を教えてみよう、そう思った。




ルナと別れた後、いつもならすぐに家に戻るのだが今日は用事があるのでオリブの街に留まった。昨日ルナと歩いた道を進んでいき、ボロボロな外観をした店の前で立ち止まる。


相変わらずボロいな...などと思いながらゆっくりと店の扉を開ける。



カランコロンッ



ドアに付けられベルの音が店内に響き渡る。

するとその音が鳴った直後、店のカウンターから声が聞こえた。



「いらっしゃい。昨日ぶりだね」


「...今日は店に出てるんだな」



いつも俺が店に来たときは必ずと言っていいほど店の奥で何やら作業をしており呼ばないとなかなか店の方に出てこないエイアさんだが、今日は何故か誰かを待っていたかのようにカウンターに腰かけていた。



「何だか面白いことが起こりそうな予感がしてね」


「...魔法か?」


「いやいや、女の感ってやつだよ」



そんなことを言いながら不敵な笑みを浮かべるエイアさん。何だか俺の全てを見透かされているようで何とも言えない不気味さを感じる。



「で、今日は何の用?ただ買い物をしに来た...って訳じゃないんでしょ」


「...まあ、その通りだ」



とりあえず話が早くて助かるぐらいに思っておこう。エイアさん、正直侮れない人である。


そうして俺は昨日、家に帰ってから色々と考えた魔力欠乏症の原因と仕組み、そしてその治療方法のいくつかの案を書いた紙を彼女へと手渡す。


いろんな薬学などの専門書を読み漁ったうえで書いたため専門用語や特殊な手法などが含まれていたが、彼女なら全く問題ないという気がしていた。



そして1,2分ほどで手渡した紙に書かれていた内容を全て読み終えたエイアは大きくため息をつくと、こちらを真剣で鋭い眼差しで睨みつけこう告げる。



「...あんた、何者?」


「ただのSSランク冒険者だ」



俺も真剣に茶化すことなく伝える。

二人の間にしばらくの間、とてつもなく重い空気が流れる。


そして数秒ほどだったが、数分にも感じた長い沈黙を破るかのようにエイアが大声で笑い始めた。



「あはははっ!!!あんた、最っ高だよ!!!!!こんな面白いもの見せられたら何もしないわけにはいかないね。これ、ルナちゃんのため?」


「まあそれもあるが、ほぼ俺のためだ」


「あんたの?どういうこと?」


「自分の手の届く範囲に助けられるかもしれない人がいるのに見て見ぬふりをするのは夢見が悪い。それに俺もこういう未知に挑戦するのは好きだからな」



俺は腕を組みながら彼女の質問に答える。

彼女の反応を見て俺は「この人は自分と同類だ」、そう確信した。


俺の返事を聞いたエイアさんはとても楽しそうで嬉しそうな笑顔をしていたのだ。



「いいね、いいね!!!やっぱり、あんた最高だよ!!!で、これを私に見せたってことは私に何をして欲しいのかな?」


「この理論はまだ完成とは言えない。だから店主には俺と共にこれの改善と調整、そして薬の調合をしてもらいたい」


「つまり、私とあんたとで共同研究しようってことかな?」


「ああ、そういうことだ」



俺もそこそこの知識があるとはいえ、おそらく彼女ほど薬学には精通できていない。それに薬の調合に関しては俺は上手くないので彼女の力が必要だ。そういうことで薬の専門家としてのエイアさんの力が必要なのだ。


それにエイアさんはルナの母親のこともよく知っているし、こうやって共同研究ということにすれば後々成果が出たとしてもエイアさんに全て渡してしまえば俺が注目を浴びることもない。


まあそのことについては良い結果が出てから考えればいいだろう。



「店主、早速だがこの提案の返事を聞かせてくれるか?」


「そうだね...」



エイアさんは悩む素振りを見せて少しの間無言になった。彼女だったら即決でやろうと言ってくれるような気がしていたが、そこは意外にもかなり慎重な様子を見せていた。


おそらくちゃんとこの提案に乗った際のメリットやデメリットを考慮して考えているのだろうと思う。



「...一つ条件がある」


「なんだ?」


「先にこの研究の成果をどうするか決めて、お互いにそれに納得出来たら提案に乗ろうかな」



なるほど、思った以上に現実的な返事で少し驚いた。確かに普通このような共同で何かを成そうとする場合、最終的な取り分で揉めることは大いにある。


俺たち冒険者でいうとパーティで依頼を受けた時の報酬の分け前がそれに当たる。事前にルールをしっかりと決めておかなければ争いの火種になることは間違いないのだ。



「もちろん構わない。そちらの要望を聞こうか」


「私の担当はあんたと一緒にこの理論の改善と修正、そして薬の調合。ということは発表は二人の共同、利益の取り分は私が2であんたが1...これでどう?」


「悪くない...が俺の提案はこうだ。発表は店主の名前のみ、利益の取り分は店主の要望通りで構わない」



俺の要望を聞いたエイアさんは予想していなかった内容だったようで少し表情が曇り始めた。どうやら俺の虫が良すぎる提案に何か裏があるのではと疑い出したようだ。



「どういうこと?吹っかけた私が言うのもなんだけど、それだと私が利益も名声もほぼ全て貰う形になるじゃない。一体、何を企んでいるの?」


「いや、単純な話だ。この研究が上手くいけばおそらく王都の王立学園に知られることになるだろう。あそこは教育機関だけではなく国の研究機関の中枢でもあるからな。だが俺はとある事情であの学園、特に貴族とは関わり合いを持つわけにはいかない。だから発表に俺の名前を乗せてあの学園に目を付けられたくないという訳だ。それにお金に関しては俺は冒険者の仕事で足りている。だが店主はこのお店だけでは自身の薬の研究開発資金が足りないんじゃないか?だから利益は店主の要望通りで構わない」


「...嘘、ではないのね?」


「ああ、俺は研究が進められればそれで十分だと思っているからな。それでも、もし疑いが残るというのであれば...俺は九神に誓って嘘偽りを言っていないと宣言しよう」



この国においては九人の神を信仰する聖九神教が国教であり、その神に仇なすということは国、および国民を敵に回すという行為に等しいとされている。だからこそ、その九神に誓うという言葉はこの国において最も信頼できる発言とされている。


もしも神の名を出して嘘をついたり、人を騙そうというものなら神からの神罰が下るのだ。下ると断定しているのには訳があり、というのも実際に九神に誓ったことに背いた者が天罰を受けたというニュースがごく稀に新聞に書かれることもあるのだ。


つまり聖九神教は虚構の存在を崇めているのではなく、我々が認識できないだけでどこかにちゃんと存在している本当の神を崇めているのである。



という訳で俺はエイアさんに信じてもらうために九神に誓うことにした。もちろんの俺の言葉には一つも嘘偽りはないから神罰を受けることはないだろう。



「...分かったわ、そこまで言うのであれば信じましょう。それにこんな面白そうなことをそう易々と見逃すわけにはいかないものね!発表は私の名前のみ、利益は私2あんた1でいきましょう」


「ああ、よろしく頼む」



するとエイアは右手を俺の方へと伸ばしてきてこう告げた。



「これから共同研究者になるのだから、改めて自己紹介させてもらうわ。私はエイア。元王立学園魔法薬研究室で働いていたこともけれど、今はただの薬師よ」


「俺はオルタナ。SSランク冒険者として活動している。魔道工学や魔法理論の知識はもちろん、魔法薬学の基礎知識も一応頭に入っている。魔法関係の基礎知識は知っていると思ってもらって構わない」



互いに自己紹介を済ませると互いに伸ばした右手同士で固い握手を交わした。



「よろしく、オルタナ」


「こちらこそよろしく頼む、エイア」



こうして俺たちは二人で協力して魔力欠乏症の治療方法を研究することになった。大方の目星はついているので後は二人で細かなところを詰めていき、理論を実用化するだけだ。


さあ、これから忙しくなりそうだ。



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