第11話 母親の病


俺とルナと弟ブランと共に急いで彼女の母が待つ家へと向かう。

疲れ切っていた弟のブランは俺が背負って家まで走ることにした。



「お母さん!!!」



自宅に到着するや否やルナはドアを開けてなりふり構わず母親が寝ている寝室へと駆け込んだ。俺もその後を追って家の中へと入り、ブランを降ろして共に部屋の中へと入った。


するとそこにはルナとその妹らしき女の子がベッドの側で膝立ちになっていた。彼女たちはベッドで横になって苦しそうに唸っている母親を涙を浮かべながら大きな声で呼びかけていた。



「お母さん...!!死なないで...!!!」


「お母さん!!薬買ってきたから!」



その様子を見たブランも泣きながら急いで彼女たちと同じくベッドの側へと駆け寄っていった。俺は部屋の入り口付近で邪魔にならないように彼女たちの様子を見守る。



「ほら、これ飲んで...!」



高熱でうなされているようで彼女たちの母親は呼吸するのも苦しそうな感じであった。ルナも必死に母親に薬を飲ませようとしているが病状が悪すぎるのかかなり苦戦している。


そうして何とか母親に薬を飲ませることができ、数分ほど経った頃から次第に母親の状態も落ち着きを取り戻し始めた。どうやら薬の効果が表れ始めたようだ。



「ふぅ...良かった...」


「お姉ちゃん、お母さん大丈夫なの?」


「お姉ちゃん...お母さん死なないよね?」



何とか落ち着きを取り戻した母親を見て安堵していたルナに彼女の妹と弟が心配そうな表情でルナに聞いた。するとルナは優しい笑顔を浮かべて彼らの頭を優しく撫でる。



「もう大丈夫だよ。お薬も飲んだから案してね」



その言葉を聞いた二人は満面の笑みでルナに抱き着いた。

良いお姉ちゃんしているんだなとその様子を見て思った。



そうして心配し疲れたのか弟のブランと妹のミサはそのまま眠ってしまった。ルナはそんな二人をそっと別の部屋へと寝かせに行き、戻ってくると俺の方を見て頭を下げた。



「オルタナさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「...謝る必要はない。俺がしたのは君の弟を背負って来たぐらいだ」


「...オルタナさん、いつもそう言ってくれますよね。本当にありがとうございます」



ルナはお礼を告げると再び頭を下げて母親のベッドの隣で椅子に座った。そうして彼女は母親の様子を見つめながらぼそっと呟いた。



「お母さん...ごめんね、治す方法が見つからなくって...」



ルナは自身の無力さを嘆きながら強く唇を噛み締め、拳を強く握りしめる。そんな彼女の姿を見ていると俺にも彼女の辛さが伝わってくる。



「...もしかして君の母親は『魔力欠乏症』なのか?」


「はい、その通りです。2年ほど前に魔力欠乏症になって倒れてからずっとこの調子なんです。何とか薬で症状を抑えてはいるんですけど、根本的な病気の治療が出来ないと...」



彼女が母親に飲ませている薬は体が本来持っている魔力を周囲から補給する力を高める効果がある薬で、『魔力欠乏症』による症状を緩和する効果があると知られている。


だから彼女が病気の母親のために養魔草を採っていた時からもしかして...と思っていたのだ。



『魔力欠乏症』は何らかの原因で体内の魔力が異常に少なくなって身体に悪影響を及ぼす病気である。おそらく体外から魔力を取り込む能力が弱まる、もしくは出来なくなることが病気の発生要因だと言われているが何故魔力を取り込めなくなるのかは未だに解明されていないのである。


だから薬を使った対処療法は出来ても根本的な病気の治療方法は未だに確立されていない。なぜならこの世界では病気や怪我を魔法薬や回復魔法で治すことが大半なので、医学という学問はあまり発展していないのだ。


一部、そういった体の構造や病気の原理などを研究している人たちもいるが、まだまだマイナーな分野であるために研究が進んでいないというのが現状なのだそうだ。



俺も昔、王都の王立学園にいた頃に本でちらっと見たことがある程度で詳しくはあまり知らない。ましてや魔力という前世にはない概念による病気のため前世の知識もあまり役に立たないだろう。



「魔力欠乏症は不治の病でどこにも治療方法がないのが現状なんです。だから私のお母さんは生き続けるために薬を飲み続けて症状を抑えるしか出来なくて...エイアさんも気にかけてくれているんですが、この現状だけはどうしようも出来なくて...」



確かに魔力欠乏症の治療法がない現状では、彼女に出来るのは薬を買い続けるだけだ。しかしその症状を抑える薬も決して安くはない。あまり数が採れない薬草を原材料としており、そのうえ自生地がここから離れていることもありおそらく値段も安定はしない。


自生地から一番近い町に移り住めば多少は安くなる可能性もあるが、母親がこの状態だと長旅は厳しいだろう。それにこの街は王国で二番目の大きい町であるから多くの依頼が集まってきているが、別の街に移り住むことになればルナの収入が減る可能性もある。


となると、現状を維持するのが今のところ一番いいのかもしれない。



「治療方法が発見されれば一番いいんだが...」


「...はい。もし治療方法が分かるなら私は何でもしたい...そう思っています」



ルナのその言葉からは彼女の切実さが痛いほど伝わってくる。そんな彼女の様子を見ている俺の心の奥底ではモヤモヤとした気持ちが湧き始めていた。



「お母さん、ごめんね...ごめん、ね........神様...どうか、これ以上私たちから大切な人を...奪わないでください...」



これ以上大切な人を......か。

そういえば彼女の父親はすでに亡くなっているのだったな...


その言葉を聞いた俺の頭の中には自身の母親の姿が浮かんでいた。俺も彼女と同じで父親はすでに亡くなっており、今や家族は母親ただ一人である。そんな最愛の家族がいなくなるなんてことを考えたら胸が張り裂けそうな気持ちになる。


ルナも同じような...いや、それ以上に辛いのだろう。現に母親がいなくなってもおかしくない、そんな状況なのだから。



だが俺は部屋の入り口付近からルナと彼女の母親の姿を見つめているだけである。そんな何もしていないことに少し罪悪感を抱き始めていた。


ここまで来て何もしないのは俺の良心が持たないから少なくとも彼女の母親の容体を確認して何か出来ることがないかを調べることだけでもやろう。



そうして俺はルナの母親の体に流れる魔力の状態を確認することにした。普通は魔力の流れを視覚で捉えるということは出来ないのだが、魔力操作の高等技術として目を魔力の膜で覆うことによって光ではなく魔力のみを感知することが出来るようになる。


本当に限られた人にしか使えない技術なのだが、デメリットとしてその状態でいる時は光を感知することが出来ないのである。


まあ中には生まれつき魔眼と呼ばれる日常から光も魔力の流れも両方同時に視認できる人もいるが、数千万人に一人という非常に稀有な存在なのだ。



やはりというかルナの母親の体全体からは常に一定の魔力が流れ出ていた。健常者も常に微量の魔力を体の周囲に纏って放出しているのだが、それと比べると彼女の放出量は十何倍もの量であった。


魔力というのは体の外から取り込んだり、逆に内から放出したりするのだが制御の練習をすれば誰でも自由にその放出量や取り込む量を変えることが出来る。それによって俺たちは様々な効果や威力の魔法が使えたり、魔力回復を効率よく行える。


おそらく今の彼女は何かが原因で通常時における魔力の吸収・放出を行う弁のようなものが常に大きく開いてしまっているのかもしれない。



だが結局見ただけでは根本的な原因までは分からなかった。魔力の出入り口になっている弁のようなものに異常が生じている原因が分かれば解決するのだが魔力の異常放出以外に体の異常は見られなかった。


だからこそいろんな研究者が未だに原因や治療方法を発見できていないのだろう。




体の不調の原因で考えられるのは身体的なものともう一つ、精神的なものである。この世界では精神医学は全くと言っていいほど存在していない。前世では精神疾患が原因で身体症状を引き起こすことが知られていたが、その線も考えてみる必要があるかもしれない。



魔法というのは構築能力、つまりイメージ力が必要である。ということはつまり、魔力は自身の精神の影響を受けやすいとも言えるだろう。精神の影響を受けた魔力が魔法へと昇華される、それが魔法を使うということなのだろう。



だとすれば彼女の精神状態が何か影響を及ぼしたという可能性があるな。こればかりはルナに聞いてみるほか確認する術はないだろう。



「ルナ、少し聞きたいことがあるのだがいいか?」


「は、はい。なんでしょう?」


「君の母親のことなのだが、この病気を発症する少し前のことについて聞きたいんだ」



そうして俺はルナに当時の母親の様子について詳しく聞いてみることにした。ルナは少し不思議そうにしていたが頑張って当時のことを思い出して答えてくれた。


彼女の証言によれば、父親が死んでから女で一人でルナたちを育てるために必死に働いてお金を稼いでいたという。父親の残した遺産が少しあったがそれも4人家族だとすぐに底を尽き、かなり金銭的に厳しい状況が続いていたそうだ。


しばらくしてからルナが冒険者となり、少しずつ家計が安定していきそうな感じで合ったがそこで今までの無理が祟ったのかついに魔力欠乏症が発症してしまったという。



つまりはルナの母親は子育てと仕事などによる過労で日頃から常に身体的、および精神的なストレスが溜まっていたのだろう。身体的なストレスは意識して休息を取ることで悪化するほどではなかったのだろうが、精神的なストレスは無意識に蓄積し続けていたのかもしれない。


つまりは精神的に常に気を張った状態が続いており、その状態では無意識に体から魔力が多く放出されていたのかもしれない。それが長期間続き、魔力が出入りする弁のようなものがガバガバになってしまったのかもしれない。


これがルナの話を聞いて考えた仮説である。つまり魔力欠乏症は精神的ストレスが影響した病気なのかもしれないということだ。



他の患者について調べたわけではないが少なくともルナの母親に関してはこの仮説はかなり的を得ていると思う。だとすれば原因となったストレスから遠ざけて、ガバガバになった弁を元の状態に戻してやればいい。



「あ、あの、今日はもう遅いですし...良かったら家で晩ごはん食べていきませんか?」



俺が魔力欠乏症について考えているとルナがそのように提案してくれた。彼女の言葉で外がもうすでに真っ暗になっているのにようやく気付いた。


やばい、お母さまを待たせてしまっている...!



「気遣いはありがたいが、実は俺は他人の前で食事をしない主義でな。今日はこれで帰るとしよう。今日はいろいろあって疲れたと思うから、しっかりと休息をとってまた明日待ってるぞ」


「わ、分かりました!今日は本当にありがとうございました!!」



俺が家を出るとルナが家の外まで見送りに来てくれた。

そんな彼女に手を振りながら俺は町の暗がりに消えていく。



さて、帰って考えることや調べることがたくさんある。

ちょっと久しぶりの未知への挑戦、楽しくなってきたかも...!!

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