第2話 漆黒の仮面冒険者


「えっ...?!」



目の前の光景をルナは上手く呑み込めずにいた。


先ほどまで自分たちを殺そうとしていたドラゴンが呆気なく地面に伏しており、そして先ほどまでいなかった黒い服を着た人物が目の前に立っていたのである。


状況は全く分からなかったが彼女はとりあえず目の前の人物に声をかけてみることにした。



「あ、あの...」


「ああ、大丈夫か?」



声からしておそらく男の人なのだろうが顔が仮面で隠れていて見えなかった。この見知らぬ男の人はゆっくりと倒れているルナの方へと近づいていき、彼女の体へと手をかざした。



「回復するから大人しくしてくれよ」



そう告げると男性は無詠唱で回復魔法を発動させた。すると次第に体中の痛みが消えていき、すぐに体を動かせるまでに回復した。



「こ、これってもしかして『最上位回復魔法:パーフェクト・ヒール』?!」


「これでどうだ、動けるか?」



ルナはゆっくりと立ち上がり体の状態を確認する。魔力は枯渇してはいるが、身体の怪我や骨折していたであろう痛みなどは完全に治っていた。


無詠唱で使える回復魔法は初級の『ヒール』が限界だと一般的には知られているのだが、それなのに上位どころか最上位の回復魔法を無詠唱で使うなんて...


ルナは目の前の人物がただ者ではないと感じていた。



「では、あっちの子も治さないとな」



そう言って男性はユリアの方へと向かっていった。そして彼はすぐに先ほどと同じように無詠唱でユリアにも最上位回復魔法を使用した。



「とりあえず治療はしたから大丈夫だろう。見たところ君たち二人は冒険者のようだけど、もしかして先にドラゴン討伐の依頼に向かったっていう『業火の剣』のメンバーか?」



突然、彼の口から自分たちのパーティ名が発せられ驚いたルナはすぐに口を開いた。



「は、はい!そうです!!もしかしてあなたも冒険者の方ですか?」


「あー、そうか。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はオルタナ、君たちの後に同じ依頼をお願いされて来たSSランクの冒険者だ」



(...え、SSランク?!SSランクのオルタナって...あの有名な漆黒の仮面冒険者?!)



先ほどの驚き以上の衝撃が彼女の中に走った。彼女にとっては噂の中でしか聞いたことのない雲の上の存在であったからだ。


SSランクとは彼女たち業火の剣のもう一個上である冒険者ランクなのだが、現時点でそのランクに到達しているのはたった一人だけなのだ。



かつて人族と魔族が争い合っていた頃に存在した勇者と呼ばれる超人的な能力を持った者のために用意された特別ランクで、歴史上では勇者に英雄、賢者などの限られた一握りの人物にしか与えられることが許されなかった。


そしてここ200~300年ほどの間、誰も存在していなかったランクだったのだが約3年ほど前についに該当者が現れたのだ。それが彼、オルタナである。


彼は冒険者を初めてから僅か半年でSランクに上がり、そしてその後さらに半年間で不可能だと言われた難易度Sランク依頼をいくつも達成したのだ。その実力が冒険者ギルドのギルド長会議にて高く評価され、ついにSSランクに認定されたのだった。


そんな人物が今、目の前にいることがルナは信じられなかった。



「とりあえず君とあの子、それから救助者を街まで運ぶから手伝ってくれないか」


「え、あっ、はい!あっ、で、でも実は...私もう魔力が空っぽなので...一人運ぶのが限界、なんです...」



ルナは呆れられてしまうと思いながらも恐る恐るそのことをオルタナへと伝える。しかし彼はルナの予想していた反応とは全く違う反応をしていた。



「ああ、分かっている。だからこれに積み込むのを手伝ってくれ」


「これって...えっ?」



オルタナが指で指し示したところには一切何もなく草が生い茂っているだけの地面であった。何のことかさっぱり分からず返事に困っていると、その場所に突然魔法陣が現れた。


そしてその魔法陣からは大きな金属でできた魔道具のようなものが現れたのだ。



「こ、これは...?!」


「これは俺の作った魔道車だ。これに乗せて町まで運ぶから」


「...あっ、はい!わ、分かりました!」



突然見知らぬ魔道具が出現し、どういったものなのか全く分からないがとりあえずルナはオルタナの言う通りユリアや救助者をその魔道具の中へと運び込んだ。


中にはソファーのようなものが並べられており、オルタナはそれらをすべて横に倒して大きなベッドのような形に変形させていた。



そうしてその魔道具の中にすべての人が運び込み終わった。

するとオルタナはその魔道具の前方へと向かい、ルナに呼びかける。



「では行こうか。君は俺の隣の席に座ってくれ」


「は、はい!」



ルナは言われるがまま魔道具のドアを開けてオルタナの隣の席へと座った。中は思っていた以上に快適で座り心地もとても良く、非常に心地が良かった。



「では出発するからな。動くと危ないから動かない方が良いぞ」


「分かりました!」



オルタナが目の前にある円状の手すりのようなものを掴み、そこへと魔力を流し込むとふわっと魔道具が浮かび始めた。突然の出来事にルナは動揺を隠せなかったが、動かない方が良いと先ほど忠告されていたので不安に耐えながらじっと我慢していた。


そして周囲の木々よりも高い一まで浮かび上がったところで上昇をやめ、前方へと動き始めた。そのスピードは徐々に速くなっていき、馬車とは比べ物にならないくらいの速さにまで加速していった。



「す、すごい...!」


「これのおかげでギルドでドラゴンの依頼のことと君たちのことを聞いてすぐに駆け付けることが出来たんだ。言わばこの魔道具が君たちの命の恩人みたいなものだな」



たしかにこの魔道具がなければ彼が彼女たちがドラゴンにやられてしまう前に駆けつけてくれることはなかったのだろう。本当にすごい魔道具だとルナは感じていた。



「あっ、すみません!!ちょっと待ってもらえませんか!!!」


「ん?」



突然、ルナが大声でオルタナに呼びかける。

オルタナは少し驚いたが、とりあえず魔道車を停止させた。



「一体どうしたんだ?」


「じ、実は先ほどの森を抜けた先に私たちの仲間がいるんです!先ほど後ろの救助者を街の瓦礫の中から救出していた時にドラゴンに追われて...私とユリアを逃がすために時間を稼ぐって...あのドラゴンに立ち向かっていったんです...」


「...分かった。すぐに向かおう」



オルタナは彼女の言葉からある程度の状況を察し、すぐに魔道車をUターンさせて引き返した。その場所に到着するまでの間、彼の隣でルナはボロボロと目から涙をこぼしていたがオルタナはそんな彼女に何か声をかけることはなかった。






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「このあたりだと思います!」



ルナの案内でおそらく彼女の仲間がドラゴンと相対したであろう場所に到着した。そこには大きな爆発の痕がいくつも残っており、激しく戦ったのであろうことが分かる。



「セルトくんー!!!ベルガさんー!!!」



ルナは必死に声を張り上げて仲間を探し回る。

その後ろでオルタナは静かに探知魔法を発動させていた。



「......ん?」



すると微かに何もない平原の一か所から物凄く小さな魔力反応が2個感じられたのだ。人にしてはあり得ないほど小さいがおそらく人の魔力反応であろうものが確認できた。



「おーい、君。こっちだ」



オルタナは大きな声でルナを呼び、その魔力反応があった場所へと急いで走り出す。本当に人の反応であるならば魔力の感じから早く治療をしなければ死んでしまうかもしれないほどの状態であることが予想できるからだ。



「ここから小さな魔力反応が...」


「...っ?!」



大きな爆発で掘り起こされたであろう地面の中央に人らしき姿が2人確認できた。それを見た瞬間、オルタナの隣にいたルナは急いでその人物たちの元へと駆け寄っていった。



「セルトくん!!ベルガさん!!!」



駆け寄ってみるとそこには片目と片手を失った者、そして片手片足を失った者がいた。彼らは全身に大やけども負っており、この状態でまだ死んでいないのが奇跡であるほどであった。



「まずは治療するぞ」


「っ...!?はい!!!」



するとオルタナがすぐに彼らの元へと駆け寄って回復魔法を発動した。彼らの治療はユリアや救助者たちの時よりもかなりの長い時間をかけて行われた。


そして数分後、オルタナは治療を終えた。



「とりあえず、命の危機はなくなった」


「ほ、本当ですか?!」



ルナはその言葉を聞いてほっとしたのか力が抜けたように地面にへたり込んでしまった。オルタナが回復魔法をかけている間ずっと気が気でなかったのだろう。



「命の危機はなくなったが身体に受けたダメージが大きすぎる。体自体の欠損は元通りにはなったが、おそらく後遺症として彼らは大幅に力を失っているだろう。再び冒険者として復帰できるかは怪しいだろうな」


「そ、そんな...」



オルタナの回復魔法によって何とか一命をとりとめたセルトとベルガであったが状態的にはほぼ死亡状態に近いこともあり、生命維持に必要な最低限の魔力すら失いつつあったのだ。


回復魔法は時を巻き戻すわけではなく、あくまでも『回復』である。それゆえ失ったもの、例えば強靭な肉体であったり魔力であったり、それらを取り戻すことは不可能である。


だからこそ欠損部位や生命維持活動の回復が行えても、その結果として非力な...生命を維持できる最低限度の体となってしまうのだ。



「で、でも、命だけでも助かって本当によかったです。本当にありがとうございます!!」



ルナは目元の涙を拭いながらオルタナに頭を下げる。頭を下げる彼女の体は小さく小刻みに震えていた。



「さあ、彼らも魔道車に乗せて帰るぞ」


「...はいっ!」



オルタナは素っ気なくそう告げるとセルトとベルガを担いで魔道車の方へと歩いていった。ルナも遅れずにと駆け足で彼の後をついていった。







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(おまけ)




「...そういえば治療費、私たちの治療費はどのくらいになりますか...?命を救って頂いたわけですので私たちみんなで何年かかっても、必ず払わせていただきます!」



ルナは少し不安が混じった決意を固めたような顔で隣で運転しているオルタナへと話しかけた。するとそんな彼女とは裏腹に軽い口ぶりでオルタナが答える。



「ん、治療費?別に必要ない」


「で、でも...あんな高位の回復魔法を何回も使っていただいたのに...」


「心配しなくてもいい、あれくらい俺にとっては大したことじゃないから。それに同じ冒険者から治療費を請求するほど金銭的に切羽詰まってない」



その後もどうやってもオルタナは全くお金を請求する気はないらしいようだった。普通ならあれほどの魔法を治療院や他に魔法使いなどから受けたら果てしない金額を請求されるのに...



「そ、そうなんですね...ありがとうございます...!」


「...ああ」



やっぱりSSランクの冒険者はとても器が大きい人なんだなとルナは感じていた。そんな彼女の中でオルタナに対する尊敬や憧れの念がさらに大きくなっていったのだった。







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