File45:Lycanthrope (4)

 目が覚めると医務室のベッド。連続してここに入っていよいよ慣れてきた。

 しかし目が覚めても起き上がる気力が湧かなかった。

 神世に心身共に切り裂かれ、もうどうでもよかったのだ。今までの自分自身を否定されたような、そんな感覚が自分を無気力にさせた。

「ハドー、起きた?」

 ベッドの右側には階音がいた。しかしその手にはスマホは握られておらず、両の手を膝に当てて握りしめている。

「不協ちゃん……無事だったんだね、良かった」

 そう言った瞬間ピシャリと頬を張られる。

「え……?」

「馬鹿ッ! なんで私の心配ばっかするの!? 無茶して、また死に急いで、それでこんな事になって! あの王様みたいなやつが来なかったらもっと酷かったかもしれないのに、起きて真っ先に私の心配して……っ」

 言葉が途切れる、怒っている階音の両の眼から涙がボロボロとこぼれ落ちる。

「少しは自分を大事にしてよっ……!」

 泣き崩れてベッドに顔を押し当てる。ああ、ここまで彼女を心配させたのかという申し訳なさが胸に浮かぶ。

「……ごめん」

 謝ることしか出来ない。自分はあの時階音どころか自分自身の生命すら諦めかけた。許して貰える気もしない、殴られても当然だった。

 階音が泣き止まないうちに電童が気まずそうに入ってくる。

「間が悪くてすまないな……状況は聞いている。この時点でお前が襲撃されると考えていなかった俺のミスだ。すまなかった」

 深々と頭を下げる電童を慌てて制する

「止めてください、僕に謝られるようなことはないです」

「部下を心配しない上司がいるか。お前たちを戦いに送り込んでるのは俺でもある、謝らせてくれ」

「僕は……」

 まだ戦ってもいいのか、そう言いかけてやめる。もし聞いたとして納得できる答えどころか、拒絶をされてしまったらという恐怖がそれをとめた。

「どうした? 言いたいことがあれば言ってくれ、今は時間を作ってやれる」

「……分からないんです。力天使ヴァーチェたちと戦ってから……なんで戦うんだろう、どうして戦っているんだろうって。神世に『自分が神世を悪とみなして戦うことは、神世を正義とする人達を踏みにじる事だ』って言われて……僕にそれを否定するものがあるのか、分からなくなったんです」

 自分のまとまりきらない質問を聞き終えてから、電童は口を開く

「そうか……そうだな、もう動けるのか?」

「はい、お陰様で」

「なら少しついてきてくれ、納得を得られるかはわからんが、今のお前には見せるべきものだ」

 電童は泣き止んで鼻をかんでいる階音を見る。

「階音、少し破堂を借りるぞ」

「わかった。頼んだよ電童」

「外で待ってる。急がなくていいから無理をせず来い」

 言い終わるとそそくさと電童は退出した。急がなくてはいいとは言われたものの、さすがに待たせすぎるのも申し訳ないので靴を履いて立ち上がる。

「じゃあ……ちょっと行ってくる」

「うん。待ってるから」

 言葉を交わしてから外に出る。待っていた電童は何やらカードキーを手首に下げていた。


「あくまでも俺に同伴するという形態で行くことが許されている。離れないようにな」

「は、はい」

 そんなに厳重な場所なのだろうか、となると一体どこへ行くのだろうか?

 色々想像しながら電童のすぐ後ろを着いていく。

 いつものエレベーターを通り過ぎ、廊下を2回ほど曲がる。すると人の気配が全くしないにもかかわらず埃一つ無い廊下に入る。さらにそこを進んでいくとほぼ壁と同化しているドアがあり、横にはカードキーを読み込ませるリーダーが生えている。ボタンとかはないものの、なんとなくこれもエレベーターではないか?と推測する

 電童が手に持ったカードキーを読み込ませると、ポーンという電子音と共にドアが開く。

「乗るぞ」

「はい」

 やはりエレベーターだったようだ。階層表示などはないものの、受ける力の感じから下に降りているのではないか? となんとなく思う。

 少ししてまた電子音がなり、扉が開く。

 扉の向こうは白一色で、まるで研究施設かのような雰囲気を醸し出す。

「電童さん……あの、僕たちは一体どこに向かっているんですか? 」

「俺達が向かっているのは、超能力庁地下の施設。秘匿された研究所であり病院としての機能を持っている」

 そう説明する電童の顔が心做しか険しくなる。

「神世はお前に『自分を正義と肯定する人々を踏みにじることが出来るか』と言ったらしいな」

「はい」

「俺も以前同じ様な問いを受けたことがある。俺はそれに『出来る』と答えた。その理由がここにある」

 ガラス張りの自動ドアを通り過ぎ、さらに道を進む。

「ここだ」

 電童が停止し横を見る。自分もそれに従って電童の向いている方向を見る。

「これは……いや、この人達は……!?」

 目の前のガラスの向こうには、おぞましいと表現する他ない光景が拡がっていた。

 極彩色の物体が斑に肌に混じりあった人のようなもの、半身が焼け続けている女性、無理やり変化したのか腕が鳥の羽のように裂けた男、全身から剣が生えて血を流し続けている人……

 千差万別ではあるが、どれもこれもがそれらの症状に苦しんでいた。

「お前が見てきた神世の被害者……いやあんなものは被害者にもならない。あれはまだ幸運な人間達だ。階音もそうだ」

「つまりこの人達は……神世の本当の被害者って事ですか?」

「そうだ。ここにいるのは混合超人ネフィリム事件、偽神祝福オラクル案件の被害者たち。人々だ」


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