File26: The Rookies(3)

「じ、じゃあ任務に行く準備をしますか。君、立てる? 」

 階音は水を飲み干してから自力で立ち上がる。しかしまだグロッキー状態が続いていた様で足元はおぼつかない。

「手貸して……えーと、名前何? 」

 手を貸して立てるように支える。実験を伴った検査とはいえここまで弱っていると気の毒である。

「僕は破堂 甲矢、そしてあっちの人は照井 狼さん。これからよろしく、階音 不協さん」

 照井もサムズアップで歓迎の意を示す。なんともアメリカンな示し方だ。

「フルネーム呼びは学校思い出すからやめて。でもそうだな、呼び捨て……はなんか上からだし、不協ちゃんで良いよ。あんたは何か同族っぽいし。よろしくハドー」

 初対面とはいえ信頼されていると捉えていいのだろうか、とりあえずはお言葉に甘えよう。

「オレは? 」

 照井が己を指さして尋ねる。

「あんたは嬢ちゃんのままでいいよ。その方が慣れてるでしょ」

「そうか、ならそのままにさせてもらう」

 おそらく戦った時に嬢ちゃんと照井が呼んでいたのだろう、容易に想像できた。

「じゃあ不協ちゃん、慣れないところ悪いけれど仕事に行く前にこの書類を読んで欲しい」

 仕事内容の書類と、自分が初めて来た時に渡されたものと同じ内容が書かれている特殊対策課についての資料を手渡す。

「今は今回の仕事内容だけを把握してもらえれば良いよ、他は後でゆっくり読む暇があると思う」

 階音はパラパラと資料を流し見すると、仕事内容の物以外を一旦分けて詳しく読み始める。

「……なにこれほぼ不明だらけじゃん、意外とテキトーなんだね」

「それは僕もそう思う……」

 下手に近づくわけも行かないだろうから仕方の無い事だとは思うのだが、頼りにならないと思うのも無理は無い。

「お前がさっき呟いてたけど本当にヤクザみたいな格好だなぁ、隠れる気がないのか? 」

「普段からこういう格好なんじゃないですか?場所が場所ですし」

 照井はあまり腑に落ちていない様子を見せる。

「まぁ良いか、戦ってみればわかるだろ。行こうぜ」

 書類を小さく折り畳んでポケットに入れると一目散に課の外へ行ってしまう。

「あいつ戦闘以外じゃあんななの? 」

「えーっと……うん」

 ごめんなさい照井さん、自分には擁護できませんでした。

「とりあえず僕らも行こうか、外で車が待ってるはずだ」

 階音はようやく歩けるようになったようだが、まだゆっくりとしか動けない程には体調が戻ってない様だったので歩幅を合わせて一緒に下まで降りた。


 庁舎前道路に駐車されている黒塗りの護送車に乗り込み行き先を伝えると十数秒して走り始める。自分と階音が後部座席に乗り、照井は助手席に乗る。

 まだ一人分座れたので後ろに乗らないのか提案したが

「オレはデカイから三人になるとキツくなっちまうんだ、構わずのびのびと使いな」

 と辞されてしまった。助手席でも随分と狭そうなので少し申し訳ない。

「湊区か。行くのは数年ぶりだな」

「以前来たことが? 」

「ああ、黴扇さんと組んで行ったんだ。能力者ヤクザ同士の抗争を超捜課と共同で潰したんだったかな」

 思い当たる事件がないか記憶を探るが、勉強と受験で精一杯だった時期の自分には記憶が無い。

「もしかしてこれ? 『新東京会・第弐次近畿連合全面抗争』ってやつ」

 階音が総合百科事典の記事ページを開いた状態のスマートフォンの画面をこちらに向けている。

「おおそれそれ、確か薬厄がいた組織だったから懐かしがってたっけ」

 記事内容を読むと「死者三十人越え、重軽傷者多数」などといった仰々しい文字が出てくる。

 自分達は表向き不文の組織の為か、記事上では事件解決は超捜課の功績となっている。

「それから数年経ってるけどあの街からヤクザが排除されたとは聞かないな。何かあるのかねぇ」

 大規模な抗争があってもヤクザがいる街と来ればいよいよ権天使プリンシパリティもヤクザである可能性が大いに高まってきた。

 もし街中が敵に回ったら恐ろしい、警戒は最大限にするべきかもしれない。


 そう思っているうちに車がビル街の手前で止まる。

「ここまででございます、ご武運を」

 車から降りてビル街を見る。大炎上の後も煌びやかな光景を失わないこの街は、古い町並みを残した下層と再建後のシンボルとなったタワー含む上層の二層構造になっている。その中でも自分たちが指定された地点は上層、新アリーナと呼ばれる場所である。

 この場所は上層の一部ながら下層の要素である古い建物を再現したものであり、昔と同じ様にイベントでよく用いられたりする。

 長いエスカレーターを上がり、人の集まりを避けながら向かうが、アリーナに近づくにつれて何やら周囲が騒がしくなっていく。

「なんか妙に騒がしいですね、何かあったのかな? 」

「なんか『なんでアイツが』とか『また抗争? 』って聞こえるけど」

 耳をすましてみるが騒がしすぎて詳細を聞き取れはしない。

「よく聞こえるね? というか君の声だけなんかよく聞こえる……」

「コレ、私の能力。こういう風に周囲の音も調整できるんだ」

 階音が自分を指さし、呪いまじないでもかけるかのように人差し指を左に一回転させると自分の周りの音が減衰する。

「ほらあんたも」

 後ろにいた照井にも同じように指をさして一回転させる。

「おぉすげえ、便利だなこの能力」

 階音は褒められて嬉しいのか少々得意気になっている、こういう所は年相応と言うべきか。

 連携が問題なくなった所でさらに奥へと進む。マップを頼りに人混みを右へ左へ掻き分けて行く、すると急に開けた場所に出たために倒れそうになるが勢いを殺して何とか踏ん張る。

 改めて周りを見回すとアリーナを中心にミステリーサークルのごとく人が壁を作っている。カメラを向けたりしている人間も居て、明らかにアリーナで何かが起きているのは明白だった。

 今度はアリーナに向き直る、開けたステージの上には報告書通りの人物が背中を向けて立っており、その周囲には強面の男が数名倒れ込んでいる。

「アレが対象? 」

 階音がこちらの背中に隠れながら質問する。

「服装的には間違いないはず……気をつけて近づこう」

 自分と照井が前、階音がその後ろに隠れる様にしてジリジリとアリーナへと近づく。

 相手が何かしてきてもいいように腰のホルスターから銃を抜く。弾倉マガジンを入れ遊底スライドを引いて装填し安全装置セーフティを外しておく。だが引き金トリガーには指を掛けない。

 無論安全面の理由もある、それ以上引くべき理由が無ければ良いとすら願っている。荒事に慣れすぎた自分に戒めるように。


 相手との残りの距離が10mになった所で、ゆっくりと権天使プリンシパリティの男が振り返る。

「お前達が特殊対策課か? 」

「ええ、自分たちが特殊対策課です。権天使プリンシパリティ偽神聖痕スティグマ保持者の貴方を逮捕しに来ました」

 拳銃の照準を相手に合わせ、警戒を解かないようにしつつ答える。

「大人しく投降する気は無い。だから俺はお前たちと戦わなければならない。その為に自己紹介をしておく」

 なんとも順序だてて礼儀正しく断られた、やはり穏便には行かないものか。

「俺の名は鈴木すずき 龍馬たつま。新東京会傘下城島じょうしま組の元若頭だ」

 ヤクザの関係者と予想を立てていたが、元とは言えまさか若頭とは予想だにしなかった。

「元と言ったように俺はもう新東京会の人間じゃあない。俺のような仁義を貫く極道を邪魔に思った若頭補佐に裏切られてな。危うく死にかけた。ちょうど数年前のここで起きた大抗争の時だ」

 ちょうど車の中で話した事件のことを思い出し照井をチラ見する。

「大抗争って言うとあの事件か? でもあの作戦でオレはお前を見たことないぜ」

 首を傾げる照井に対し鈴木はフッと軽く笑う。

「そいつは第二次近畿連合と通じててな、俺を戦いに行かせない様に向こうから指示されたのさ」

 照井は返答に納得したようで手をポンと打ち鳴らす。

「そういった訳で死にかけた俺を、本人曰く『気まぐれ』で助けたのがお前達が追ってる神世だった。お陰で俺は生き残り、拾った命でその裏切り者を組ごと潰して消えた。転がってるこいつらはその組の生き残りだ」

 まるで昔の洋画で見たような復讐劇だ、これ以上語ることもないほどにこの人の物語は既に語り尽くされていると感じる。なら――

「『ならなんで今この場にいる? 』と言いたい顔だな。俺の復讐は終わっていて、既に組からも無くなり、もう戦う必要は無いと思うだろう」

 頷く、肯定の意味でだ。この人はここまでして、なぜ自分たちの前に立ちはだかっているのだろうか?

「だがな、俺は仁義を貫く極道だ。故に命を救ってもらったからには大罪人であろうと恩を返すのが俺の流儀でな」

 そういうと彼は来ていた服の首元に手をかけると、まるで皮を剥ぐかのごとく上着を肌着まで綺麗に脱ぎ捨てる。

 後ろできゃと小さい悲鳴が聞こえた。おそらく階音がいきなり上裸になった鈴木にびっくりしたのだろう。

 筋肉質でなおかつ傷だらけの肉体、その胸には巨大な後光を放つような天使の刺青が入っていた。

「俺はカタギに手は出さない、本当ならな。だが恩を返す為にたった一度だけ流儀を曲げ、この偽神聖痕スティグマを背負ってお前達と戦うことを神世と約束した。それ以上は戦わない。この戦いに勝とうと負けようと俺は大人しく超捜課に捕まる気だ」

「やけに譲歩的じゃねぇか、むしろ怪しいぐらいだぜ」

「流儀を曲げたからな、ケジメはつけなきゃいけない」

 なんとも硬派かつ四角四面な人だ、と感じる。こういった場で会ってなければきっとうちの課に入れて貰えないか氷川さんに嘆願しただろう。

「手加減はいらない、平等死合フェアゲームである必要も無い。三人がかりで倒しに来い、偽神聖痕スティグマを以て全力で俺もお前達を倒す」

 そう言うと鈴木は中腰に構えてファイティングポーズを取る。

「さぁ……死にたい奴からかかって来い! 」

 その覇気さえ籠った一言、それをきっかけにアリーナの上に戦いの堰が切られた。

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