File16:The Three Rascals(4)

 破堂達がワイヤーの捕獲に向かう数分前、照井 狼は先んじて階段を上がってマッシヴのいる4階を目指していた。

 階段を踏みしめるように一段一段と上がっていくうちに、彼の口角は上がっていく。

 彼の口角を上げるものは強そうな相手と戦えることへの闘争心だろうか、それとも犯罪者と戦うための正義感だろうか。

 否、どちらでもない。彼にあるのはただ一つの目標、己の復讐を果たすその日の為に、己を鍛え上げ極みに至る事でしかない。

 日日是修行、彼のゆく道にまだ終わりは見えない。全てにおいて全力で、なおかつ真剣に戦う。

 今の彼には階段も廊下も全て、土俵に向かう花道に見えている。

 4階、会議室という掠れた札が貼り付けられた大部屋に入る。

 机と椅子が無惨に壊され、中央が広く空いたその部屋に、全身が肉でできた城のような男が立っている。

「お前がマッシヴか?」

「仲間と世間はそう呼ぶな、お前はなんだ?政府の狗。」

 声をかけられて振り向いたその男は覆面で声はくぐもっていながらも、野太いはっきりとした声で答える。

「四澤に続いてお前も狗呼ばわりかよ。俺は照井 狼だ、狗じゃなくて狼と呼んで欲しいね。」

「政府の飼い狗に狼程の牙も野生もあるものか、名前負けもいい所だ。」

「牙がない?確かめてみろよデカブツ、お前こそサイズだけで随分とのろまに見えるぜ。」

 挑発がぶつかり合い、緊張が走り場の空気が張り詰める。

 早撃ちで決闘をしているガンマンのごとく無言で睨み合う二名。既に互いに能力を使用して準備も整っている。もし誰か第三者がここにいれば、1秒が数百秒に引き伸ばされているように感じただろう。

 そして膨れ上がった緊張は遂に弾けた。先に駆け出したのはマッシヴだ。

 彼の筋肉増加の能力により体重も増加しているのか、地面を蹴っただけでも床にヒビが入り建物が揺れる。

 対する照井はタックルでの姿勢で突撃してくるマッシヴに対し、ギリギリまで構えたまま動かない。

「どうした!立っているだけか!」

 あとコンマでぶつかる、という所で彼は飛び上がる。

 既にぶつかろうと勢いを思い切りつけていたマッシヴは、咄嗟の防御すら取れていない。

「突撃が能じゃないんだよ、こっちは!」

 気を纏った足で天井を蹴り、ガラ空きの頭部に拳を叩き込む。ダンクシュートの要領で拳を叩き込む技の発展系である。

「ぐぅっ!」

 しかし、思い切り拳を叩き込んだはずが少しよろめく程度で倒れもしない。

「何!?」

 危険を感じ飛びのこうとするが、腕をそのまま掴まれてしまう。

「その程度か!」

 マッシヴは水ヨーヨーのように照井の体を振り回し、思い切り投げ飛ばす。

 受け身や気で衝撃を和らげ、ダメージは最小限に抑えてすぐに立ち上がる。

「生半可な打撃じゃあロクに響かねえって訳かよ、筋肉ダルマってレベルじゃあねえな。」

 ならば、とプランを切り替える。突撃してくるマッシヴに向かって近くのテーブルの破片を投げて数秒の隙を生み出す。

 その一瞬の間に照井は右腕に気を集中させ、地面へと叩きつける。

 それは四澤へのトドメとして使用した技。彼は「閃」と命名している。溜めた気を叩き込んだ地面で爆発させ、下方向から吹き出す気の奔流を食らわせる技である。

 生かさず殺さず、あくまでも相手を逮捕する為の範疇では十分な必殺の一撃。

「ぐおおっ!」

 防御の構えをとってはいたものの。見事にマッシヴに直撃させることに成功し、余剰が天井を焦がして煙が立ち込める。

 火災報知器がアラームを鳴らす中、照井は目の前を見据え、相手がどうなったのかを観察する。

「やったか…?」

 口ではそう言いつつも、警戒は解かない。いつでも防御に移れるようにする為だ。

 2秒…3秒…だんだんと晴れてきた煙の向こうから、覆面が破け顔が半分見えているマッシヴが仁王立ちしているのが見えてくる。

「おもしれえな、あれで倒れなかった奴は3人目だ。」

 冷や汗を垂らしつつも、予想以上の敵の強さに照井の口角が上がる。

「筋肉でカバーしなければ危なかったがな。その程度では俺は倒せん。」

「そうかよ。それでなんだ、立ってるだけか?」

「言われんでも食らわせてやる!」

 マッシヴは筋肉量をさらに増加させた右腕で、思い切り拳を叩き込む。

 思いのほか素早いブローに避ける隙はないと判断し、斜めに組んだ腕に気を集中させて防御をとる。

 直撃したその一撃は、照井にバズーカの爆発を想像させるほどに重く、強い一撃であった。

 踏ん張っていた地面ごと押され、後ろの壁にその姿勢のままめり込んだ。

 背中に気を回すのが遅れた為に痛手を負ったのを理解する。同時に呼吸を阻害され、膝を付いた姿勢で咳き込む。

 これはまずい、彼の本能がそう告げる。

 ただでさえ四澤戦での傷が完治していない上、今ので肋にヒビが入った。長期戦は不可能に近い。

 なら、どうするか。体勢を立て直しながら照井は次の手、そのまた次の手と考えを巡らす。

 差は瞭然だとしても諦めるには値しない。照井 狼とはそうやって勝ち上がってきた男である。

「どうした、狗。さっきまでの威勢はどこへ行った?」

 血の混じった唾を吐いて、挑発に対し返す。

「見えてねえのか、ここにまだあんだろ!」

 再度衝突する両者、これをもって決闘は中盤へ突入する。

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