第16話 混沌を包み込む聖母

何か食べられるものないかなと、会社の一階食堂へと向かう。

長テーブルを数個並べてあるだけの殺風景な食堂へと入り

セルフサービスの椅子を、庭が見える窓辺の角席へと持って行ってから

良い匂いが漂ってくる厨房へと向かうと

なんと青く透き通った腕を生やしたエプロンと三角巾姿の社長が楽し気に

まるで舞うように、何人分もの料理を造っていた。

俺に気づくと、ニヤリと微笑んで

「おーっ起きたか。ヤスリンを呼んでおいた。

 もう少ししたら来るから、朝食食べつつ鑑定されてくれ」

「は、はい……」

俺は妙に上機嫌な社長の気分を壊さないように

さっさと自分の席に戻り、席に座ってボーッとしていると

ローウェルが欠伸しながら入ってきて

俺の隣に席を並べ、ニヤニヤしながら

「ご愁傷様。いよいよ社長に捕まったぞ」

「え、どういうこと?」

「お前の"運"と謎の裏スキルに興味を持ったってことだよ」

「……どっちもないと思いますけど」

ローウェルは黙ってニヤーッと笑った。


社長が作ってくれた炒めたライスと鮮やかなサラダ

それにベーコンハムエッグを頬張る。旨い。

隣のローウェルは朝から、豪勢な肉料理をよく食べられるなと

少し思いながら食っていると

あの、いつ会っても不機嫌な顔の金髪の鑑定士少女が

ペタペタと靴音をさせて入ってきた。

疲れた顔でクシャクシャに丸めた帽子を脇に抱えている。

そして、デーブルを挟んだ俺の手前に座ると

軽くため息を吐いて

「どうも」

と短く挨拶して、俺の顔を目を細めてしばらく眺め

「あーっ……すごいわ……なんだろ……すごい」

「……あの」

社長が青く透明な片足と普通の足を走らせて

すばやく隣に椅子を並べ座ると

「どうだ?スキルはどう変化した?裏スキルは見破れそうか?」

少女は真面目な顔で、ポケットから錆びた金のモノクルを取り出し

右目にかける。そして、しばらくその右目を細めて俺を見つめると

「……うーん……魔力の流出もないですわ。

 裏スキルはなさそうですね……それよりも……」

俺も含めて全員少女を注視すると

「……混沌が消えて……"混沌を包み込む聖母"の超レアスキルが発現してます。

 それと……ライトスライムテーマーのレベルが9までダウンしてますわね。

 異種族への愛も消えてます。こんな短期間にレベルダウンしつつ

 スキルが入れ替わるなんて……」

ローウェルがニヤニヤしながら

「な?変だろ?なんか変なんだよ。

 こいつは、どんな窮地もあっさり突破してスキルも職業も

 都合よくコロコロ変わってるだろ?」

社長が真剣な顔で

「"混沌を包み込む聖母"は、混沌高レベルスキル所持者である

 リース様に必要だから対応したということか?」

しばらく沈黙が続いて、全員が俺を胡乱な眼つきで見つめてくる。

な、なんか疑われてる……言われてる意味は分かる。

恐らくリブラーの予測や助言に対応して、困難を解決すると

それらに対応するために、自動的にスキルや職業が変わるようだ。

社長が思いっきり意地の悪い表情を作りながら何かを言おうとした瞬間に

下着に男物のジャケットを羽織っただけのリースが

椅子に座る俺の近くへと駆けてきて、しゃがんで抱き着くと

「ダメ!私、ナランさんを気に入ったから!

 社長さん、何があろうとナランさんを大事にして!」

社長はため息を吐くと、真っ赤な髪を少し触り

「別に詰めてるつもりはないんですけどね。

 まあ、どんな特殊能力者だろうと、うちの会社を裏切らなければ、いい」

俺を見つめてきた。恐縮しながら何度も頷くと社長は鼻で嗤って

金髪の少女と共に厨房へと去っていった。

ローウェルはニヤニヤしながら

「俺は楽しめればいいよ。それよりナラン、次の閃きはなんだ?」

皮肉たっぷりな表情で訊いてきた。


一時間後。


皮鎧を装備したサナーと元村長

そしていつもの恰好のローウェルにさらに

旅装姿のヘグムマレーとリースまで乗せた四頭立ての荷馬車は

傭兵会社から北西に二百キロの地点の樹海へと向かっていた。

御者のローウェルは振り向いてニヤニヤしながら

「おい、ナラン、そこに遺跡は確かにあるんだな!?」

と尋ねてくる。

もう七回目だ。何度も訊かれると不安になるので

リブラーを使いたくなるが、

明らかに荷馬車の隅から目を光らせているヘグムマレーが俺を監視しているので

魔力の消費がばれて問い詰められそうで簡単には使えない。

「間違いなく遺跡はあるって!」

そう答えると、毎回サナーとリースがウンウンと頷いて

「あるに決まってるだろ!」「あると言ってるでしょ!?」

と加勢をしてくれるのが、なんかありがたいというか迷惑というか……。

ちなみに元村長は気持ちよさそうに風に吹かれている。

新米なのに完全に我関せずと言った感じで、ちょっと羨ましい。


ローウェルから無限問い詰め攻勢にも負けずに

宿泊と休憩を挟んで荷馬車は走り続け、そして二日目の正午には

樹海が見下ろせる丘の上に俺たちは到着していた。

ローウェルが馬車を止めると、サナーとリースが同時に飛び降りて

そして並んで走っていく。

キャーキャー言って樹海を見渡す女子二人と

地べたに座り込んで景色を見ながら旨そうに水筒を飲む元村長を

荷馬車の中から眺めているとヘグムマレーが近づいてきて

「……すまんかった。私は試すのは反対だったんじゃが」

そして馬の世話をしてるローウェルの方を眺める。

言いたいことは分かったので

「いや、いいですよ。会社からしたら使ってる傭兵がまともかどうかなんて

 一番気を付けておかないといけないと思いますし」

ヘグムマレーは苦笑しながら

「父親としてはな、君のおかげで

 酷いマイナススキル持ちの娘がまともに動けているだけで

 十分なんじゃよ。別に報酬を渡したいくらいじゃ」

「……やっぱり、あれだけマイナススキルがあるとヤバいんですか?」

ヘグムマレーは大きくため息を吐いて

「娘と出会った最初の時に見ただろう?

 あんな入り方をしたのはそもそも、娘が研究した大砲型移動装置のせいなんじゃ」

応接間破壊事件だ。誰もそのことには触れないので

触れたらいけないのかなと思って、俺も尋ねなかった。

「……大砲型移動装置って……名前からしてヤバいですね」

ヘグムマレーは大きく息を吐いて

「大砲に人間を入れて飛ばすという移動装置じゃよ。

 私が考案した防御魔法の何重にもかかったマントにくるまれば

 理論上は怪我一つせずに目標に到達できる……しかし……」

「普通の人はそんな発想はしないですね……」

ヘグムマレーは頭を抱えながら

「それもある。それもあるが、そもそも着地時の衝撃を緩和しなければ

 何かを必ず破壊して着地することになる。

 しかし、リース的には、何も壊さない完璧な計算じゃったらしくてな」

それであんなに見事に窓がぶち壊れたのか。

「……研究者だったんですね。リースさん」

「いや、マイナススキルが邪魔をして研究者というよりは

 破壊者と言った方が正しいかもしれんな……。

 あれほどのスキル持ちじゃと、少し立って歩くだけで

 何かを軽く壊すのじゃよ、思考もかなり濁る」

「……」

それでか、それで最初に抱き止めた時にリースは嬉しそうにしていたのか。

普通の人だと抱きとめた衝撃で腰が折れるとかするのかもしれない。

「しかし我が娘はな。どんな不運だろうと絶対に諦めんのじゃ。

 何かをやり遂げようと、今まで十八年間必死に生きて来た。

 それは実を結ぶことはなかったが、とうとう、君に出会った」

「……あの?なんか、話が……」

変な方向に行ってないか?ヘグムマレーは急に土下座すると

「ナランさん!頼む!娘を貰ってくれ!混沌を包み込む聖母持ちの君が

 あの子の人生には必要じゃ!」

慌ててローウェルの方を向くと、明らかに聞いていないふりをしている。

くそっ……何なんだ、何なんだよこの依頼!

リブラーのいうことに従ってると、ヤバい方へと延々連れていかれているぞ。

俺は大きく深呼吸して

「あ、あの、まず頭をあげて下さい。

 俺みたいなものに、王家の人がそんな恰好しないでくださいよ」

ヘグムマレーは顔を上げて、口惜しそうに

「そうか……ならばせめて、娘を君の傍に置かせてくれ。

 妾でも愛人でも、それこそサナーさんは怒るじゃろうが

 奴隷でも構わん。あんな若者らしい娘を見たのは

 ここ十八年で初めてなんじゃ……」

樹海を見てキャーキャーと楽し気にはしゃいでいるリースとサナーを見つめる。

「あの……俺傭兵ですよ?」

「構わん。高難易度依頼や任務には私も加勢に行かせてくれ。

 王家へ説明も私が責任をもって行う」

「そこまではさすがに……」

しかし娘を思う親のヘグムマレーの気持ちは分かったので

「友達としてなら……サナーとも何か仲良くなってますし」

ヘグムマレーは俺の右手に両手を重ねて黙って強く握ってきたので

俺も左手を重ねて握り返す。なんだそれ……なんでこうなってるんだ……。

何なんだよ……という気持ちは拭えない。

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