第6話 運の計測
「ゆ、夢だったのか?」
「なにがー?」
いつにもなく甘い声でサナーが尋ねてくる。
その声色と、上気した顔を見た瞬間に俺は正気に戻って
「……夢だな。悪い、頭のおかしい夢を見ていたみたいだ。
サナー、そろそろ仕事するか」
サナーは一瞬固まって、それからいきなり噴き出して笑い出した。
「あははは!ナランも疲れてたんだな!」
そして、ピョンッと俺の腕から飛び出ると、
両腕を天井に向けて思いっきり伸ばして
「よし!もう完全回復した!!」
と言った瞬間に、俺とサナーのお腹が同時に鳴る。
一瞬、顔を見あわせたあとに、何とも言えない気持ちになり
二人でそれぞれ持ってきた乾パンなどの携帯食料を黙々と食べ始めた。
食べ終わるとサナーが黙って立ち上がり
「ナラン、調べる場所も私、覚えてるから一人でやっとく。お前は休んどけよ」
俺も立ち上がり
「いや、大丈夫だ。俺もやるわ」
サナーは仕方なさそうに首を横に振り
「相変わらずバカだなぁ。奴隷の私がやるってんのに
自分も雑務とかやろうとするなんて、ふふふ」
微かに笑うと
「こっちだ」
向って左奥の本棚が並んでいる方角を指さし、小走りに走っていった。
俺もそれについていき、サナーと共に膨大な本棚たちの一角を調べ始める。
「これ、いいんじゃないのか?」
サナーが開いた本を受け取ってそのページを眺めてみる。
書いている文字は分からないが、図で内容は理解できた。
「ああ、腹の中の虫を下す薬作り方の様だな。
提出物としては十分だな」
サナーはニカッと笑うと
「ボーナスも、もらわないとな!!」
さらに意欲的に本棚から本を取り出しては調べ始めた。
俺も探してペラペラとめくってみるが、ろくな本が見つからない。
しばらくするとサナーがニヤニヤしながら、開いた分厚い本を渡してくる。
それを眺めると、裸の男と女が抱き合っている精巧な図が目についた。
他のページもめくると、どうやら男女の結合方法についての真面目な本の様だ。
「……なんのつもりだ」
「ナラン、女にもてないから、一冊もらっていったらどうかと思ってな」
わざと偉そうな顔で言ってくるサナーにため息を吐いて
「これも提出しよう。この絵って、ほんとに絵なのか?」
あまりにも本物の人間のような……。サナーは真面目な顔をして
「……昔は、そのまま私たちの姿を映せる機械や魔法があったのかもな」
「ありうるな。よし、もう一冊くらいは探そう」
「よっしゃ!!目指せ大金持ちだ!」
俺たちは、今まで異常な圧力がかけられ続けて解放されたからか
妙な調子の良さになりながら、その後数時間本を探し続けた。
その後
通路のど真ん中に、二十冊ほどの分厚い本が積まれていて
俺とサナーは途方に暮れていた。
これらの本は持って帰れれば
絶対に会社が成果物として金を支給してくれるはずだ。
しかし……外には魔物の大群がまだ屯していて
しかも、俺たちには荷馬車も荷車も馬も運搬するためのものが何もない。
とりあえず、サナーと二人で入り口近くまで重い本を重ねて
何往復もしながら運んでいく。
「ぜーったい、一冊五万イェンのボーナスは固いから
全部、会社までもっていけたら百万イェンだぞ!?」
サナーはしっかりと閉まった入り口付近に積み上げたそれらを見て
そう言うと黙ってジッと俺の顔を見上げてきた。
「……なんの搬送方法も思い浮かばんな」
そう答えると、サナーはブツブツと
「でも……百万イェンあれば……私とナランは色々買えるし……」
などと本を見つめて口惜しそうに呟いている。
「……リブラー」
何となく俺は、本に向けてさっきの頭のおかしな夢に出てきた呪文を唱えていた。
次の瞬間、頭の中に
本の搬送方法についてお調べになりたいなら、〇と
もしくはこれらの本についてお調べになりたいなら×とお答えください。
などとふざけた質問が返ってきたので
「〇だ……」
とボソリと呟くと、頭の中に
カードキーを使い、そのまま外へ出れば、全ての事態が片付いています。
全ての本は問題なく運送できるでしょう。
警告、ナラン様のマジックポイントが切れかけています。
次回のリブラー詠唱は、魔力回復を待ってお使いください。
それだけ言って声は消えた。
そのまま外へ出れば、事態が片付いている?
それに魔力……?低レベルサポーター職に過ぎない俺に
魔力なんてあったのか?よくわからんな……やはりこの声はただの妄想なのか?
などと腕を組んで考え出すと、サナーが不思議そうに俺の顔を覗き込んできて
「ナラン?どうした?なんでも困ったことあるなら言ってみろ?」
「なぁ、そのまま外に出てみるってのはどうだ?
もしかしたら、モンスターもういないかもしれないぞ?」
サナーは一瞬、驚いた顔をした後に
「……うーん……本があろうとなかろうと
一回開けて確認するしかないのは確かだけど」
そして意を決した顔になり
「ちょっと開けてみよう。モンスター居たらすぐ閉める感じで!」
そう言って、ブロンズソードを抜いて外に向けて構えた。
俺は一回深呼吸して、黒く塗られてしかも臭い皮鎧からカードキーを出し
そして入口へとかざしてみる。
入り口は音もなく左右へと開いていく。
そこで俺たちは驚愕の光景を目にすることになった。
古代図書館の前の森が開けた場所に横たわる死屍累々とした
大量のゴブリンたちの遺体、そして首がすっぱり切られているオークの巨体。
入り口すぐの階段に座って、こちらへと背中を向け
タバコを吸っていたローウェルが立ち上がり
こちらを振り向くと、タバコを右手に持ち替えて、面倒そうに左手で頭をかき
「わりぃ、わりぃ。忙しくて、こんな大群がいると思ってなかったわ。
おー、手足も指もちゃんとありそうだな、上等上等」
そしていきなり俺たちの恰好を見て噴き出すと
「ブラックゴブリンに仮装して突破したのか!?バカなことやったもんだな!!」
腹を抱えて爆笑し始めた。
サナーが呆然とした顔で
「おっさんが……やったのか?」
ローウェルは笑うのをやめると
「一応、元忍者なんでね。このくらいの低レベルモンスターなら処理は簡単だ」
「上級職だ……すげー……忍者だから素手で……」
「サナー見ろ、おっさん、返り血も浴びてないぞ……」
ローウェルは顔を歪めて微妙な笑みを創ると
「元、忍者だ。もう一線からは引いてる。それより帰ろうか。
森の外に荷馬車を待たせてある。会社に戻ろう」
俺とサナーは頷くしかなかった。
二時間後、広大な草原の暮れていく夕陽を浴びながら
二十冊の本と共に、俺とサナーは荷馬車に揺られていた。
ローウェルは、自分の話は殆どしたがらないが
俺とサナーの話は色々と聞きたがった。
サナーが、わざと不満そうな顔をして
「なーおっさん、私たち、ガイドもついてない低レベル任務連チャンだろ?」
ローウェルは煙草をふかして、御者をしながら
「ああ、そうだな。社長の趣味だ」
「趣味!?」「は!?」
俺とサナーは一斉にいきり立った。どれだけ死にそうになったと思ってるんだ。
ローウェルはこちらを振り向かずに
「お前らに何の才能も無さそうだったから、"運"を計ったんだよ。
結局、傭兵稼業なんてもんで生き残るの、上に行くのは運がいいやつだ」
サナーが微妙な面持ちで
「じゃ、じゃあ!私たちは運はいいってことだな!?」
ローウェルはこちらへと振り向いてきて、鋭い目つきで俺たちを見回すと
「……そこそこだな。あの古代図書館は運の計測にうってつけでなぁ。
そもそも本当に運がいい奴は、何の問題もなく中へと入り
そして、とてつもなく価値のある魔導書なんかをもってくる」
サナーが先ほど見つけた本のうちの一冊を見せて
「わっ、私たちもきっとすげーの見つけたぞ!!」
ローウェルは鼻で嗤うと再び前方を向いて
「何冊も持ってきたやつで、当たったのを見たことないな」
サナーは愕然とその場に座り込んだ。俺はなんとなく
「な、なあ、おっさん、例えば俺たちがあそこで
すげー魔法とか武器を手に入れたりしてたら……」
ローウェルは堪えきれずに爆笑しだして
「あるわけねぇだろ!!そんなのあったら社長がとっくに手に入れてるな!」
そしてしばらく御者をしながら笑い続けていた。
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