おじさん弔いをしたい

 自己紹介が終わってさてどうすんべ。となったのだが、猪の放置は不味くないか? いやできるなら肉食いたい。


 このでかさなら、こちらに来てから満腹になることもなかった腹を満たせる。


 でもその前に彼だ。なんとか彼の家族か身内に返してあげたい。面識なんて一切ないし生きている彼と会った訳でもない。それでも私に開き直るきっかけを与えてくれたのは彼だ。


 彼と猪がいなければ、私は開き直ることも転移だか神隠しだかにあった現実も受け止めることができず、あの場所で来ない救助を力尽きるまで待ち、毎日毎日精神をヤスリで削るように心がやられていただろうとは想像できる。


 彼は間違いなく恩人なのだ。



 話し合っている四人に呼び掛ける。


「アイリーンさん、セイランさん、リジーさん、エナさん、わがままを言いたいのですが相談にのってもらえないで……? あ!」


 四人がポカーンと、いやエナさんだけ興味深そうに目をキラキラさせている。


 名前を聞いて自分も呼んでもらえて、気が抜けてしまった。

言葉通じないじゃん! 彼のことを遺族に返したいとかどうやって伝えれば!?


 亡くなった彼と猪と彼女たち四人に視線をさ迷わせ、頭を抱え悩んでいるとエナさんが近寄り落ちている枝を拾って地面に絵を描いた。


 棒人間で四人と少し離れて一人、その五人目を丸で囲むと私を指し示す。


 さらに続けて楕円に牙で猪、横たわっている棒人間で亡くなった彼を指し示す。


 にっこり笑って枝を渡して首を傾げる。


 エナさん天才では? 悪ガキなんて思ってごめんなさい。


 これなら細かくは説明できなくても、ある程度は伝わるはずだ。


 他の三人も近寄ってきたので、エナさんの描いた棒人間の彼を丸で囲み、一度実際に横たわる彼を指し示すと四人は頷いてくれる。


 さらに地面に視線を戻し、横たわる棒人間の上にTを描きTの両端に棒人間を二人追加して、丸で囲んだ横たわる棒人間から矢印を上に描いた二人まで伸ばす。


 亡くなった彼を両親に届けたいと伝わったか? 伝わったようだが四人は悲しそうだ。


 セイランさんが、私の肩に軽く手を置き首を振る。たぶんできないという意思表示。


 もう一度彼を指し示し、どうする? と身振りをすると、今度はリジーさんが彼を指し示し、悲しい表情で掌を下に向けて軽く上下させる。



 そうか、ここに置いていかなければいけないんだ。


 確かにこんな軽トラみたいな猪が徘徊する森の中を、死者を運んで移動するのはこちらも危ないか。そうだよな。甘い考えは捨てなきゃ、自分がそっちに回ってしまう。


 四人に頭を下げ「ちょっと待ってて」と身振りで伝え了承をもらってから、猪に突っ込む前に投げ捨てたリュックを広いに行く。


 戻ると四人が話し合っていたが軽く頭を下げ彼の近くに角スコップで穴を掘っていく。自己満足かもしれないがせめて埋葬だけでもしてあげたかった。


 穴を掘っていると、セイランさんは周囲を警戒するように視線を動かし仁王立ち、リジーさんとエナさんは彼の装備を外したり顔に着いた汚れや血を拭き取っていた。アイリーンさんはいなくなっていた。



 腕力任せで一気に穴を掘る。


 プリンを掬うみたいに土も角スコップも軽いので、極短時間で彼を横たえても十分な深さと広さの穴ができたのだが、添える花を一輪摘んできたアイリーンさんと、リジーさんエナさんがちょっと引いていた。


 セイランさんはあの筋肉だ、同じようなことができるのか頷いていた。


 まぁそうなるよね。と苦笑い。


 彼を埋葬し大きな石を墓石にして、アイリーンさんが花を添え、最後に人指し指で石に「ヤスラカニ」と何度かごりごりと往復させて掘ると、今度はセイランさんも含めて四人が引いていた。


 まぁそうなるよね。と苦笑い。


 アイリーンさんとリジーさんがマネをしたけど、跡がつくこともなく、自分の指と私を何度も見比べ、とても不思議な現象を見てしまったかのような顔をして「ゴンゾウ」とだけ呟いた。


 まぁそうなるよね。と苦笑い。


 なぜかセイランさんとエナさんは、目をキラキラさせていた。



 彼の装備や荷物を一緒に埋葬しようとしたのだが、セイランさんに止められた。先程地面に描いた彼の身内を表す棒人間を指したので、持ち帰って渡してくれるのだろうか。


 頭を下げて感謝を伝えると、セイランさんは大きな手で優しく肩を叩いてくれた。


 優しげな金色の目が、心配するような色を帯びていたように感じた。


 おじさんには人の目から感情を読み取る、なんて高等技術ないのだが。気のせいか。

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