46話

 階層主の討伐から1ヶ月が過ぎ、褒賞の授与式のため、王城へと向かう日の朝。


 正装に身を包んだアルギスは、鏡の前で再度服装の乱れを確認して大きく息を吐いた。


 

「……よし、行くか」



 アルギスが部屋を出ようと歩き出した直後、扉をノックする音が耳に入る。


 音もなく開いた扉からは、恭しいお辞儀をするマリーが姿を現した。



「失礼いたします」



「ちょうど向かおうと思っていたところだ。行くぞ」



「かしこまりました」 



 部屋を出るアルギスにマリーが付き従うと、2人は並んで廊下を進んでいく。


 やがて、アルギスが屋敷を出た玄関先では、バルドフが馬車を囲む騎士たちへ指示を出していた。

 


「久しいな、バルドフ」


 

「はっ!アルギス様もご息災のようで」



 アルギスの声に後ろを振り返ったバルドフは、ピンと背筋を伸ばして腰を折る。


 ややあって、嬉し気に顔を上げるバルドフに対し、アルギスは複雑な表情で馬車へと乗り込んだ。



(わざわざ公都から来たのか?昨日の夜は見ていないが……)


 

 アルギスが考え込む中、マリーとバルドフが続けて乗り込んだ馬車は、護衛を伴ってゆっくりと動き出す。


 そのまま屋敷の敷地を出ると、朝日に照らされる貴族街を王宮へと進んでいった。



(ここに来るのは祝福の儀のパーティ以来だな……。それも、もう8年前か)



 馬車の窓から外を眺めていたアルギスは、兵士たちが見張りをする城門に目を細める。


 程なく城門を抜けると、馬車は記憶を懐かしむアルギスを載せ、花々が綺麗に整えられた庭園を通り過ぎていった。


 

(前に来た時は外を見る余裕がなかったが、こうして見るとさすがだな)


 

 窓の外を流れていく景色に、アルギスは思わず目を奪われる。


 やがて大理石の柱や美しいレリーフで飾られた玄関口が近づくと、馬車は緩やかに減速して動きを止めた。


 

「行くぞ、バルドフ」



「はっ!」



 脇に立てかけていた大剣を手に取ったバルドフは、扉を開けるマリーに続いて馬車を降りる。


 扉を押さえるマリーを尻目に、アルギスは馬車を降りて王城を見上げた。



「マリー、お前はここで待機だ」



「かしこまりました」



 パタリと扉を閉めたマリーは、バルドフを伴って歩き出すアルギスに頭を下げる。


 頭を下げる護衛騎士たちの間を抜けると、2人は王城の玄関口をくぐっていった。

 


(さて、すんなり行けばいいが……)

 


 時折感じる視線に内心で顔を顰めつつも、アルギスは広大な中庭に面した廊下を進んでいく。


 しばらくして2人が謁見の間へと辿り着くと、両脇に控えていた近衛騎士は何も言わず扉を開いた。



(嬉しそうなやつと無表情のやつが半々か……やたらと睨んでいる奴もいるな)



 列席する高位貴族たちの顔色を確認したアルギスは、バルドフと共に通路の末席に立つ。



 それから待つこと数分。


 音もなく開け放たれた扉から、難しい顔をした国王ライナースと宰相のパトリックが、謁見の間へ足を踏み入れた。


 

(どうやら、王様たちは反対派のようだ) 



 ライナースとパトリックの表情に不安を募らせつつも、アルギスは他の貴族たち同様、静かに頭を下げる。


 頭を下げる貴族たちの間を通り抜けたライナースは、パトリックを横に控えさせ、玉座へと腰を下ろした。


 

「……アルギス・エンドワース、我が前に」



 静まり返った謁見の間に、厳粛なライナースの声が響く。


 直後、周囲の貴族たちの視線は、一斉にアルギスへと注がれた。


 

「はい」



 高位貴族の視線をよそに、アルギスは毛足の長い絨毯の上を堂々と進んでいく。


 程なく、アルギスが玉座の前で跪くと、ライナースは僅かに身を乗り出した。


 

「エンドワース家嫡男アルギス。そなたの勇敢な行いを賞し、ここに褒美を授ける」



「ありがたき幸せにございます」



 口元に薄い笑みを張り付けたアルギスは、胸に手を当てながら深々と頭を下げる。


 謁見の間に一層の静寂が広がる中、ライナースは唸るように低い声で口を開いた。



「本来であれば全ての者に功を報せるべきだが、此度は限られた者にのみ告知されることとなる。よいな?」



「委細、承知しております」



 目つきを鋭くするライナースに、アルギスは粛々と頷きを返す。


 すると、ライナースは背もたれに体を預け、ニコリと穏やかな笑みを浮かべた。



「……ならばよい。そなたは褒美に何を望む、申してみよ」



「巷の噂で、”ブラッド”なる罪人がいると聞いております。是非、その者を褒美として頂きたく存じます」



 一息に要望を言い切ると、アルギスは頭を下げたまま、静かにライナースの言葉を待つ。


 一方、側で様子を窺ってた貴族たちは、謁見の間の静寂を破り、ひそひそと顔を寄せ始めた。

 


「……その願い叶えてやりたいとは思うが、彼の者は権力で誰かの下につく男ではない。他に望みはないのか?」


 

 慌てた様子の貴族たちをよそに、ライナースは忠告するような口調でアルギスへ声を掛ける。


 しかし、アルギスはゆっくりと顔を上げ、ライナースの目を見つめ返した。



「では、一度会うだけでも構いません。交渉する機会を頂きたい」



「……あいわかった、地下牢に案内させよう」



 しばしアルギスと見つめ合ったライナースは、諦めたように首を縦に振る。


 列席していた貴族たちが唖然とする中、アルギスの要求――ブラッドへの面会が許可されるのだった。


 


 授与式の終了から数時間後。


 正装から着替えたアルギスは、バルドフを引き連れ、地下牢の最下層へとやってきていた。


 

(なんとか会う所までは来たが、どう説得するか……)



「……お気をつけ下さい」 



 頭を悩ませるアルギスをよそに、案内の騎士は怯えた表情で、重厚な全金属製の扉を開ける。


 分厚い石造りの壁に囲まれた独房の中では、手足を巨大な鎖に拘束された毛むくじゃらの巨漢が、真新しい鉄格子に囲まれていた。



「ああ?なんだ、もう次の処刑か?今回は随分と急だな」



「黙れ!誰が口を開いていいと言った!」



 ヘラヘラと笑うブラッドに、案内の騎士は声を荒げながら剣に手を掛ける。


 依然として余裕を崩さないブラッドに目を細めたアルギスは、後ろに控えるバルドフへチラリと視線を向けた。



「お前は、どう見る?」



「強者ではありましょうが、実に無礼ですな」



 アルギスの背中越しにブラッドを睨むと、バルドフは不快げに眉を顰める。


 しかし、バルドフの返答の聞いたアルギスは、口角を吊り上げてブラッドへ向き直った。



「そうか……お前から見て強者であれば、十分だ」



「エンドワース様!危険でございます!」



 鉄格子へと歩き出すアルギスに、騎士は慌てふためきながら声を上げる。


 一方、ブラッドは髭だらけの顔にキョトンとした表情を浮かべていた。


 

「なんで……子供?」



「私の名はアルギス・エンドワースという。お前がブラッドだな?」



 ややあって鉄格子の目の前に立つと、アルギスは不敵な笑みを湛えながら、ブラッドを見下ろす。


 アルギスと後ろに控えるバルドフを見比べたブラッドは、ガチャガチャと鎖を揺らして鉄格子へ顔を寄せた。



「お前は、一体なんだ?」



「貴様……」



 不躾なブラッドの態度に、バルドフは怒気を滲ませながら大剣の柄へ手を掛ける。

 

 しかし、奇妙な違和感を感じたアルギスは、片手を挙げ、前に進み出ようとするバルドフを止めた。



(……《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ)



 ――――――



【名前】

 ブラッド

【種族】

 人族

【職業】

バーサーカー

【年齢】

 20歳

【状態異常】

・なし

【スキル】

・憤怒の大罪 Lv.3

・体術

・夜目

・気配探知

・投擲 

・剣術 

・弱点看破 

【属性】

 火

【魔術】

・強化系統

・攻撃系統 

【称号】

・囚人 



 ――――――

 


 (”憤怒の大罪”、だと……?)



 初めて見る”傲慢の大罪”以外の【大罪スキル】に、アルギスは唖然として言葉を失う。


 我が目を疑いつつも、急き込むように”憤怒の大罪”の詳細を表示した。

 


――――――――



 憤怒の大罪:激憤の感情に比例し、力を増す大罪スキル。スキル自体が持つレベルの上昇に伴い複数の能力が解放される。


 Lv.1《憤怒の拳》:属性の付与ができる。また、魔力を消費することで物理耐性を無効化できる。

 

 Lv.2《憤怒の加護》:ステータスを大補正する。


 Lv.3《憤怒の咆哮》:敵の動きを一時的に停止させる。

 

 Lv.4《憤怒の煌鎧》:???



――――――――



 

「くく、くははは!」



 片手で顔を覆ったアルギスは、天井を見上げて明るい笑いを零す。


 バルドフと案内の騎士が混乱する中、真剣な表情でブラッドと目を合わせた。


 

「……ブラッド、お前の望みはなんだ?」



「なに?」



 静かに語りかけるアルギスに対し、ブラッドは顔を顰めて怒りを露にする。


 しかし、ニヤリと口元を歪めたアルギスは、どこ吹く風とばかりに言葉を重ねた。


 

「望みだ。欲しいものをくれてやるから、私の物になれ」



「ふん!お前のようなガキに、なにが出来る」



 嘲るように鼻を鳴らしたブラッドは、苛立ち交じりにアルギスから顔を逸らす。


 そのままブラッドが口を噤むと、地下牢には鎖の擦れあう音だけが響いた。



「言うだけ言ってみたらどうだ?どうせ、暇だったんだろう?」



 しばしの沈黙の後、アルギスは世間話のような口調で質問を投げかける。


 すると、ブラッドはアルギスから顔を逸らしたまま、躊躇いがちに口を開いた。



「……俺は、ここじゃ死ねない。もっと身を焦がすような闘争の中で死にたい」


 

「それは、実に好都合だ。私と共に来い、好きなだけ暴れさせてやるぞ」



 ブラッドの返事に目を輝かせたアルギスは、内心を覆い隠すように薄い笑みを浮かべる。


 上機嫌なアルギスの声に、ブラッドは再び不機嫌そうな顔で振り向いた。



「なんだと?そりゃ、どういう意味だ?」



「そのままの意味だ。暴れても、一々ここに戻ってきたくはないだろう?」



 じろじろと値踏みするブラッドに、アルギスは呆れ顔で肩を竦める。


 アルギスの態度にたじろぎつつも、ブラッドは忙しなく目線を彷徨わせ始めた。



「……どうやって、何を用意する気だ?」



(かかったな)



 関心を示すブラッドに、アルギスは思わず口角が吊り上がる。


 誤魔化すように穏やかな笑みを浮かべると、ゆったりと両手を広げた。


 

「そんなもの、ついてくればすぐにわかる。お前が想像する以上の物を約束しよう」



「…………」



 アルギスの物言いに目を見開いたブラッドは、言葉もなく1人難しい顔で考え込む。


 痛いほどの沈黙が地下牢を包む中、大きく息を吐いてコクリと頷いた。



「……わかったよ。お前に着いていく」



(よし!はったりだが、意外となんとかなったな)



 ブラッドを丸め込んだアルギスは、沸き立つ内心を隠して、こっそり拳を握りしめる。


 そして平静を装ったまま頷くと、くるりとブラッドへ背を向けた。



「では後日迎えに来る。……それと私の名はアルギスだ、以後呼び方に気をつけろ」



「おい!どういうつもりだ!」



 アルギスが歩き出した直後、騎士の怒声が地下牢の静寂をうち破る。


 足を止めて振り返ったアルギスは、鎖を巻き付けた身体で立ち上がろうとするブラッドにため息をついた。



「好きにさせてやれ。……まだ、話があるのか?」



「言っただろ?着いていくってな」



 アルギスの指示で騎士が剣を納めると、ブラッドは中腰になって、地面に固定された鎖を無理矢理引っ張り上げる。


 笑顔でギシギシと鎖を軋ませるブラッドに、アルギスの表情は一転して怪訝なものに変わった。



「なんだと?」



「ちっとばかし、待っててくれ」



 勢いよく立ち上がったブラッドは、腕を拘束していた鎖を力任せに地面から引き剥がす。


 ブラッドを拘束する鎖が次々に破壊されていく光景に、騎士は顔を青くして声を張り上げた。



「な!なにをしている!?やめろ!」


 

「ったく、うるせぇなあ。少し黙ってろよ」 


 

 騎士の静止をよそに、ブラッドは手首についていた枷を握りしめ、輝くように赤熱させていく。


 程なくブラッドがドロリと溶けた手枷を放り投げると、バルドフは愕然とした表情でアルギスの背中を見つめた。



「……アルギス様。本当に、この者を従者とするので?」



「それ以上は聞くな。決心が鈍る」


 

 ウキウキと残りの枷を溶かすブラッドの姿に、アルギスは遠い目をしながら口を閉ざす。


 しばらくして四肢の枷を外しきったブラッドは、凝り固まった首をほぐすようにグルグルと回した。



「これで自由の身か。……ほんじゃよろしくな、大将!」



(……少し早まったかもしれないな)



 鉄格子をひしゃげさせて出てくるブラッドに頬を引きつらせつつも、アルギスは無言で後ろを振り返る。


 揃って独房を後にした4人は、じめじめとした通路を抜け、地上に繋がる螺旋階段へと足を掛けた。



 そして、階段を上り始めてからいくつもの階層を超えた頃。


 ついに4人は地下深くの牢獄から、王城の外通路へと出るのだった。



「では、私はこれで失礼いたします」



「ああ、世話になったな」 



 深々と腰を折る騎士に手を振ったアルギスは、バルドフとブラッドを引き連れ、通路を進んでいく。


 しかし、王城の玄関口まで戻って来ると、後ろを歩いていたブラッドが突如足を止めた。



「どうした?」



 後ろを振り返ったアルギスは、バルドフと共に、ブラッドの睨みつけた先へ目線を移す。


 玄関ホールの脇には、驚愕の表情を浮かべる数人の貴族と、1人顔を青くしている貴族の姿があった。



「あの野郎は冒険者ギルドを馬鹿にしやがったんだ。だから、ボコボコにしてやった」


 

(……アイツが冒険者たちの言っていた貴族とやらか)



 青筋を立てるブラッドと逃げるように後ずさる貴族を見比べたアルギスは、うんざりした表情でため息をつく。


 冷や汗を流し続ける貴族からつまらなそうに目線を外すと、再び玄関口へと歩き出した。

 


「行くぞ。見ていても時間の無駄だ」



「……チッ!」



 貴族へ目線を固定しつつも、ブラッドは大人しくアルギスとバルドフを追いかけていく。


 やがて、アルギス達3人が玄関先の車寄せまで戻ってくると、馬車の側には、既にマリーと騎士たちが用意を済ませていた。



「おかえりなさいませ」


 

「……ああ」


 

 周囲を警戒するバルドフを背に、アルギスはマリーが扉を開けた馬車へと乗り込む。


 続いてバルドフとマリーが乗り込む中、最後に馬車へ足を掛けるブラッドを押し止めた。



「おい。待て」 


 

「ん?どうした、大将?」 



 片手を突き出されたブラッドは、目を丸くして一度馬車から足を下ろす。


 不思議そうな顔で言葉を待つブラッドに、アルギスは目頭を押さえながら首を振った。



「……お前は歩きだ。そんな格好で馬車に乗れるわけがないだろう」



「おいおい!そりゃないぜ!せっかく貴族の馬車に乗れると思ったのに……!」



 アルギスの返事に顔色を変えると、ブラッドはどうにか乗り込もうと慌てて食い下がる。


 しかし、背もたれに寄りかかったアルギスは、ブラッドが乗り込むよりも早く、正面に座るマリーへ顔を向けた。



「屋敷は歩いてもすぐだ。……さっさと出せ」



「かしこまりました」 



「あ!おい!」



 マリーに扉を閉じられたブラッドは、抵抗虚しく、1人馬車の外に締め出される。


 護衛騎士たちに交じってトボトボと歩き出すブラッドをよそに、馬車は王城の庭園へと進んでいった。



(”憤怒の大罪”か、思いがけない収穫だったな……多少懸念もあるが、仕方ないだろう)



 ブラッドの人格面に不安を感じつつも、アルギスは上機嫌に口角を上げながら窓の外を眺める。


 やがて、夕暮れも近くなった頃、王城の城門をくぐった馬車は、ゆっくりとエンドワース家の屋敷へと戻っていくのだった。

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