第38話
黒白院での出来事を美波さんに話した。
無論、いくつかのぼかしを入れて。
全てを赤裸々には話してない。
私が同性愛者であることや平沢さんに告白したことは隠した。
「要は信じていた人に裏切られたってことね」
「そうよ。話すことは話したわ。これで満足でしょ」
「隠してる部分が多すぎて全体像が曖昧よ。
今の話で納得するには無理があるわ」
「そんなこと知らないわよ!!もういいでしょ!!早く出て行ってよ!!」
「分かったわ。…なら、一言、言わせてもらうわ」
その瞬間、美波さんの雰囲気が変わる。
それは前々から感じていた美波さんの異様な空気。
私は無意識に身構えてしまう。そして美波さんから発せられた言葉は私にとって予期せぬものだった。
「——思ってたより脆いのね」
「…は!?…どういう意味よ」
「言葉通りの意味よ。結局のところ、詳細はよく分からないけどたった一回、信じてた人に裏切られただけでしょ」
美波さんは淡々と言葉を並べる。そこには一切の感情などなかった。
「ふざけないで!!!何も知らないくせに!…あんたに!!あんたみたいな能天気でなんの苦労も経験したことなそうな人間に何がわかるっていうの!!」
そう言って気づけば美波さんの胸ぐらを掴みながら、怒気を荒げていた。
しかし、美波さんは眉ひとつ微動だにしない。
「知らないわね。あなたは過去の経験からまた誰かに裏切られるのを過度に怯えている。
だから自分の殻に閉じこもり、いたずらに他者へ八つ当たりをしているだけよ」
「………!」
それは今の私の核心をつくものだった。
「たとえ、どんなに辛いことがあったとしてもそれが無関係な人に八つ当たりしていい理由にはならない」
「…うるさいわよ。…どうせあんただってどうしようもないほどの辛い事が起きたら逃げるに決まってる」
私がそう言った時、美波さんは胸ぐらを掴んでいた私の腕を掴んだ。
「私は…逃げない!生きるということはどんな理不尽や困難にも逃げずに立ち向かい本気で自分の人生に向き合うこと。それが出来ずに逃げ続ける人間は死んでいるのと同義!!」
美波さんの目には並々ならぬ信念がこもっていた。私はあまりの気迫に気圧されてしまう。
そう言ったあと、美波さんは私の腕を振り払った。
「あなたへの興味は無くなったわ。希望通り、これからはあなたへ執拗に関わるのはやめにするわ」
美波さんはそう言って、私に背を向ける。
「永遠に逃げ続ければいいわ」
最後にそう言い残し、美波さんは私の部屋から出ていった。
ひとりぼっちになり、先程とは打って変わって部屋の中が静かになる。
私はただ呆然とその場に立ち尽くすのだった。
〜〜〜〜
次の日、私は学校に向かう。
教室に入っても誰とも話さない。
黙々と授業を受け、休み時間はスマホをいじって時間を潰した。
終礼が終わり、教室を出ようと席から立った時、隣の席の美波さんと目が合う。
しかし何も話さず、互いにその場を離れる。
校舎を出て、私は一人、アパートへの帰路に着く。
これでいい…。誰とも群れず、1人で黙々と学校生活を送る。
これが私の求めていたものよ。
…なのになんなのよ…。胸にチクリとするようなこの違和感。
私はこれでいい!…これでいいのよ。
そう自分に言い聞かせる。納得させようとする。
でも脳裏によぎる美波恭華のあの言葉。
『永遠に逃げ続ければいいわ』
私は…逃げてなんかない!
黒白院の人達に未練なんてない。
あんな奴らから逃げたんじゃない!
なのに…なんでこんなにムカつくのよ!
胸の中に広がる黒いモヤが私の心を侵食していく。
私は…。私は…本当にこのままでいいのか。
そんな疑問が脳裏に浮かぶ。
本当は薄々、気づいていたのかもしれない。
信じていた人に裏切られるあの感覚。
刃物で心を抉られるような痛み。形容し難いほどの喪失感。あんなのもう2度と味わいたくなかった。
そう考えた時、私は確信した。
ああ、そうか。
私は…逃げたんだ。傷つくのが怖くて…。
自分の殻に閉じこもって、他者を避けていた。
美波恭華の言葉にムカついたのは私の心情の本質をついていたからだ。
「くっ…。こんなの…私じゃない!!」
そして私はある行動に出る。
〜〜〜〜
5月18日夜
人気ない薄暗い公園。
私はここである人と待ち合わせをしていた。
暗闇の中からある人が現れる。
「6日も待たせて、さらにこんなところに呼び出すなんてどういうつもりよ」
私が問いかける人物。それは過去との因縁のある平沢さんだった。
「会って話そうって言ったのは橘さんだよね。こっちもいろいろと準備があったのよ」
あの頃と違う。怪しげな笑みを浮かべてそう答える。
今日で私は過去との因縁に決着をつける。
そして目の前の平沢さんと話し始めるのであった。
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