第37話
花火会場から少し離れたアーケード通り。店前を隙間なく埋める屋台に希は目移りしている。
「まずは何から食べようかなぁ」
いつもは閑散としているこの
「おっ、まずはあれから食べよ、幽霊くん!」
彼女の指差す先には、随分と懐かしい店があった。
十年前と全く同じ場所で、たぶん売っている人も同じおじさんだと思う。外装は流石に変えたのか、最後に見たときよりもむしろ綺麗になっていた。あとはバイトだろうか、僕たちと同い年くらいの女の子が売り子としている。
「りんご飴一つください!」
「はいー、お好きなのをどうぞー」
僕は売り子さんにお金を払い、希に選ばせた。案の定、彼女は迷わず一番大きく見えるりんご飴を手にした。
「おう、坊主たちデートかい? 楽しめよ!」
去り際、前にも聞いたことのある言葉をおじさんにかけられた。希は元気よく返事をして笑っていたが、僕も別の理由で笑ってしまった。きっと、あのおじさんは祭りで若い男女二人が買いに来るたびにあのように茶化しを入れて、買った後も会話に華が咲くようにしてくれているんだろう。それか、単純にからかいたいだけかもしれないけど。
その後はとにかく片っ端から出店を巡った。焼きそばや人形焼、焼き鳥にイカ焼き、たこ焼き、あんず飴、かき氷、パスタを油で揚げたもの。とりあえず、アーケード街を入り口から出口まで百メートルほど横断し、めぼしい食べ物類は制覇したはずだ。
僕の腹にキャパはなけれど、同じように食べる彼女はその細い体のどこに入ってるんだろうかと疑問を持ったが、彼女は僕の考えていることに気づいたのか、むっとした冗談混じりな表情をされたので、考えることをやめた。
食い物系の屋台を網羅したのち、僕たちはもう一度来た道を引き返す。彼女いわく、食べ物を持っていると遊戯系の屋台は全力で楽しめないので、こうやって二回、食べる屋台めぐりと遊ぶ屋台めぐりに分けて楽しむらしい。
「あちゃー。破けちゃった……おっちゃん! もう一回!」
横で悪戦苦闘する彼女を横目に、僕は目の前の金魚を手当たり次第、お椀にポイで入れていく。
「幽霊くん、金魚すくい上手すぎない? 私、一匹も取れないんだけど」
「昔、友達とめちゃくちゃやったからね。最初は希みたいに一匹もすくえなかったよ」
「むー、私も練習しよ」
僕は彼女の右腕に触れ、そっと浴衣をまくった。
「浴衣、気をつけて。水に入りそうだよ」
「ん、ありがとう」
店主の温かい目で見て来るのを、僕は気づかないふりをした。
結局、彼女は三回挑戦し、一匹だけすくえたようだ。僕は二十匹以上取った気がするけど、正確に数えていないのでよく分からない。金魚は育てることができないので、全て返そうとしたが、彼女の強い意向で黒い出目金だけ彼女が引き取ることにした。
彼女の取った小さな赤い金魚と黒の出目金は一つの小袋の中で、狭苦しそうに泳いでいる。その様子を歩きがてらニコニコと眺めている彼女。
「えへへー可愛いなぁ。こいつー」
袋に指をつけると二匹が餌と勘違いして寄って来るのが気に入ったようで、先ほどからずっと繰り返している。その様子が愛おしくてしょうがなかった。
金魚すくいのあとは、ヨーヨー釣りの出店に来たのだが、なぜかそこでは彼女はやらずに僕がヨーヨーを取るところをまじまじと見ていた。
三つほど取ったところで紙が切れた。三つもいらなかったので一つだけもらって店を後にする。
「なんでやらなかったの? 金魚すくいで心が折れちゃったとか?」
「いやいや、私がそんなことで挫けるように見える?」
「まさか、逆に燃えるタイプでしょ」
手持ち無沙汰な右手でヨーヨーを弾く。その軌道に合わせて彼女の視線を前後に揺れる。まるで、猫のようだ。
「欲しいの? あげるよ」
ヨーヨーを彼女に差し出す。
「いいの!? ありがとー!」
「欲しいなら自分で挑戦してみれば良かったのに」
「ううん。ヨーヨーはこれでいいんだよ」
彼女は今日一番の笑顔を見せた。いつもの笑みよりもあどけなさを感じるその笑顔に、どこか懐かしさを覚える。何にせよ、喜んでくれているならヨーヨーを取ったかいがある。
他にも射的やくじ引きなど、遊戯系の出店もあらかた回ると、手持ちが増えたので、一度家まで戻って全部置いて来ることにした。
花火まではまだ時間に余裕はあるし、家も遠くない。はしゃぎすぎた分、つかの間の休憩というやつだ。
「いやー、たくさん取ったねぇ」
「ほとんど僕がね」
「幽霊くんは上手すぎるんだよ。なんで射的だってあんなにバシバシ当たるの? 店のおじちゃんだって口開けてたよ」
「コツがあるんだよ。景品によって上の方を当てた方が倒れやすいとか、そういうの知ってれば、あとは当てるだけ」
「その当てるのが難しいんだよー」
彼女は金魚鉢にすくって来た二匹の金魚を入れた。広くなった空間に二匹は互いに突き合うように泳いでいる。
「たくさん食べて、大きくなるんだぞ」
帰りがてら買って来た金魚の餌を少量入れると、二匹は口を必死にパクパクとさせて餌を食べる。
「金魚ってのは、水槽の大きさに合わせてサイズを変えるから、大きくはならないだろうね。それに、小さいままの方が可愛いよ」
「確かにそれはそうかも。小さい方が可愛いね」
彼女が急に振り向く。彼女の後ろで同じように金魚を眺めていた僕は振り向いた彼女と至近距離で目が合う。
あまりにも近すぎるもんだから、反射的に思わず顔を少しだけ引いてしまう。
逃がすまいと、彼女の腕が僕の顔の後ろに差し込まれる。
西日が窓から差し込み、二人の足元を照らす。
ぐいっと顔を引き寄せられ、そのまま二人の唇が重なる。急な口づけに思わず視界がばたつく。
寄せられる力が緩み、彼女はゆっくりと唇を離した。
沈みかけの太陽が彼女の顔を照らす。遅れてやってきた恥じらいに頬を赤く染めた彼女。上目気味に僕を見つめていた目尻が優し気に下がる。
「えへへ。なんとなく」
胸がきつく締め付けられる。
彼女の表情、言葉の一つ一つが僕の胸をきつく掴んで離さない。
彼女がさっと立ち上がる。
僕は追いかけるように立ち上がり、後ろから彼女を抱きしめた。力強く、彼女に僕を覚えていてもらえるように強く、強く。
彼女の肩に顔をうずめる。互いの息遣いが聞こえる距離。僕も彼女も、随分と息が荒い。
もう、離したくない。一生、二人で歩んでいきたい。無理だとわかっていても、この先の未来を一緒に生きたいと切望する自分が止められない。今になって、夢を見せたのに叶えてはくれない神様の悪戯を恨めしく思う。
彼女を振り向かせる。顔一面を真っ赤に染めた彼女に、今度は僕から、優しく口づけをする。
古いアンティーク調の振り子時計の音がゆっくりと流れる。
長く、長く彼女に僕を刻み込んだ。未来の分を前借りするように、本当に長く。
僕の未来を全てここに置いていこう。
僕と彼女はしばらく、その身を離すことはなかった。
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他サイト様主催スターツ出版大賞最終選考作品の加筆・修正版です。
旧名「夏色リバイブ」
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