新婚ホヤホヤIN無限空間【後編】


「……なんだい。助けを求めるのが早いじゃないか……ふぁ。寝起きで悪いね」

「ううん、こっちこそ、急にごめ……――手伝ってほしいの。男手が必要で」

「はいはい」


「……お願いをしているのはこっちだから、文句は言わないわ」

「それ、言ってるようなものじゃないか……。なにか困ったことでも? 外だから、虫は当然、出てくると思うけど……」


「テント」

「テント? あぁ、キャンプをしようってことか。確かに、付き合ってからも、結婚してからも、やったことはなかったね……やり方が分からない?」


「テントだけ張ってくれればいいから」

「簡単だと思うけど……、説明書を見なかったんじゃない?」

「……見たけど、力が、なくて……」

「君はある方だろう」

「はい?」


「怪力とは言っていないじゃないか……分かった、手伝うよ。それとも全部僕がやった方がいい? たぶんできると思うけど」

「……お願いしていい?」

「あいよ、任された」


 彼女と彼が、草原のど真ん中にやってくる。

 置きっぱなしにしていた道具を見て、彼が「ふうん」と少し笑う。


「……バカにしてる?」

「違うよ、面白そうだなって」

「なにそれ。組み立てるのが?」

「まあね」

「こういうの好きよね、男の子って」

「女の子でも好きな人はいると思うけどね――じゃあ始めるよ」


 彼の素早い手際で、あっという間にテントが張られた。


 あまりの早さに、彼女の方は自分の不甲斐なさに唇を噛んでしまっている。


「こんなものかな」

「……さすが男の子」

「女の子でもできる組み立て方だったけど……、初心者ならそんなものか」

「あなただって初めてでしょ」


「キャンプはね。でも、組み立て自体はしたことあるよ。高校時代、体育祭とかで、テントっぽいものを組み立てたことがあるから。構造が違うとしても、似たような経験があれば、あとは説明書を見れば補える。説明書って、だって初心者でもできるためのものだからね、できない方が問題だよ……ああいや、読み手の問題じゃないよ? 理解できない文章で説明書を作っている企業が悪いって話で……君をバカにしたわけじゃない」


「どーせ、私は要領が悪いし……」

「そんなことないよ。……はい、じゃあ僕はこれで。虫もいない感じだし、のんびりと星でも見ながらゆっくりしなよ。肌寒くなってきたね……あとでタオルケットでも持って――」


「あなたも」

「ん?」

「タオルケットを持ってきて。一緒に星を見ましょう」


 すっかりと日も暮れ、夜。


 雲のない空には、多くの星があった。


「……いいのかな? だって君は、僕のことが嫌いなんだろう?」

「嫌いなら添い寝をしたりしない。……察しなさいよ」


「でも、これで仲直りではないだろう?」

「…………まあ、ね」

「足がかり?」

「解釈は任せるわ」


 テントの外。

 草原に寝そべる二人は、普段と違い、まったりとした時間の流れで会話をしている。


「星、綺麗だね……本物かどうかは分からないけど……神様に案内された不思議な空間で、夜に浮かぶ星は星じゃないかもしれないけど――それを言い出したらプラネタリウムも映像だしね、気分が出ればいいのか」


「星は好き?」

「嫌いじゃないよ。詳しいほど好きでもないけどね」


「私も。だからあれが何座とか言われても分からないから」

「自慢げに話す僕を想像したの? しないよ、浮かぶあれが何座とか、分からないし」


 久しぶりに見た二人のおとなしい会話。

 顔を合わせれば喧嘩しかしなかったここ数か月の二人が嘘だったように、かつての関係性を取り戻しつつあった……なぜだ? なぜ、二人の関係が、修復しつつある?


「ねえ」

「ん?」


「……近くに長く居過ぎるのも、ダメなのね……。嫌なところばかりが、肥大化して見えてしまって……好きなのに、嫌いになってしまう……」


「懐に入れば、見えなかったものが見えてくるんだから、仕方ないよ……そしてきっと、そこを受け入れられた人こそが、一生隣にいられる人なんだろうね……」


「じゃあ、私たちはもう……」

「――改善できることばかりだった」


「…………」


「単純な話じゃないか。相手が嫌がることをしないでくれってことだよ。どうしても譲れない部分はあるだろうし、そこは相談すればいいけど……直せるところは直す努力をするべきだと、僕は思う。君に指摘された欠点は、僕のやる気でどうにかなるわけだし……君も、頑張れば改善できるところは多いだろう? 本当に嫌なことをしろとは言わないけど……、でも、もしも改善できるところがあるなら、教えてほしい。そしてもう一度――」


「……もう一度?」


「あの家で、やり直さないか? ……恥ずかしながら、君が出ていって数時間しか経っていないのに、もう寂しかったんだ……、寂しくて自殺したくらいにね。でも、できなかった……だって僕は不老不死だから」


「え、自殺……したの?」

「未遂だよ。首を吊ったけど、全然苦しくなかったし、神様が紐を切ってくれたんだろうね……失敗したよ」


 不老不死とは言え、見てて気持ちの良いものではなかった。

 死なないと分かってはいても、自然と私の手は動いていた――紐を切ってしまったのだ。彼のなにかを捻じ曲げてしまったような気がするが……、してしまったものは仕方ない。

 このルートを観察するしかないわけだ。


「――なにしてるのよ!!」

「でも死ねなかったって――」


「死んでたらどうするつもりだったのよ! この世界には私とあなたしかいないのよ!? あなたがいなくなったら、私は、一人で……っっ」


「お、おい……?」

「不老不死だからって、死のうとすんな、ばかぁ……っ」


「…………ごめん」


 泣き疲れたのか、彼の胸で眠ってしまった彼女……。

 彼は彼女を抱えて、テントに戻る。

 静かに、テントが閉じられた。

 



「――朝になったよ……起きなよ」

「すぅ……」

「起きろ、寝坊助」


「あいたっ!? へひ、なぁに……?」

「帰るよ。初めてのキャンプはどうだった? キャンプというか、天体観測? みたいだったけど……、今度はちゃんと調べてから、バーベキューでもしようか」


「うん。……あなた」

「なんだい?」

「ごめんなさい、わがままばかり、言って……」

「それは僕も、ごめん……あと、もう二度と、死のうとしたりしないから」

「ええ。死にたい時は言って。私も一緒に死ぬからっ」

「あはは……、不老不死なんだけどね」


 テントをたたみ、道具を抱えて帰路を歩く二人。


 昨日までの大喧嘩が嘘みたいに、二人の会話には笑顔があった。


「家に戻ったらまずなにしよっか」

「あ、そうだ、昨日取り寄せておいた映画があるんだけど……一緒に見る?」


「うんっ、見る! ……もしかしてだけど、アダルトビデオはないわよね?」


 ……女の勘だろうか?


 聡い彼女である。


「…………」

「へえ、あるんだ?」


「…………だって、君とはもうできないだろうし、せめてオカズくらいは――」


「返してきなさい」

「えっ、でもあれ、神様のおすすめだから、神様の好みを知ることができるかもしれ、」


「返してきなさい」

「はい……」



 あれは私の趣味ではない。

 ないが――、


 注文を受けて選んだのは私だ……、彼から指定されたわけではないから……私のセンスが顕著に表れている一品である。


 だから……、


 彼女に見られるのは、なんだか私も恥ずかしかった。




 …了

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