第5話 無実の
次の日から、俺は度々ボコに会い行くことになった。
話すのは他愛のないこと。十年間何をしていたのか、とか、最近何が起こったか、とか、そんなことだ。
ボコは、自分のこととなるとよく話をそらした。今までどこで何をしていたのか、魔族を倒していたけれど仲間ではなかったのか、とか。そういうことを聞かれると、ボコは黙り込み、ややあって「それよりも」と違う話題を話し出す。
ボコと出会ってから十四日目、俺はボコが魔族の仲間なのかどうかを問いただした。
研究部長から、それを尋ねるように言われたので、ダメ元でいつも以上に踏み込んで訊いてみたのだ。
ボコはやはり黙り込んだ。俺はそれを見て心がざわついた。
やっぱり、仲間なのだろうか。あんな、人間を苦しめることを目的に生きているような化け物たちとボコが仲間だなんて、考えられない。
内心動揺しながらも、俺はボコの返答を待った。
「昔は、仲間に入っていました」
ボコがそうこぼした。俺は言葉をなくした。
そんなこと、あってほしくなかった。彼女は他の魔族と違うのだと思いたかった。
ボコが顔を上げて、まっすぐに俺を見る。心を打つほどの真摯な瞳だった。
「でも、今は違います。私は無実の人間の命を奪うようなことはしません。……そう、心に決めています」
その言葉に引っかかりを覚えながらも、俺はうなずくしかなかった。彼女の目があまりにも真剣だったから。
「無実の人間、ねえ」
研究部長にその日の会話の内容について報告に行くと、研究部長は妙な含み笑いを浮かべた。
ローテーブルを挟んで向こう側のソファーに座った研究部長は、コーヒーをすするとカップをテーブルに置いた。
研究部長がソファーの背もたれによりかかる。両手を腹の近くで組み、黒い目で俺を見つめる。優しく細められてはいたが、その目はまったく笑ってないことに気がついた。
「私としては『人類の味方だ』と言ってほしいところだったのだが」
「で、でも……そう言っているのと、同じじゃないですか?」
たどたどしくも俺がそう言葉を返すと、研究部長は鼻で嘲笑った。明瞭な軽蔑をまともに示されて、俺は驚いた。今まで、研究部長がこういう悪感情を表現することはなかった。
動揺する俺に対して、研究部長は少し考えたように目をそらして、それからまた俺に視線を戻した。
「君は、彼女の言う『無実』とはどういうものだと考える?」
「え?」
突然の質問に俺は当惑した。少し考える。ボコは魔族だ。人間の敵だ。でも、彼女は魔族から俺を助けてくれた。人間である上に魔族を屠る勇者である俺を助けてくれた。ということは、やはりほとんど大多数の人間の味方であるといえるのではないか?
そう考えて、俺は答えを返した。
「普通の人間なら、彼女のいう『無実の人間』に入ると、思います」
おずおずと俺がそう答えると、研究部長はハッと吐き捨てるように大声で笑った。
研究部長は背もたれに両腕を載せた。天を仰ぐその仕草に、俺は自分が間違ったことを言ってしまったようだと感づいた。
「『普通』ねえ、そんなのはあっけなくひっくり返るものだよ。殺すか殺さないかの天秤に載せるにはあまりにも曖昧で不確かだ」
今までと違い、あきらかに苛立った声だ。研究部長は背もたれに大きくもたれたまま、俺を見た。今までみたいな微笑みはその顔にはなく、無感情な瞳が俺を見つめていた。
「残念だなあ」
「え?」
「いや、独り言だ。まあ、これからも気楽にやり給え」
そう言うと、研究部長はしっしっと手で追い払うような仕草を見せた。
話は終わり、ということだろうか。俺は立ち上がると、すごすごと部屋をあとにした。
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