第四章  語り部/経験者 ~2~


「何を言うかと思えば、面白いことを言うものだね」


 天宮あまみやは失笑すると、頭に手を添え横に振る。


「真面目な話ですよ。証拠もあります」

「ほほう。なら聞かせてもらおう、その証拠とは何かな?」


 僕はファイル等が置いてあるロッカー側に回る。

 天宮の正面に回った僕は、盗撮カメラで天宮を捉えて話す。


「主人公である藍乃あおのが自殺したあの日、原良はらら先輩は天宮先生の不審な行動を目にしたそうです。藍乃の机をまさぐり、何かを探している様子だったそうです」

「見間違いでは?」


「かもしれませんね。じゃあ、藍乃の机をまさぐっていたのは、いったい誰でしょう?」

「さあ、どこかの変態じゃないか? 城愛じょうあい先生なんてやりそうな人だけどね」

「そうですか。ならあの日、天宮先生は何をしていらっしゃったんですか?」

「それは・・・・・・」


茨咲いばらさきノアさんは、あの日の状況を色々な先生や生徒に訊いて回っていたんです。改めてノアさんに訊いたところ、先生方は天宮先生と連絡が取れなかったと言っていました」

「それは、別館のこの場所にいたからね。私も忙しかった」

「あれれ? 本当ですか?」


 僕は天宮を煽るように、癪に障るような言い方をした。

 しかし天宮は意にも返さず、毅然とした態度を貫いている。


「ああ、本当さ」

「あの日の朝は職員室にて、職員全員が集まり朝礼を行っていたとノアさんから聞きました。HRが始まっている時間の八時四十分まで、天宮先生は城愛先生と一緒に雑談していたと、ノアさんが城愛先生から話を聞いたそうです」


 茨咲さん曰く、艶っぽく色仕掛けをしてみたら、鼻の下を伸ばしながら城愛はぺちゃくちゃ喋ってくれたらしい。


「あいつ・・・・・・」

「そして、先生は事故現場に現れなかったそうですね。屋上にも、地上にも」


 天宮は口を噤つぐみ、うんともすんとも言わない。

 そんな天宮を見て、僕は言及する。


「となると。先生はノアさんの聞き込みに対し、事件現場へと赴いた、と話していたらしいですが・・・・・・。天宮先生と諸先生方、どちらが正しいのでしょう」


 事前に茨咲さんから情報を貰っていて良かった。でなければ、こんなに強気にモノを言うことなんてできなかっただろう。


 僕は彼女に感謝しつつ、天宮がどう反応してくるか伺う。

 しかし、事態は好転しない。

 沈黙の音が聞こえる。


 ちょっとヤバい空気になってきた。これでもし、ずっと天宮が黙ってしまったらどうしよう。あれだけ啖呵を切っておいて、天宮が黙秘し続けてしまったら僕は、木海月刑事にも茨咲さんにも原良先輩にも合わせる顔がない。


 僕は天宮を睨み続けるが、天宮も僕を視る。

 お互いの視線が交わり、より一層緊張感がこの空間を支配する。


 不安を押し除けろ、余計なことを考えるな。考えれば考えるほど、ポーカーフェイスも保ち続けにくくなる。ここは一心不乱に、顔だけ作り続けろ。と、自分に言い聞かせる。


 ついに天宮は折れたのか、肩の力を抜いて話し始めた。


「わかった。認めようじゃないか。すっからかんになったあの教室で、英雄えいゆう少女の机を物色していたのは私だ。間違いない」

「認めるんですね」

「ああ、上手く誤魔化せると思ったが、そうもいかなかったらしい」

「ノアさんが裏取りをしていなかったら、まんまと騙されていましたよ」


「流石、優秀だな。ノア少女は」

「ええ、優秀で頼りになる人です」


 茨咲さんがいなければ限られた情報だけで、行動を余儀なくされていただろう。

 勿論僕らも情報収集に動いただろうが、正確な情報を集めるのは難しかっただろう。彼女が事件後に色々な先生への聞き込みを行っていたからこそ、集めることができた情報と言っても過言じゃない。


 それと茨咲さんだったから良かった。


 天宮は彼女がどれほど賢いのか知っていたからこそ、天宮はその情報源が誰かを聞いて納得したのだろう。自分の知っている茨咲ノアなら、確信のない不確定な情報を誰かに教えることはない。そこに藍乃と同様の――師弟関係のような絆が生じていたからこそ、納得(信用)するといった心理的効果が生まれたのだろう。


「ではお尋ねしますが、主人公である藍乃の机から何を探していたのですか?」

「さあ、何だろうね?」

「しらばっくれなくてもいいですよ。僕と先生しかいないのに」

「・・・・・・そうだね。君と二人っきりだからこそ、この推理ごっこを楽しむんじゃないか」

「ごっこか。そんなつもりは毛ほどもないですけどね」


 どうやらまだ、天宮はただのお遊びだと考えているらしい。


 暇つぶしにはうってつけの、極めてチープなお遊び。機密情報漏洩という単語に驚いてはいたが、危機感を感じるほど恐怖はない。なんだったら僕が持ち合わせている情報は、自分が追い詰められるほどの効果はない。

 とでも思っているのかな?


 まあいい。僕だって自分が持っている情報も存在も、取るに足らないと自覚している。

 こうして口を開いて喋ってくれる分には、全然ありがたい。


「それはそうと。先生が探していたものって藍乃に関連したものですか?」

「兎音少年はそう思っているわけだな」

「さあ。どうでしょう? でも藍乃関連じゃなかったら机の中をまさぐったりしませんようね。藍乃の持ち物の中で先生が興味のあるものって、何なのかなー」

「わかっているから、そんなことを言うんだろう?」


 天宮はゆっくり歩を進め、僕の傍へと近づいて来る。

 僕の傍まで来た天宮は、僕の周りを一周、二周と歩き正面で立ち止まる。


 既に何かを知っているように、含みのある笑顔を天宮は魅せる。その表情を見て、天宮は本当にただのお遊び感覚で僕と会話をしていたのだと、僕は知る。


 そっと僕の眼鏡を取り上げ、天宮は確認する。


「やはりね」呟き、確信めいた声で続ける。


「何がですか」

「バレバレだよ。どう見たって不自然だろ?」


 取り上げた眼鏡をかけると、僕を見て言う。


「普段から眼鏡をかけている人は、四季問わず眼鏡をかけている部分だけ少し白くなる。でも君にはそれがない。君はそこまで目が悪くないだろう。そして何より、この眼鏡はちょいとばかし不格好だ」


 やっぱりそう思っていたかと、僕は頷く。


「まあ、流石にバレますよね」

「それはそうさ。ここへ入ってきた兎音少年からは胡散臭さがプンプンした。メガネ然り――このペンもね」


 そう言って僕の胸にさしたペンを取り上げた。

 まさかそこまでバレているとは思わず、僕は冷汗をかく。


「念には念を入れて、君を観察していたんだが、用意周到じゃないか。喜んでいいぞ、私は君に感心している。よくここまで揃えたな」


 僕の肩へ手を回した天宮は、価値を確信した口ぶりだった。


「このふたつは没収します。それと少し前から、ある違和感を覚えていたのだが・・・・・・」


 天宮は眼鏡とペンを胸ポケットにしまうと、反対側へと移動する。自分のディスクからハサミを取り出した天宮は、後方にあるシンクへと向かい鏡に映る自分の姿を見て、そっと鏡に手を添える。


「この鏡、映っている自分が薄っぺらなんだ。普段使っているこの鏡は、指を触れると隙間ができる。だがこの鏡は隙間なく指と反射する指がくっついている。これは即ち、どういうことか?」


 僕の方へと振り向き、訊ねると再び鏡と向き合う。

 振り上げたハサミを目一杯の力で振り下ろし、鏡を破壊する。何度も打ち付け天宮はあるモノが現れるまで、ひたすら殴り続ける。


 僕はその様子を見て、ごくりと喉を鳴らす。すべてがブラフだったのに、あえてそこへの注意を逸らすための手段だったのに。最初っから気づいていたなんて。


 ちくしょう! 心の中で呟く。

 天宮はお目当てのモノを見つけたのか一息つき、床に散らばった破片を拾い上げる。


「やっぱりマジックミラーだったのか。実に巧妙で、やることが大胆だね。この鏡は直接壁に打ち付けているものだから、それを無理矢理引っぺがし、コレと入れ替えるとは」


 盲点だった、そう呟く。

 僕はやはり、何かを成すことはできないのか。

 拳を強く握り、自分の不甲斐なさに消沈する。


「なるほど。壁を掘って、その空洞にこれを隠していたのか」


 天宮の手には小さなカメラが握られていた。


 あの日、木海月刑事に連絡したのは盗撮眼鏡と盗聴ペンを用意してもらうだけではなく、茨咲さんと原良先輩と協力してもらい演技指導室そのものに細工を施すために協力してもらった。機材や道具は演技のためだと言えば、持ち込みの許可は下りるし、刑事として培われた技術を応用すれば侵入も容易い。そうして三人には演技指導室にこっそり侵入し、鏡を取り外したら工具で空洞を作り、鏡とマジックミラ―を交換して元と同じ状態に戻す。


 そして作った空洞にはカメラを仕掛ける。マジックミラーなので外側からは見えないし、Wi-Fiがあれば遠隔で電源が入れられるため、途中で電池が尽きることはない。


 ここまでしたのに、あっさりと看破された。

 僕がもっと上手く演技ができれば。


「まったく。いつから仕掛けていたのか、これは犯罪だぞ? それに警備員は何をしていたんだ。コンクリに穴をあけるなんて、音で気付くだろうに」

「・・・・・・」

「それと兎音少年、これは君だけの仕業じゃないだろ?」

「いえ・・・・・・全部僕一人です」

「兎音少年、嘘はよくない。最低でも二人――いや三人ほどいなければ不可能だろう」


 そう言って、天宮は勝ち誇った顔をする。


 すべてを見抜き、兎音少年の安い芝居を真に受けるほど落ちぶれてなどいない。と、言っているような気がした。いや、絶対にそう考えているはず。

 

 短期間とはいえ、天宮の性格は調べ上げたつもりだった。自信過剰なあの性格を考えるに、僕を徹底的に潰してさぞ満足しているだろう。


 僕は完全敗北を期したのだ。

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