3. 一撃

「誰かいませんか!? 大丈夫ですか!?」

 ショッピングモールを、おれは文字通り飛び回る。

 火の手のあがるフードコートで、クレープ屋のカウンター裏にうずくまっているバイトの子がいた。

 試着室のカーテンの中に隠れている子供がいた。

 真っ青な顔で、トイレで誰かにメッセージを送ってる大学生がいた。

 逃げ遅れた人を探して、館内を行き来している従業員さんもいた。


 おれは声をあげ、姿を見られても怖がられないように距離をとって、なるべくゆっくり話した。

 

 シネコンはモールの南側で、北側に行けば別館への渡り廊下がある。戦いとは反対側だから、そっちに行くように促した。

 南側からは戦いの余波が飛んでくる。

 一度、おれのいたすぐ横まで怪人が飛び上がって来た。

 硬そうな背中が間近にあった。アメジストの殻を波打たせ、右手から目に見えない破壊のエネルギーを階下へ乱れ撃っていた。

 おれはそっと離れ、入れ違いでココロは非常階段から昇ってきた。

 離れたのに、熱波のあおりで顔にひきつるような痛みを感じた。火事はもうフードコートだけじゃない。あちこちでくすぶった煙が上がっている。


 残り12分。


 もうあまり時間がなさそうに思う。戦いはどっちが優勢なのか、決着がつきそうなのか、はっきりしたことは分からない。攻撃を当てる、という点ならココロが優勢に見える。でも、怪人にどれだけのダメージが入っているのか分からない。


 モールの南側入り口は完全に崩壊して、入り口前のイベントスペースを囲むように消防車や警察車両が並んでいる。

 すごい数の警笛が鳴ってて、警官がパトカーのスピーカーでがなり立てている。街でたまに耳にする「前の車止まりなさい」みたいのとは大違いの、鬼気迫る声だった。


「人命救助の支障になっている!! 中の二人、争いを直ちにやめなさい!! 現場は完全に包囲した! 争いをやめ、直ちに出てきなさい! 繰り返す! 人命救助の支障になっている!! 忠告に従わなければ、実力で排除を行う!!」


 異常な状況下で、警察は真っ当なことを言っていた。

 そして、それはきっと、ココロには効く。


 ずっと怪人の攻撃をかわし続けてたココロに、初めて一撃が入った。アメジストの刺突を12層のドレスが止める。それでも吹っ飛ばされて、転げ落ちたその先はだ。


「確保ぉぉぉぉ!!」

 包囲の輪から警官が殺到する。

 ずずずずずずずずず、と地鳴りのような音がする。

「来るなぁぁあああ!!」

 ココロが悲痛な声で叫んだ。飛び掛かる警官の顔が、空中で痛そうに歪むのを見た。警官の悲鳴と、さらに爆竹みたいな音が重なって、離れていた数人が倒れた。

 控えていた他の警官が一斉に銃を抜いた。

 そうか。爆竹みたいな音は、熱で暴発した銃の。

 

 怪人が右手を向けている。夏の日差しを受けたアメジストの甲殻が毒々しく波打って輝く。 

 ココロは警官の下からちょうど抜け出したところだ。その方向には消防車両も消防官も警官も野次馬も大勢いる。


 おれは飛んだ。怪人の手首めがけて、真上から全力で。


 ――突きや蹴りを捌くときは、攻撃の軸に対して正面から止めようとするな――

 これは、ココロの記憶。なんだかよちよちとした動きの視界に、やたらと大きな髭のじいさんがいる記憶。

 上段払いも手刀受けも、当たる瞬間に腕をひねる。回転の力を加えてはじく。

 それを頭でやればいい。

 

 撃たせて、たまるかよ!


 ゴツゴツした、怪人の右手首に側頭部から突っ込む。当たる瞬間に、捻る。

 ゴっ!


 気が遠くなるほどの痛みがあって、目の前が真っ暗になった。すぐそばで轟音が鳴る。一斉に悲鳴が上がる。「退避!」って号令が微かに聞こえる。前後上下左右、何一つわからない。脳震盪になってる。

雄大ゆうだいおにーさんこっち!!」

 ココロの声のするほうへ、必死に飛んだ。おれの真後ろに、ビュっ! と空気を切り裂く音がした。全力で離れ、上昇する。目が見えてくる。怪人の足元から地面が削られて、アイスクリームを掬ったような掘り跡が警官隊の足元まで潜っていた。


「最後通告だ!! そこの二人、今すぐ投降しろ!!」


 怒号だ。重症を負った警官たちが消防官たちに助け起こされ、待機している救急隊の元へ運ばれていく。

 警官も、消防官も、本気で怒っている。憎んでいる。それはおれにだってわかる。ココロのしてることだって、どうしようもなく怪人なんだ。


 ココロがアメジストの怪人へ向かって走る。

「撃て!!」

 爆竹みたいな音で、でも、それは銃だ。暴発で人が倒れる所もみた。

 ココロのドレスが何度か被弾して光る。故郷を遠く離れたところで戦い、憎まれ、そして彼女は帰れない。


「ココロ!」

 息を吸う。生首に肺があるわけないのに、息が吸える。

「負けんな!!」 

 チェリーピンクのツインテールが揺れる。


 残り7分。

 

 イベントスペースでの戦いが続く。怪人は逃げようとしない。それは、ココロだけがこの世界で唯一の脅威だからだろうか。それとも、別の理由でもあるのだろうか。


 北側の別館の方に救急車のサイレンが近づく。


 残り5分。


 消防隊が警官に守られながら、モールの中へ突入していく。

 ココロとの接近戦で、怪人がよろめいた。

 ダメージが入っている。


 残り4分。

 

 ココロが前蹴りで怪人を蹴り上げ、さらに上方向の真夏のブッ刺しファイアボルトで空高く打ち上げた。

 怪人を追って魔法少女が飛ぶ。バラバラと、アメジスト色の破片が降っている。


熱情拳ファイアナックル

 

 右拳に大きな火の玉。


つきつめろコンプレス つきつめろコンプレス ぎりぎりとモー・エン・モー!!!!


 圧縮されて白く輝く光の拳。

 12層の炎のドレスをひるがえし、魔法少女ココロが、真夏の空と、真昼の太陽を背負った。


やたらトゥー


 拳が高く上がる。


めったらマッチ!!!!


 怪人の胸のど真ん中に拳をめり込ませ、真昼の流れ星みたいにココロがイベントスペースめがけてぶっ飛んで来る。「いけぇぇぇぇー!!」


あちーわサニー!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 炸裂。

 何もかもが真っ白にかれるような、光。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る