第4話 練習試合とまさかの再会

 私達は王の後に続き、城のすぐ外にある広々とした修練場に移動した。既に、外交経済隊、城外警防隊の隊員達が剣の鍛錬に励んでいる。


 王の姿をみるなり、全員がすぐさま駆け寄ってきた。

 アドラーが、皆に声をかける。


「ここにいる者で剣の練習試合を行うぞ。ギルティアス、新人は何名いる?」

「外交隊が6名、城外隊10名、城内隊6名の合計22名ですね」

「よし、では皆、違う隊の者と2人組になれ。トーナメント形式で試合を行う。各指導員は、自分の担当する新人の試合の審判をつとめよ」

「王のご命令だ! 今すぐ違う隊の者と、2人組になれ!!」


 ギルティアスの号令に、皆が瞬時に動く。

 私は、目があった城外隊の男と組みになった。


 身長はさほど高くないが、ガッシリした体格の、目つきのよくない男。私に敵対心を持っているのが一目瞭然だ。

 私達は、互いに向き合い剣を握る。


「いいか、これは練習試合だ。怪我をさせないように勝て。相手に傷を負わせた者は、失格とする。では、はじめ」


 アドラー王の掛け声で、皆いっせいに剣を交わす。


「うおりゃあああ」


 男は上段から力いっぱい打ち込んできた。

 私は、相手の剣を滑らすように、横に流す。


 腕力のみで、男の筋肉をまともに受け止めるのは得策でない。

 相手の力をズラし、無力化させる。


「クッソぉお~~」


 何度打ち込んでもきかない自分の攻撃に焦りを感じた男は、ここで一気に勝負をつけようと渾身の力でのぞんでくるだろう。

 そこが、私の狙い目だ。


 大きく剣を振りかぶり相手が攻撃をしかける瞬間を狙い、相手よりほんの少しだけ早く踏みこむ。

 勢いよく相手の剣をクルクルと巻き込むと、男の手から剣が離れた。


「うわっ、クソっ」


 男の喉元に剣先を突きつけると同時に、ギルティアスの声が聞こえた。


「勝負あり。勝者、ルイ」

「ちょ、ちょっと待って下さい……! お前、相手の剣を落とすなんて卑怯だぞ。もう一度、対戦させて下さい! 俺が女に負けるわけがないっ」


 私を睨みながら、男は感情にまかせ、ギルティアスに向ってとんでもない事を言い出した。


「なるほど、私の勝敗のつけ方に異論がある、そういう事か」

「え……、いえ、そういう訳では……」

「ブライス、お前がこの者の指導者か?」

「ギルティアス様、私の指導不足です。申し訳ありません。オリト、お前も詫びろ」

「え……? ブライス様、……俺は、その……」

「お前、誰に向かって何を言ったか、わかってるのか?」

「なにを、って……?」

「お前は城内護衛隊の隊長であり、鷲の目でいらっしゃるギルティアス様の判断に文句ありと言ったんだぞ。上官の判断に従わねえ部下は、ここではいらねえ。実際の戦いの際に、隊列を乱す元になる」

「そ、そんな……! 待ってください!! 俺はそんなつもりじゃ……」


 やっと自分が上官に対し、とんでもない行動をとった事に気づいた男は、血相をかえた。


「では、どんなつもりだったのだ? ルイは女ではあるが王に認められ、ここにいる。性別も、身分もとわず門戸を広げたのは、王のご意向だ。また、ルイは力不足を技でカバーした。良い作戦だ。お前は実戦で、敵がお前の考えるルールで攻撃してくると思うのか? 皆が正々堂々とした剣技で向かってくると考えているなら、おめでたい限りだ。戦いにおいて必要な事は、生き残る、それのみ。騎士道が通用しない事態もありえる。我々は、どんな場面に遭遇しようと、王を守り、生き残る。それが理解出来ない者は、この場を去るがいい」


 いつの間にか修練場にいる全員が、ギルティアスの言葉を固唾をのんで聞き入る。

 男は、先程の勢いはどこへやら、顔面蒼白で涙ぐんで震えている。


「ギルティアス様、誠に申し訳ありません。このブライス、よりいっそう注意して指導にあたります。ですから、愚か者のオリトに、一度だけここに残るチャンスを与えてもらえませんか?」

「ブライス、お前の顔を立てよう。オリトとやら、ブライスに感謝して、修練に励め。二度目はないぞ」

「ありがとうございます。ほら、オリト」

「も、申し訳……ありま……せん。ありがとう……ござい……ます」


 男は半泣きになりながら、跪いた。

 私は冷めた気持ちで、この茶番を見ていた。


 ギルティアスは、私を庇った訳ではない。

 あの愚かな男は、踏み絵に過ぎないのだ。


 この城でのルールを、皆の頭に叩き込む為の絶好の機会をギルティアスは見逃さなかった。それだけの事。

 私を庇ってくれた等と甘い考えをもっては、この先生き残ることはできない。


 感情に流されず、冷静に物事を多面的にみる眼が必要だ。

 あの男の失態は他人事ではないのだ。私自身も、王につかえるという意味を、改めて胸に刻みこまなくては。


「よし、では続ける。勝者はこちらに集まれ」


 私を含め、城内隊は6人全員が勝ち残った。


「ウム、11名だな。ギルティアス、この中で一番強いのは誰だ?」

「そうですね、警防隊のハンはなかなかの腕前かと」

「よし、ではハンを除く10名で試合をせよ」


 王の言葉で、次の試合が組まれた。

 私は同じ城内隊のシルバーと対峙した。


 彼はスラリとした体躯の、20代半ば、名前の通り輝く銀の髪をもつハンサムな男性だ。

 城内隊の中で、唯一シルバーだけは、侮蔑、嫉妬の目を私に向けてこない。

 それが本心なのか、心を隠すことに長けているだけなのかは、まだわからないが。


「シルバー、宜しくお願いします」

「ルイ、こちらこそよろしく」


 ニコッと毒気を抜かれる彼の爽やかな笑顔に、なるほど人たらしだと納得する。

 確か、彼は下級貴族の三男坊だと聞いた。それなりに苦労を重ねてきたのだろう。油断できない相手だ。


「二試合目、はじめ!!」


 私達は、挨拶代わりに軽く剣を交わす。

 カンカンと、鋭い金属音が途切れる事なく続く。


 先程の男と違い、シルバーには小手先のごまかしはきかないだろう。

 私は本気でこの試合を取りに行くことに決めた。


「ゥワッツ……!」


 私の突きを、シルバーが交わす。

 彼の体制が崩れたところに、さらに追い打ちをかける。

 シルバーの側面を、思い切り体重をのせて、横から連打する。

 ガンガンガンと、重く鈍い剣のぶつかる音が響く。


「待っ……てっ……」


 彼も必死で防御してくる。

 私は全身の体重をひとつにまとめ、力づくで彼の剣を圧しぬいた。


 シルバーが呻きながら、後ろに吹っ飛んだ。

 起き上がろうとする彼の、剣を持つ右手をすかさず足で踏みつけ、私は彼の首に剣先を置いた。


「勝負あり。勝者、ルイ」


 私は剣をおさめ、シルバーに詫びた。


「シルバー、あなたの手を踏みつけて申し訳ない。大丈夫?」

「ああ、問題ない。いや、しかし驚いたよ、ルイ。まさか女性があれ程力が強いとは想定していなかった。あ、これも差別になるのだろうか?」

「褒め言葉と受け取りましょう」


 残ったのは、シルバーをのぞいた城内隊の5名と、城外隊のハン。

 6人で三試合目を行い、私は辛くも馬鹿力自慢のフランシスに勝った。


 勝者 ハン - 敗者 ラディストテレス

 勝者 ルイ(私) - 敗者 フランシス  

 勝者 ゴドゥイン - 敗者 オリバー 


 私を疎ましく思っているフランシスの悔しそうな顔を見るのは、悪くない気分だ。

 残りの3名でどう試合するのかと考えていると、外交経済隊の隊員がやってきた。


「王、緊急の連絡に参りました。なんの先ぶれもなく、隣国のスン国と、その先のシャムスヌール帝国の貴族がどうしても王に謁見したいと押しかけてきました」

「ほう……。その者の名は?」

「スン国のハノイ公爵と、シャムスヌール帝国のブルービット公爵と名乗っております」

「……わかった。その者らを謁見場に案内せよ。外交隊長のシュナイゼルが対応しているのだな」

「はっ、さようでございます」

「よし、シュナイゼルにすぐ向かうと伝えよ」

「御意」


 すぐさま駆けていく男の後ろ姿を、呆然と見送った。


 彼はなんと言った?

 シャムスヌール帝国ブルービット公爵、と? ブルービット公爵、あの男が、今この城に来ているの?

 そんな、まさか……!!


 予想していなかった事態に、私の思考は大きく混乱する。

 つい先程、常に冷静でいようと考えたばかりだというのに。


 急に心臓がバクバクして、呼吸が上手くできない。

 喉がカラカラに乾く。

 頭のなかを掻き回されるような、耐えられない不快感と吐き気に襲われる。


 どういう事なの?

 なぜ、あの男が、この国に?


「ルイ、何をしている! 行くぞ」


 ギルティアスの言葉に、我にかえった私は、慌てて王とギルティアスの背中を追う。


「王、シャムスヌール帝国ブルービット公爵といえば、例の……」

「そうだ。オレがずっと会いたかった男だ。向こうから来てくれるとは、助かる」

「とはいえ、何を企んでいるかわかりません。重々、ご注意を」

「わかっている。心配するな、ギルティアス。それにしてもハノイ公爵も一緒とは、な……」


 謁見場の前には、外交経済隊の隊員10名が待っていた。


「よし、行くか」


 王に続き、広い謁見場に入室する。

 既にシュナイゼル達は、会場で王の到着を待っていた。


 謁見場の奥、檀上の一番高い場所にある玉座の左右を、ギルティアスとシュナイゼルがかためる。

 その壇の下、王の御前に鷲の目のメンバーが20名ほど盾のように並び、少し離れた先に謁見者が2名跪いている。


「私が国王のアドラーだ。面をあげよ」

「急に押しかけた無礼をお許し下さい。私はスン国のハノイ公爵家当主のラヌ・ムマド・ハノイです。こちらはシャムスヌール帝国のブルービット公爵です。本日は、彼の話を聞き、至急にアドラー王にお知らせせねばとまいりました。突然の訪問にご対応下さるアドラー王の寛容な御心に感謝申し上げます」


 男達が顔をあげた。

 貴族然としたプライドの高そうな顔つき、そしてきらびやかな服装を身に着けている初老の男達。


 恰幅の良い金髪の男性が挨拶を述べた。丸い眼鏡に団子鼻で、卑下た笑顔をはりつかせている。

 もう片方は黙って王を見ている。細身の青白い肌、珍しい青みを帯びた巻き毛、額の左側に大きな傷跡がみえる。


 間違いない。

 奴らだ。


 特に青髪の男は、残酷そうなその眼に、見るものをゾッとさせる光を宿している。

 今すぐにでも、男を剣で八つ裂きにしてやりたい衝動を、必死で抑える。


「まったくだ。スン国、シャムスヌール帝国の国からの正式な遣いでなく、いち個人として貴殿らは我が城に押しかけてきたのだ。よほどの事であろうな。つまらぬ用事であれば、場合によっては生きてこの国をだせぬかもしれぬ」


 王の本気とも冗談ともとれぬ言葉に、二人は顔色をかえた。


「そのような。決してアドラー王の損になる話ではございません。実は、内密にお話したい件がございまして。出来ればお人払いを……」

「かまわん。このまま話せ。ここにいるのは、オレの信頼できる仲間ばかりだ。オレは彼らに秘密は持たない」

「さ、さよう……ですか……」


 ハノイ公爵はブルービット公爵と、戸惑いながら顔を合わせた。


 当然、困惑するだろう。

 シャムスヌール帝国は王族、貴族の力が絶対の国。彼らにとって、格下の身分や家来、ましてや平民は、同じ人間だと認識していない。

 彼らに、アドラー王と鷲の盾との信頼関係は、全く理解できないものだろう。


 そして女性にも人権はない。特に、ブルービット公爵にとっては、女は家畜と同じ。それが例え、形式上の妻であっても……。


「その……実は、申し上げにくいのですが、御国に、今危険が迫っております。御国の反王制分子とシャムスヌール帝国の野心家達が手を組みまして、御国に戦争を仕掛けようとしているようです」

「私の領地は、ご存じのように御国との国境の境目にあるサヘラン地区です。戦争が起こってはひとたまりもありません。ブルービット公爵から話を聞き、なんとか平和裏にこの企みを収めて頂きたく、アドラー王にお願いにあがりました。その、思い入れのある我が領地を、アドラー王もきっとお守りくださるのではないかと」

「クッ、クッツ……ハハハハハハ……ッ。なるほど、ハノイ公爵は、オレが思い入れのあるハノイ公爵の領地を守る、そう思って話をもってきたのだな」

「は、はい……。さようでございますが……」


 ハノイ公爵はその丸い顔を不安そうに歪めながら、必死に言葉を続ける。


「ご幼少の頃に、7年という歳月をお過ごしになられた我がサヘラン地区は、アドラー王にとっても第二の故郷と言っても過言ではないかと存じます。シャムスヌール帝国からこちらの王都への一番の近道は、サヘランを通るルートです。ですので、私はあの土地を守りたく……」

「ハノイ公爵!」

「は、はい……」


 アドラー王の、笑いを含んだ良く通る低音の声が響く。 


「オレはハノイ公爵が考えるようなサヘランの地への思い入れは、全くない。が、しかしハノイ公爵の考えはあいわかった。問題は、ブルービット公爵とおっしゃる貴殿だ。なぜ、ご自身の国、シャムスヌール帝国の情報をこちらに流すのだ? あなたになんのメリットがあるのか?」

「はっ、実は私とハノイ公爵は遠い親戚であります。私達は幼少期から何度もお互いの領地を訪ね、共に語らい、時間を共に過ごす良き友人でもあります。そのハノイ公爵の窮地を救いたいという、その思いからこの場に参った次第です」

「なるほど、シャムスヌール帝国を裏切り、ブルービット公爵という家門を失う覚悟で、友人を助ける為に行動している、そういう事か? ブルービット公爵はずいぶんと情に厚いお方なのだな」

「……いえ、それほどでも……」


 暗にお前は自国の裏切り者なのだぞという、アドラー王の堂々とした皮肉に、さすがの奴も気圧されているようだ。


 ブルービット公爵。ジジル・ド・ブルービット。

 前世の私の夫であり、サラディナーサを地獄に落とした悪魔。


 顔を見るだけで吐気がする、二度と見たくなかった男。

 でも、自身の手で切り刻んでやりたい程、憎んでいる人間。


 この男を、この悪魔のような人間を、この世から抹殺するには、私にはまだ力が足りない。


 もっと権力を手に入れなければ。

 もっと強くならなければ。


 この男ひとりの為に、いったい何十人、いや何百人という女性や平民が、犠牲になってきたか。


 まだ、だ。

 まだ、足りない。

 今はまだ、その時ではない。


 私は、自分の内に荒れ狂う憎悪を抑える為に、必死に歯を食いしばり、拳を握った。


「貴殿らの考えはわかった。だか、私も一国の王だ。国内の兵を整えるのに、少し時間が必要だ。貴殿らは、有事にはこちらの味方として動いてくれるのだろう?」

「も、勿論でございます」

「私達は、アドラー王につくために、危険を冒して情報をお持ちしたのです」

「フフッ、お二人の勇気に感謝する。色々と調整してから、あらためて話をしよう。ブルービット公爵、貴殿はしばらくの間ハノイ公爵領に滞在されるのか?」

「はい、私はバカンスを過ごしに、友人のハノイ公爵を訪れている事になっております。あと半月は彼の屋敷におりましょう」

「よし、ではこちらでもすぐに作戦会議だ。二人が持ってきた情報を活用し、反乱の目を摘み、平和的にこの企みを潰すとしよう。ハノイ公爵、ブルービット公爵、では、また近いうちに」


 二人が謁見場から退出してすぐに、アドラー王はその場にいる者に声をかけた。


「緊急事態だ。隊員を全員集結させよ。2時間後に、再度この場に集まれ。休みの隊員にも連絡して、来るようにいたせ。城外の警備担当者を増やし、警戒を怠らぬよう指示せよ。オレとギルティアスは先に行く。シュナイゼルは鷲の目の、残りの3人を集めてから執務室へ来い。以上だ」


 即座に、それぞれが、指示通り動きだす。

 茫然とする私の肩を、ガシッとつかまれる。


「ルイ、お前もこい」


 ギルティアスの言葉に、はじかれたように私は王の後を追った。

 アイツがアドラー王の為に、平和に解決する為に動く? そんな事はありえない。

 自身の利益と、娯楽の為にしか興味がない男だ。何か裏があるに違いない。


 ーーーー嫌だ! 前世だけでなく、この人生までもあの男に阻まれるというの? 奴らは、アドラー王を、この国を、お父様やバアヤ、学園の友人達を罠にかけようとするの?


 許せない!

 許せない!!


 王とギルティアスに続いて執務室へ入った私は、こう口にしてしまった。


「王、あの男を信用してはなりません。あやつらは、ただ快楽にのみ身を委ねる、人の皮を被った悪魔です。決して彼らを信じてはならない」

「……それは、どういう事だ? ルイ、なぜお前があの者達を知っているんだ?」


  アドラー王とギルティアスは不審そうに私を見た。


 わかっている。

 今、私はこんな事を言うべきではない。


 この国のただの令嬢が、他国の貴族を知っていてはおかしい。

 私は、大人しく黙って、アドラー王の指示にただ従えばいい。


 わかっているのに、止められない。 

 記憶の底に押し込めた過去が、眼の前に蘇る。


「あの男は、信用出来ない。奴は、奴らは悪魔だ……」


 禍々しい記憶が、一気に私を過去に引き戻す。


 そう、私は、あの男に殺されたのだ。


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