4話。妹と王女の危機を間一髪で救う

【妹エレナ視点】

 

「きゃあ!?」


 私はとっさにセリカ様を抱き抱えて、受け身を取りました。

 馬が悲痛にいななきに、すさまじい衝撃と激痛が襲います。


「セリカ様、大丈夫ですか!?」

「痛たたぁ。な、なんとかね……何が起こったの!?」

「土魔法による攻撃です! それもかなりの手練れの!」

 

 セリカ様はご無事なようですが、これが防御魔法のかけられた王族専用の馬車でなければ、私たちは大怪我をしていたでしょう。

 

「ヒャッハー! エレナ、よくもこの俺様に恥をかかせくれたなぁあああッ!? 何が王女の護衛だぁ! 今度は、てめぇを地獄に叩き落としてやるぜぇええええッ!」

「えっ!? ま、まさか……ガロン先輩!?」


 ゲラゲラと笑う声には、聞き覚えがありました。

 私はセリカ様を伴って、馬車から飛び出します。


 そこにいるのは、鬼のようなギラついた目をした騎士学園の元先輩、ガロン・グレイスでした。


「由緒正しきグレイス侯爵家の次男ともあろうお方が、王女殿下のお命を狙われたのですか!?」

「ちょ、ちょぉ!? みんなヤラレているんだけど!?」


 周囲を見渡すと、セリカ王女の護衛として付き従っていた兵たちは、すべて倒されていました。


 無理もありません。

 ガロン先輩は【栄光なる席次】グロリアス・ランキングの元ナンバー3。その実力は一般兵など足元にも及びません。


「あ~ん!? てめぇに【栄光なる決闘】グロリアス・デュエルで負けて、俺様は騎士学園を退学になったんだぞ! おかげでグレイス侯爵家からも勘当だ! いまさら名誉もクソもねぇんだょおおおおッ!」


 ガロン先輩が怒声を上げました。


「ガロン君!? あ、あなた。まさか【栄光なる決闘】グロリアス・デュエルで、エリナに負けたのを逆恨みして、こんなことしたの!?」


 セリカ様が指をガロン先輩に指を突きつけて、叱責しました。


「負けたら退学だっていうのは、ガロン君が言い出したことでしょ!?」


 騎士学園では、生徒同士の争いを衆人環視の元で行う決闘──【栄光なる決闘】グロリアス・デュエルで解決するという伝統があります。


 これに格下の者が勝利をすると、相手と【栄光なる席次】グロリアス・ランキングを入れ替えることができます。

 さらに、勝利者は何らかの要求を相手に飲ませることができるのです。


 私はガロン先輩が、セリカ様にしつこく言い寄っているのを見かねて、セリカ様に近づかないで欲しいとお願いしました。


 セリカ様は入学と同時に【栄光なる席次】グロリアス・ランキング上位の男子生徒たちから熱烈アプローチをされたのですが、ガロン先輩のソレは無理やり手を握るなど、強引でセクハラじみていたのです。


 ガロン先輩は、新入生の癖に生意気だと激怒し、負けた者は退学するという条件で、私に【栄光なる決闘】グロリアス・デュエルを申し込んできました。


 いささか呆気に取られましたが、私はセリカ様を必ずお守りすると誓い、ナンバー1を目指している身、勝負は望むところです。


 そして私が勝ち、私は【栄光なる席次】グロリアス・ランキングの3位となり、ガロン先輩は退学となったのです。


「うるせぇえええッ! 公衆の面前で1年の小娘に負けて、何もかも失った俺様の恨み。思い知りやがれ!」


 ガロン先輩が指を鳴らすと、先輩の影から唸り声を上げる狼型モンスターが次々に湧き出て来ました。


「これは……魔獣ブラックウルフ!? ま、まさか、ガロン先輩は魔族と契約したのですか!?」


 魔物は人間には決して懐きません。

 魔物を従えることができるのは、人間の天敵である魔族のみです。


 上位魔族と契約することで、人間は魔族に生まれ変わることができます。上位魔族は、心に闇を持つ人間に近づいて、契約を持ちかけてくるのです。


「アヒャヒャヒャ! その通りだぁああああッ! クソ王女を拉致することを条件に、俺様はかの大魔族に認められたんだ! 成功すりゃ、これで人生大逆転! エレナぁああああ、お前は俺様のペットの餌にしてやるぜ!」

「い、いくら退学になったからって、極端過ぎない!?」

「くっ! セリカ様、下がってください!」


 魔獣ブラックウルフが、私に一斉突撃して来ました。


 私は風を操って身体を加速させ、神速の剣を叩き込みます。


「はぁあああああッ!」

 

 私のユニークスキル【剣聖】は、剣の攻撃力と速度を50%もアップさせる常時発動系パッシブスキルです。


 これに剣技と風魔法を融合させたシルフィード伯爵家伝統の剣術【風魔剣】が合わされば、まさに鬼に金棒です。


 斬! 斬! 斬!


 あっという間に魔獣の群れを、私は血の海に沈めました。


「うわっ! さすがはエレナ! かっこいいぃいいい!」


 セリカ王女が拍手喝采してくれます。


「はっ! 甘えよ。てめぇの弱点はもう知ってんだよ。息継ぎの瞬間、スピードが鈍るってなぁ!」


 パチンと、ガロン先輩が指を鳴らすと、地面から土塊でできた腕が飛び出して、私の右足を捕まえました。


「なっ!?」


 確かに、細かな魔法制御を必要とする私の【風魔剣】は、常に神速の動きを維持できる訳ではありません。


 しかし、まさか、その小さな隙を突かれてしまうとは……

 こ、これが魔族に転生した者の力ですか。


「そらそら! 速さが自慢のお前は、捕まえられちまったら、もうおしまいだろう!? ギャハハハッ!」


 さらに無数の腕が地面から出現し、私を拳で滅多打ちにします。


「エレナァァァ!?」

「くぅうううッ!」


 セリカ王女が悲鳴を上げる中、私は剣を巧みに操って、攻撃を受け流しました。


 ですが、ガロン先輩の魔力は爆発的に強くなっています。一撃一撃があまりにも重く、受ける度に腕の骨が軋みます。


 あ、圧倒的に強い。でも、今、セリカ様をお守りできるのは、私一人。なんとか耐え凌いで、逆転の目を探さなければ……


「おっ、すげぇや! さすがは【剣聖】様ぁ。小娘とは思えねぇ、剣の腕前だなぁ!? だがよ!」


 ガッキィンンン!


「なぁ!?」


 土魔法の腕に掴まれた私の剣が、へし折れました。


「ブヒャヒャヒャ! 俺様のユニークスキル【金剛】も、魔族化したことで、パワーアップしているんだぜ! 物体を触れもせずダイヤモンド以上に硬化させる! これと土魔法を組み合わせた俺様の力は、無敵なんだょぉおおおッ!」


 ガロン先輩が指を鳴らすと、馬車を襲ったのと同じ、土の巨腕が出現しました。

 思わずゾッと背筋が凍りつきます。


 私の風魔法は、スピードを強化することは得意ですが、防御は苦手です。剣を失った今、これを防ぐ手段がありません。


「ちょ!? やめて! エレナを殺す気なの!?」

「あひゃ! ひと思いに殺しはしねぇよ。抵抗できねぇように痛めつけてから、犬の餌だ! そら【金剛巨腕】ダイヤモンド・ナックル!」

「エレナ!?」


 土の巨腕が叩き込まれると同時に、セリカ王女が、私の目前に魔法障壁を展開してくれました。

 セリカ王女のユニークスキル【聖女】は、防御魔法と回復魔法の効果をアップさせる破格のスキルです。


「ぐはぁ……!?」


 でも、【金剛巨腕】ダイヤモンド・ナックルはセリカ王女の魔法障壁をあっさり粉砕しました。


 折れた剣でガードしたものの凄まじい衝撃に意識が遠のきます。


「うひゃひゃひゃ! さあ、俺様のかわいいペットども! その小娘を食い散らせ!」

「エレナァァァ!?」


 ガロン先輩が、再び魔獣ブラックウルフを召喚しました。


 セリカ様をお守りすると誓ったのに、負ける訳にはいきません。

 倒れそうになるのを懸命にこらえる私の右腕を、魔獣が噛みました。


「いっ!?」


 風魔法の刃で、その魔獣を切り裂きましたが、出血に意識が朦朧とします。

 思わず心が折れそうになる私の胸に、去来する思いがありました。


 それは幼い頃、いつも私を守ってくれたヴァイス兄様の顔です。


 わ、私ではセリカ様をお救いできません。た、助けてヴァイス兄様……


 餓えた魔獣どもが、私に群がって来ました。ヤツらは興奮のあまり、荒い息を吐いています。 


「さぁ、王女は俺様と来い!」

「イヤ! 誰が、あなたなんかと!?」


 ガロン先輩がセリカ王女の腕を掴んで、連れ去ろうとしました。


「妾の娘の分際で、お高く止まるんじゃねぇよ! 尻軽な母親のように、ぶっ殺されてぇか!?」

「なっ、なんですって!?」

「ギャハハハッ! 何が第一王位継承者だ! しょせん、お前は【栄光なる席次】グロリアス・ランキング1位を取った男の賞品に過ぎねぇだろがよ!? 売女の娘!」

「わ、私とお母様を侮辱する気ぃ!?」

「賞品にされるってこたぁ、父親にもそう思われているってことだろ!? 売女の娘らしく、素直に俺様に媚を売っておけば良かったんだよ! 思い知らせてやるぜ!」


 ガロン先輩がセリカ様を殴ろうとすると、その腕から突如、血が噴き上がりました。


「げはッ!?」


 さらに魔獣どもが一瞬で、バラバラに斬り刻まれます。

 強烈な風の刃が撃ち込まれたのです。


「大丈夫かエレナ!? おい、お前、セリカ王女から離れろ!」


 ヴァイス兄様……!?

 幻聴ではありません。

 そこに、やってきたのは、まさしく兄様でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る