376 ゼペック師匠に新しい弟子? 1

 ダンジョン組が出かけていき、残ったキル達には穏やか日常が訪れる。


 思えば今までのんびりできたことがなかったなと自室の天井を見上げる。


「キルさんや! ちょっと」


 ゼペック爺さんの呼ぶ声が聞こえてきた。


「はい! 今行きます」


 急いで階段を降りて一階のホールに駆けつけるとゼペック爺さんと見知らぬ少年が椅子に腰かけている。キルと同じくらいの年齢か? 背丈もキルくらいだ。

 

 キルを見たその少年がガタリと席を立つ。


「お、お、俺は、シキと言います。よろしくおねがいします!」


「は、初めまして。俺はキルと言います」


 キルは、わけも分からずとりあえず頭を下げる。


「キルさんや、このシキさんとやらがワシに弟子入りしたいそうでの」


「へ!」


 目を点にして、固まるキル。ゼペックさんの弟子ということはキルの弟弟子ということだ。


「で・し・い・り……?」


「ワシもどうしようかと思ってのう。キルさんはどう思う?」


 ゼペック爺さんが眉を釣り上げる。


 そんなことを言われても、なんといって良いか分からないキルは、ただオドオドするだけでだ。


「え、え…………どう、て、」


「おねがいします! おねがいします! 俺! ゼペック師匠のオーラに感動しまして!」


 シキは、必死でキルに懇願する。


「ゼペック師匠の迫力っていうか、眼光の鋭さっていうか、老いてなお他を圧倒する存在感ていうか、とにかくスゲー人だと直感したんです。だからこの人の弟子になれば俺も一端の冒険者になれるんじゃないかって思ったんです!」


 シキは必死でキルを説得しようとするが、キルには意味がよく分からない。


(迫力? 眼光? まあ悪人顔だけど? 一端の冒険者? スクロール職人が?)


 シキの話を聞いて、ゼペック爺さんの眉が下がっている。すごく喜んでいるのは一目瞭然だ。


「聞けばたくさんの神級冒険者を育ててるらしいじゃないですか? ぜひ俺もゼペック師匠の元で、キル先輩のようになりたいんです!」


(神級冒険者を育てた……???)


「よろしくおねがいします。兄弟子!」


 シキはキルの両腕をとって離さない。


「ちょっ! ちょっと待て! まだ兄弟子じゃないだろう! それになんか言ってることがおかしいぞ!」


 キルは手を振り解くと両腕を組んで考え始める。


「ちょっと確認させてくれ! シキ君だっけ? ゼペックさんに弟子入りしたいって、スクロール職人になりたいの?」


 今度はシキが「へ!」という顔をする。数秒の間を置いてシキが答える。


「俺は冒険者としてゼペックさんの弟子になりたいんです!」


 ゼペック爺さんが横を向いて口笛を吹くポーズをする。音は出ていない。


「言っておくがゼペック爺さんはスクロール職人だよ。そしてこのクランのみんなは冒険者としては、ゼペックさんの弟子ではない。俺はスクロール職人としては弟子だけれどもね」


 シキがなんの話だか分からないという表情でキルを見つめる。


 確かに見た目でクランのメンバーが皆ゼペック爺さんの弟子だと思い込んでも不思議はない。勘違いした誰かにそう聞いたのだろう。そしてクランのメンバー十三人は神級冒険者だ。


「ゼペックさんは、俺のスクロール職人としての師匠だけど、冒険者としての師匠じゃないよ」


「へ…………」


 沈黙の時間が数秒続く。


「ゼペックさんは特級拳闘士でもあるけどね」


「そうですよね! 特級はすごいです!」

 

 シキが思い直したかのように勢いづいた。


「で! シキ君のジョブは何?」


 剣を持っているのだから剣士なのだろうと思ったが一応確認する。


「剣士星1です」


 キルはゼペック爺さんを見つめてどうしようという顔をした。ゼペック爺さんとギルドの依頼を受ける時に連れていってみようかとも思うが、それで良いだろうか?


「どうします? ゼペックさん」


「ワシも困ってしまってのう」


「君、パーティーには入っていないの?」


 パーティーに入っていないのなら自由が聞くが入っていると、パーティーのメンバーとの調整が必要になる。ゼペック爺さんの依頼にいつもついてくるというわけにもいかないだろう。


「入っています。四人組です」


「そうかー、まあ、できるだけゼペックさんの依頼に同行するようにしてみたらどうかな?」


「はい。もちろんです!」


「君の生活費までは面倒見れないから、それは自分でなんとかしてね!」


「え! ここで食わしてもらえないんすか?」


「え! どうして君の生活費をゼペックさんが払うの?」


「弟子ですし?」


「俺は師匠の食費を稼いで食わせていたよ」


 キルの言葉にシキが驚く。


「そうですか……」


「教わるんだったらその分何かして返さないとね! ねえ、師匠」


「そうじゃのう」


 口の端を釣り上げ、ゼペック爺さんが悪徳商人の顔になる。


「はい。そうですよね!」


 シキが顔を引きつらせながら返事をする。


「気が向いたらギルドにいくぞえ。毎朝ワシの予定を聞きにきたらどうじゃ?」


「わ、分かりました。お迎えにあがります」


「どうじゃ、キルさん。これからギルドに顔を出すってのは」


「ゼペックさんがそうしたいのでしたらご一緒しますよ」


 ゼペック爺さんとシキだけで行かせるのは不安すぎる。


 ゼペック爺さんは満足そうにキルを見て眉を吊り上げる。


 キルはクッキーにギルドの依頼をしにいくと告げて荷馬車の準備に取り掛かった。

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