第5話 シャロンの推理
シャロンは、まるで昔からの知り合いかのように、わたしの情報をすらすらと述べた。しかもそれが全部当たっているのだ。出身地や家族構成だけではなく、性格まで言い当てるなんて。
確かに、わたしは、親や先生の前ではいい子にしているが、人の目を気にする自分が好きではない。でもそんなこと誰にも打ち明けたことがない。どうして今日会ったばかりの子に知られてしまったのだろう。ぞっとせずにはいられなかった。
「ど、どうせハドソンさんかお姉さん辺りからあらかじめ聞いていたんでしょう? そうでなければおかしいわ」
「人に聞かなくたって、見れば分かることばかりじゃない。見えているはずなのに『見ようとしない』のよ。同じものを見ていても、そこから情報を読み取ろうとしないの」
何を言っているのかさっぱり分からない。わたしは、だんだんバカにされているような気持ちになって来た。そして、むすっとした表情で正面から向き合い、腕を組んでシャロンに尋ねた。
「じゃあ、説明してよ。あなたは何を見て、どう判断したの?」
「まず出身地については、段ボールに書かれた住所を見れば簡単に分かるわ。転校して来る理由は大抵親の仕事の都合だけど、子供を全寮制の学校に入れるということは、おそらく海外出張、4月から新年度が始まる国、そして机の上のデジタル時計を見たら9時間遅れの表示になっていた。この条件に当てはまるのは日本ということになる」
私はびっくりして、自分の机の上にあるデジタル時計を見た。この時計は二つの場所の時刻が表示できるようになっていて、一つはここの時刻、もう一つは日本の時刻になるように設定していた。日本との時差は9時間あるので、9時間遅れの時刻となる。シャロンはこれだけの情報でパパの赴任地を言い当てたのだ。
「じゃあ家族構成は? ママとは血がつながっていない話はした覚えがないんだけど」
「私が来る前に父親と話をしていたでしょう。それで大体察しが付いたわ」
パパとの会話を聞かれていたのね。でも、そこで家族の詳しい話なんてした覚えはない。ますます訳が分からなくなった。
「普通娘が全寮制の寄宿舎に入ってしばらく会えなくなるのなら、両親揃って見送りに来るはずでしょ。でも実際来たのは父親だけ。母親は来れない事情があった。父親の結婚指輪を見たら、ぴかぴかしていて真新しかったわ。『メアリーによろしく』と言っていたから、メアリーと母親は留守番をしている。ということは、メアリーがまだ小さくて母親は妹の面倒を見ている可能性が一番高い。結婚指輪が新しい理由とも一致する。それでも母親と血がつながっていたら、赤ん坊を抱えてでもあなたに付き添ったでしょう、でもそうではなかった。ここから導ける結論は、あなたは実の母親とは離別か死別をして、父と二人暮らしだった。しかし、数年前に父が新しい母親と結婚してメアリーを産んだ。そうではなくて?」
わたしは何も言えなかった。全てその通りだったからだ。まるでうちを見てきたかのようだ。でも、それをシャロンに伝えるのはしゃくにさわった。だから、わざとふんと突き放した表情をして見せたが、シャロンは、わたしが黙っていることで自分の読みが当たったことを確信したようだ。
「わたしがママに複雑な気持ちを持ってるというのはどういう意味? 血がつながってないからなんてのは理由にならないわよ?」
「父親との会話で『メアリーによろしく。あとママにも』と言ったでしょう。本来なら『ママとメアリーによろしく』と言うのが普通だわ。まるでママはおまけかついでみたい。それに、本棚に置いた写真立て。あなたと父親のツーショットの写真は置いてあるのに、他のものはまだダンボールに入ったままでしょう。置けるスペースはあるのに箱から出さないというのは、特別な感情がある証拠だわ」
確かに、わたしはまだダンボールの中にある荷物を全部片付けたわけではなかった。今日は疲れたから明日でいいやとというのもあるが、何となく避けたいと思ったのも事実だ。自分を置いていってパパとママとメアリーはずるいという気持ちが、本当はあったのだろう。自分自身がはっきり意識していないところまで、シャロンに見透かされるなんて思ってもみなかった。
「成績のこととか性格については? 今日初めてあったばかりなのに、わたしの何を知っていると言うの?」
そう、これが一番気になっていたところだ。しかし、シャロンは、表情一つ変えず、すらすらと説明した。
「この学校に途中で入って来るには試験を受けなければいけないはずだけど、そこそこ難しかったはず。入学試験より難しい転入試験を通るには、いい成績を修めていないと無理だわ。ハドソンさんやマーガレットと会話してる様子からは、きちんと育てられた真面目なお嬢さんという印象を受けた。でも、ベイカー館に来てからヘアピンをカラフルな物に変えたでしょう? 学校ではヘアピンなどの装飾品は地味な色しか認められてないけど、寄宿舎では特に決められていない。でもわざわざ変えるなんて、そんな些細なことに随分こだわるのねと不思議に思った。ここから、本当は、校則について窮屈に思っているが、表立って堂々と破る勇気はない人だと分析したわけ。以上だけど、どこか間違ってるところある?」
そうだ、わたしは、ここでヘアピンを変えたことを思い出した。シャロンはわたしに全く関心がなさそうだったのに、一挙手一投足を全て見ていたのだ。どうして変えたのだろう。ちょっとカラフルでおしゃれなものを着けてみたかったというのはある。最近買ったばかりでささやかなお披露目をしたかったのだ。でも、登校初日に、校長先生の前で着けるのはちょっと憚られるデザインだった。
真面目に見られたい、でもちょっと反抗したい、このさり気ない仕草で、わたしの深層心理まで見抜かれるとは思いも寄らなかった。なにこれ? 怖いんですけど!
シャロンは言い終わると、何も言い返せないわたしをまっすぐ見つめた。種明かしを聞けば、どれも他愛のないことばかりで、拍子抜けしそうになる。すごいと思う一方で、望んでもいないのに自分の心をあけすけにされた感じがしてモヤモヤが残った。この、シャロン・ホームズとは一体何者なんだろう?
「べっ別に間違ってはいないけど……というかそのまんまだけど……余りはっきり言わない方が思う。さすがにちょっとびっくりされるんじゃないかな。うまく言えないけど……」
「なぜ? 質問して来たのはあなたのほうじゃない? 私は聞かれたことに答えただけよ。みんなそう言うんだけど、なぜなのか分からない」
「そっ、それはそうだけど、ああもう、わたしまで分かんなくなってきた! 明日早いからおやすみなさい!」
頭が混乱したわたしは、これ以上シャロンと会話を続けるのが嫌になって、頭からすっぽり布団を被って寝ることにした。着いて早々トラブルまみれだ。わたしの新生活はどうなるのよ!
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