第48話 (ネパール視点)

「……は?」


 呆然とした声が、私の口からあがる。

 しかし、そんな私に気遣うことなくセバスチャンは続ける。


「おや、言葉の意味が難しかったですかな?」


 にっこりとした笑顔のセバスチャンを、私はただ呆然と見ることしかできない。

 その言葉の意味を、もちろん私は理解していた。

 ……理解できないのは、セバスチャンの態度の変化の方だった。


「自分がどれほどの恩を仇で返したのかを理解できたのか、そう聞いているんですよ」


「なにを」


 そう何とか絞り出した私の声は隠しようのないほどに震えていた。 

 そんな私を一切気にかけることなく、セバスチャンは淡々と続ける。


「アズリック商会との交易に、マイリアル伯爵家の魔の手が婚約者に及ばないように調整。今になれば貴方も理解できるのではありませんか? それらを同時に行うことの難しさが」


 そう告げる途中、セバスチャンはある大きな扉の前で足を止まる。

 そして振り返ったその目には隠す気のない怒りがにじんでいた。

 先ほどの私への同情をしてくれていた姿など、そこには一切なかった。

 今になって私は気づく。

 これまでの状況は、あまりにも自分に都合がよすぎではないかと。


 突然非常事態に来た公爵家からの手紙。

 しかも、その中身はすべて自分に同情的な言葉で埋め尽くされていた。

 そんなこと、本来あり得るのか?


 セバスチャンの豹変という衝撃的な状況で、急激に私の頭が回転し始める。

 何かがおかしいと。

 そして、私の頭がこの状況において出した結論は簡潔だった。


 ……すなわち、自分たちは誘われていたのではないかと。


「っ!」


 その瞬間、私は反射的にこの場から立ち去ろうとする。

 マイリアル伯爵家の人間を捨てて、一人だけでもここから逃げようと。


「残念ですが遅かったですな」


 ──だが、手遅れだった。


 必死に走り去ろうとする私の腕を、セバスチャンは強く掴んでいた。

 相手は初老の男性、にも関わらず私はその手をふりほどくことができない。


「もう準備はできている。ここで逃げようが時間稼ぎにしかならない」


 そう言いながら、セバスチャンは自身の後ろにある扉を開き、そこへと私を押し込む。


「……っ」


 体勢を崩しながら部屋の中に入ることになった私は、地面に手を突き何とか無様に転がることだけは阻止する。

 しかし、そのことに一安心する暇さえ、私は与えられなかった。


「ようやく来たか」


 頭上から低く威厳のある声が響いたことによって。

 呆然とその声に顔を上げた私の目に入ってきたのは、円卓の机とそこに座る老人達。


 ……そして、その中心で私たちを裁こうとするかのように見下す、公爵閣下その人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る