29:正義と信念が対峙する時

 開かれた扉の先はさらなる自然があふれていた。


 カチカチと歯車がぶつかり合い音が鳴っていただろう通路は緑が深い景色が広がっている。見たこともない赤や青、黄色と彩られた花に食べられるかわからない青い果実、ツタやシゲといった見慣れたものから毒々しい色合いの大きな蓮など様々な植物があった。

 様々な木々が生え、壁にはビッシリと張り付いた根っこからさらに大自然を感じさせる。もしかしたらこういった迷宮があるのかもな、と思いながら俺達は進んでいく。


 だが、奥に進めば進むほど緑が濃くなっていく。まるで文明に奪われた場所を取り返そうとしている大自然の逆襲と思えてしまう。


〈うっはーなんだこれ〉〈虫いないの救い〉

〈毒々しいリンゴある〉〈腐ってない?〉〈絶対死ぬ〉

〈まずそー〉〈食べたくない〉〈食ったら死ぬ?w〉〈アカ氏食べてw〉


〈これはすごいことになってるウッホ〉

〈お〉〈わかるのかゴリラ〉〈解説プリーズ〉

〈詳しくはわからないウホ〉

〈ただ迷宮がおかしくなっているウホ〉


〈どうおかしい?〉〈もっとくれ〉〈もっともっと〉

〈迷宮には様々な個性があるウホ〉

〈ここの場合は機械的な迷宮だウッホ〉

〈自然はない訳じゃないがジャングルなんてないはずウッホ〉


〈確かに〉〈確かに〉〈ゴリラまともな解説〉〈もっとふざけろ〉

〈つーかここ雰囲気やばくね?〉〈かなちん気をつけろ〉

〈かなちんやばくなったら逃げろ〉〈アカ氏信じてる〉

〈にしてもどうしてこうなったんだ?〉


〈迷宮を形成するコアに異常が起きてるウホ〉

〈おそらく暴走してるウッホ〉

〈その原因を取り除けば元に戻ると思うウッホ〉

〈ただそれが結構大変なんだウホ〉


 ゴリラッパーが詳しい解説をリスナー達にし始める。なんでもコアが暴走する原因は二つあるそうだ。

 一つはコアそのものが劣化し、機能が維持しにくくなったために異常が起きること。ただこの迷宮はまだ比較的新しいから考えにくいとゴリラッパーは説明する。

 だからもう一つの考えられる原因をゴリラッパーは話し始めた。


〈考えられるもう一つの原因はコアイーターの寄生だウッホ〉

〈なんだそれ?〉〈聞いたことない〉〈俺達は捕食者だしw〉

〈コアイーターは名前の通り迷宮のコアを食べる存在だウホ〉

〈寄生されたら対処しないとコアが食われちゃうんだウホ〉


〈ただこれも段階があるウッホ〉

〈大人の階段を昇るんだな!〉〈シンデレラはかなちん!w〉

〈王子様に俺はなる!〉〈ならせるか!w〉〈どーん!〉

〈やらせねーよw〉〈なら俺がなるどーん!〉〈www〉〈w〉


〈そうコアイーターは大人の階段を昇るんだウホ!〉

〈成長するにつれてダンジョンは浸食され崩壊するんだウホ!〉

〈マジかよ!w〉〈こわ〉〈怖〉〈ゴリラやけくそ?〉

〈じゃあこれは浸食の影響なんか〉〈やばくね?〉


〈そうだウホ〉〈ヤバいんだウッホ〉

〈ここはまあまあ浸食されているからそろそろ対応しないと崩壊しちゃうウホ〉


 俺はゴリラッパーの解説を聞いて足を速めた。もしゴリラの見立て通りなら結構時間がないだろう。もしかしたら思っているよりも時間が少ないのかもしれない。


 なら早く対応しなければ。下手したら移動中に崩壊が始まるなんてことも起きかねないし。


「あ、あのちょっと待ってください!」


 俺が急いでいると七海が息を切らしながら俺を呼び止めた。思わず足を止め、振り返るとそこには膝に手をついて呼吸を荒くしている姿が目に入る。

 どうやら急ぎすぎたようだ。思えば七海は探索者じゃないからしっかりとした訓練を受けていないのだろう。

 でもこのまま彼女の回復を待ってはいられない。だから俺は、余裕があるカナエに声をかけた。


「カナエ、七海を頼む」

「いいけど、一人で大丈夫?」

「大丈夫だよ。でも回復したら追いついてくれ」

「わかった。無理しないでね」


 俺は七海をカナエに任せて歩き始める。ふと、何気なく隣を見ると高性能ドローンが音もなく飛んでいた。

 なんだか復活してさらに高性能になった気がするけど、まあ気のせいだと思っておこう。ひとまず俺はカナエから借りた高性能ドローンと一緒に進んでいく。


『ボクをわすれるナ!』

「グレン三号か。お前もカナエと一緒にいていいぞ」

『イヤだッ! ボクがいちばんにピカピカをみるんダ!』

「ピカピカ? 迷宮コアのことか?」


『そうダ! とにかくボクがいちばんだからナ!』


 こいつはどれだけ迷宮コアを見たいんだろうか。ま、いっか。

 俺はそう思いながら大きな扉の前に立つ。見た限り葉と木の根っこで覆われており、開けるのに苦労しそうだ。


 さて、どうしたものか。そんなことを考えていると俺についてきていたグレン三号が扉に触れた。途端に扉には光が駆け抜け、歯車のような絵柄が浮かび上がると大きな音と揺れが起き始める。

 ゆっくりと、ゆっくりと扉が上下に開かれていくとその奥に隠されていたものが俺達の目に入ってきた。


 大きな宝玉を包み込むように巻き付いている大樹がある。それはまるで生命力を吸っているのか葉が美しく輝き、立派な幹もほのかに光を発しており、綺麗であるがどこか危険さを感じさせるものでもあった。


 言葉で表現するなら妖艶――それだけ美しく、危険さを感じさせる。

 そんな大樹に両手を縛られ、気を失っている井山の姿があった。


「井山!」


 俺は思わず駆け出した。だが、それを遮るように何かが飛び込んでくる。

 咄嗟にナイフを抜き、迫ってきた刃を受け止めると攻撃してきたそれは俺を蹴り、大きく後ろへ下がって距離を取った。


「ようこそ、最深部へ」


 攻撃を仕掛けてきた存在。それは久瀬政久だ。

 なかなかに油断できないな。攻撃される直前まで存在を察知できなかった。

 まるで幽霊が突然現れたように思えたな。


「いやー、今の一撃は確実に取ったって思ったんすけどね。ま、そんな実力ならここまで来てないっすか」

「何が目的だ? こんなことをしても特はないだろ?」

「損得でやってたらこんなことしてないっすよ。ああ、そうっすね。それでいうなら嫌なものが消えるっていうのがあるっすね」

「お前っ」


「ま、ちゃっちゃっと決着をつけさせてもらうっすよ」


 久瀬は身体を揺らすと途端にその姿を消した。いや、姿だけじゃない。息づかいも、僅かに生じる服のこすれた音も、殺気も気配も何もかもが感じられない。


 なんだこれ。まるで本当に幽霊みたいじゃないか。


〈アカ氏うしろ!〉〈うしろうしろ!〉

〈お兄ちゃんうしろ!〉〈アカ氏うしろうしろ!〉


 配信を見ていたリスナーと翠が敵の位置を知らせてくれる。

 俺は咄嗟に振り返り、迫ってきていたナイフを受け止めた。久瀬は俺の反応に驚いたのか僅かに目を大きくさせ、今度はナイフを弾いて後ろへ下がった。


 このまま逃がしてたまるか。

 俺はよろけながらもナイフを投げ、奴の左肩に直撃させると久瀬は悲鳴を上げた。

 だが、その姿はまた消えてしまう。俺は久瀬の姿を探すがどうしても見つけられなかった。


「くそ、どこに行ったっ?」


 傷ついたはずなのに、血の痕すら見つけられない。まるで傷ついたことすらなかったことになっている気がするな。

 おそらくこれは探索者コインのスキルだ。内容はたぶん、俺が全く認識できなくなるって奴だろうな。

 でも、配信を見ていたみんなはあいつの動きがわかった。つまり何かを挟んで見ればあいつの居場所はわかるってことかもしれない。


 なら攻略は簡単だ。


「みんな、あいつが見えたらコメントをしてくれ! それでどうにかなる!」


〈お?〉〈お?〉〈お〉

〈よくわからんがわかった〉〈コメントしまくれ〉

〈翠様踏んづけて!〉〈お、おおお俺のいけないスティックを〉

〈きゃー!〉〈変態がいるー!〉


〈囲め囲め!〉〈翠ちゃんを守れ!〉〈俺達が踏んづけてやるよ〉

〈うわやめろ俺の大切な息子がアーーーーーッ〉

〈wwwww〉〈w〉〈w〉〈www〉〈ww〉〈wwwww〉

〈ww〉〈wwww〉〈www〉〈w〉〈w〉〈www〉


 なんだか不安だ。まあでも俺の命はこいつらに預けるしかない。

 さあ、やるぞ。こい久瀬。今度はその顔をぶん殴ってやる!


 俺は右の拳を硬く握り、迎撃態勢になった。そんな俺を見た久瀬は、思いもしない行動を取る。


「切り札は取っておくもんすよ」


 声が聞こえた。思わず振り返ると高性能ドローンが煙を上げて墜落する。

 俺は久瀬を見ると、あいつは勝ち誇ったかのように笑って消えた。


 やられた。俺を攻撃してくると思っていたから完全にしてやられてしまった。


 どうする? どこから攻撃してくるのか全くわからないぞ。


『スキルに対抗できるのはスキルだけだ』


 ふと、ある言葉を俺は思い出す。それは前に仲原さんに教えてもらったスキルの特徴についてだ。

 もし言葉を信じるなら、あいつに対抗できる術はある。なら、やるしかない。


 俺は影を広げる。身体の周囲には視認しにくい影糸を張り、相手が動くのを待つ。

 ただジッと敵が糸に引っかかるのを待ち続けた。


「右!」


 影糸が知らせてくれる。久瀬がどこにいるのかを。

 俺はそれを信じ、拳を突き出す。すると俺に向けてナイフの刃を突き刺そうする久瀬の姿があった。


 俺は紙一重で刃を躱し、その顔面に拳を叩き込む。

 久瀬は思いもしない一撃を受け、何もできないまま後ろへ叩き倒されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る