26:信念を通す強欲なる者

 オォォッ、という全身を震わせながら目の前にいるメモリアは雄叫びを上げていた。タコへと変わったその身体は変わりなく大きなものでとんでもない威圧感を放っている。

 だが、俺は怯むことなくメモリアを睨みつけた。なんせこいつは俺の大切なものを踏みにじり、何よりカナエを傷つけたからだ。


 許せるはずがない。


〈おおおおおおお!!!〉

〈さすがアカ氏〉〈Gj〉〈Gj〉〈gj!〉

〈っぱアカ氏だわ〉〈お前しか勝たん〉〈ハラハラした〉

〈アカ氏キターーーー!!!〉〈アカ氏復活!〉〈よく守った〉


〈よし、ここはひと肌脱いでやるウッホ〉

【イダテンシューズ×50 投げられました】


〈お兄ちゃんを助けるためなら!〉

【ムキムキマッチョ 投げられました】


〈お、なんだなんだ?〉

〈課金だ課金だ!〉〈ちょ、マジヤバイんだけど〉〈貯金を削れー!〉

〈みんな廃課金なろうぜ!〉〈甘いな俺はとっくになっている!〉

〈カッケーwww〉〈俺もなろっかなw〉〈弱者は体育座りしてな!www〉


〈誰が弱者だ!ハァハァ〉

【カチカチシールド×100 投げられました】


〈おいーwww〉〈めちゃくちゃ挑発に乗ってるじゃねーか!w〉

〈すげッw〉〈バカいたwww〉〈祭りじゃ祭りじゃ〉〈投げまくれーw〉


 カナエの配信が大変なことになっている気がする。まあ今はとてもありがたく受け取っておこう。

 おかげで身体に力が湧いてくる。不思議と、負ける気もしない。


 ああ、ホント力が湧いてくるよ。さっきまでとは大違いだ。


「あ、明志君?」

「どうしたカナエ?」

「えっと、髪が金色に輝いているんだけど……」

「はっ?」


 髪が金色に? どういうことだ?

 俺が頭を捻っているとその姿を見たリスナーがすぐさま反応をした。


〈スーパーアカ氏だ!〉

〈ドラ◯ンボールじゃん!w〉〈マジかよ!ww〉〈そんなのありぃw〉

〈反応に困る〉〈いいじゃんいいじゃん!〉〈どこぞのサ◯ヤ人かよ!〉


 ああ、本当に髪が輝いているんだ。そんなことを思いながらカナエの身体を下ろす。

 どうしてそうなったのかわからないけど、でもそれならそれでいい。なんせ本当に負ける気がしないんだからな。


 さて、始めようか。あいつをぶっ倒すためにも、カナエの痛みを返すためにも。


「覚悟しろ、お前」


 俺は機械的な大地を蹴る。それは軽く蹴ったにも関わらず、一瞬にしてメモリアの懐に潜り込むほどのスピードだ。

 そのまま拳を額にぶっ刺すと、メモリアは途端に白目を向けた。


「おぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!」


 力の限り後ろへ押し出し、メモリアの身体を壁に叩きつける。俺は息をつかせる間もなくスキルを発動させ、影糸を飛ばした。

 不思議なことに影糸も黄金に輝いており、なんだか強そうに思える。


〈影が黄金だぞ!〉〈マジィ?w〉〈そんなバカな〉〈黄金の影〉

〈ピカピカ〉〈影じゃないじゃん〉〈キラキラ〉〈金ピカ影〉

〈金の糸みたい〉〈すげー綺麗〉〈こんなの欲しい〉


〈よし、スーパーアカ氏の影だしスーパーシャドウと名付けよう〉


〈センスなw〉〈わかりやすいけどwww〉〈もっといい名前にしろよw〉

〈おいゴリラ名前プリーズ〉〈今こそお前のセンスが試される〉

〈プリーズプリーズ〉〈プリーズ〉〈ぷりーず〉


〈俺もそれでいいと思うウッホ〉


〈帰れ〉〈しょせんゴリラ〉〈脳筋だったな〉〈聞いた俺達がバカだった〉

〈失望した〉〈期待して損した〉〈帰れ〉〈帰れ帰れ〉


〈密林】λ……トボトボ〉


 勝手に名付けられているが気にしないでおこう。

 俺は額に向けて影糸を飛ばすが、メモリアは黙っていない。ここぞというところでスキルを発動させ、出現したモンスターを盾にする。

 そのせいで影糸の突撃は止まり、ギリギリ攻撃が届かない。


 それを確認したメモリアはすぐに反撃を開始し、大きな雄叫びを上げた。身体から奇妙な光が分散し、一つの姿に変わっていく。

 それは結晶化した俺の親父だ。


「明志、俺を助けてくれ――」


 どうやら俺をとことん怒らせたいようだ。

 偽者だとわかっているからこそ、逆効果だ。だから俺は躊躇いなく親父達を攻撃した。


「なんで?」

「どうして?」

「痛い、痛い!」

「明志ッ」


「悪いな、遊びに付き合ってられないんだ」


 襲いかかってくる親父達を影糸で一掃していく。胸を貫かれた彼らはすぐにメモリアへと戻り、消えていく光景を確認し俺は突撃した。


 もう負けない。もう迷わない。

 ムカつくこいつを、イライラするこいつを、俺は拳を握って力の限り突き上げた。

 メモリアは宙へ舞う。何もできないまま空中へ放り出され、俺はそんな状態のモンスターにスキルを使った。


 まだ練習中の必殺技。名前なんてものはない、影糸を使った攻撃。

 四方八方に影糸を飛ばし、敵の全身を貫き縫い留める。捕まったら最後、逃げることはできない。


 案の定メモリアは空中で影糸に縫い付けられ、動けなくなる。俺はそれを見て、最後の攻撃を放つ。

 メモリアの額に浮かび上がったコア、そこを引き寄せての攻撃だ


 固く固く拳を握り、影をまとわせぶん殴る。影糸を使い、一気に身体を引き寄せて力いっぱいに拳を叩きつけた。


「GAaaaaaaaaaaaaaッッッッッ!!!????」


 攻撃を受けたメモリアは何もできない。ただ命の源であるコアが破壊されるまで耐えるしかない。

 徐々に、それの亀裂は全体に走り大きくなっていく。そしてついに、コアは大きな破裂音と共に砕け散った。


 途端にメモリアの力が抜け、俺はその身体を殴り飛ばした。

 何回か地面をバウンドし、身体が歯車に打ちつけられるとやっとのこと勢いがなくなる。そして、死を報せる光が放たれ始めた。


 泡が浮かぶようにゆっくりと青白い光が空間に消えていく。

 厄介なモンスターだったが、死ぬ時はとてもあっさりとした終わりだ。


 いつ見ても慣れない光景だけど、でも生き延びられてよかったとも思っている。それだけメモリアは強かった。


〈やったー!!!!!〉〈勝った!〉〈勝ったじゃん!〉

〈俺達のおかげだなw〉〈マジでそう〉〈ホントハラハラした〉

〈よくやった〉〈っぱアカ氏だわ〉〈信じてた〉〈かなちんかなちん〉


 俺が勝利した光景を見て、リスナー達が喜んでいる。さすがに危なかったから俺も大いに喜びたい。でも、そう思えない光景があった。

 光になって消えたメモリアの中から、一人の少年の亡骸が出てくる。見た限り、それなりの装備をしているから俺よりも先輩だろう。


『メモリアはスキルを使うためには媒体が必要なんダ』


 俺が少年の死体を見ていると、いつの間にかグレン二号が隣に立っていた。彼は迷うことなく死んでしまった少年の傍へ立ち、歯車をその胸に置く。

 おそらくその行為は死んでしまった者に対するグレン二号なりのたむけなんだろう。


『媒体の記憶を元にスキル〈追憶の残滓〉を使うんダ。彼は悲しい犠牲者といえるナ』


 俺は手を合わせようとした。だが、グレン二号が何かを放り投げそれを阻止する。

 咄嗟に放り投げられた物を受け止めると、それは少年が持っていただろう探索者コインだった。


「俺には必要ないものだけど?」

『生きた証として取っておケ。何かで必要になるかもしれないしナ』

「そうかもしれないけど――」

『進むなら止まった者を置いていケ。そうしなきゃ進めなくなル』


「確かにそうかもな。だけど、今はまだいいじゃないか」

『今だからこそボクに任せロ。お前はお前のために動ケ』


 前を見ろ、とグレン二号は言う。感傷に浸っている場合でもないとも言われているみたいだった。

 それは正しい答えなのか俺にはわからないけど、グレン二号なりの正解なのかもしれないと思う。

 だから俺は祈りを捧げない。その場をグレン二号に任せ、カナエと合流することにした。


「はぁー、こりゃすごいっすね」


 だが、思いもしないことが起きる。

 声がした方向に顔を向けると、そこには一人の青年が立っていた。見た限り俺より年上で、ボサボサした黒髪に黒い上着と全身が真っ黒な男がいる。


 そんな変な男が、傷ついた井山を抱えていた。


「なんだお前?」

「始めましたって挨拶すればいいっすか? 信条明志さん」

「なんで俺の名前を――」

「アンタは結構有名っすからね。名前を知らないほうがおかしいっすよ」


 そこまで有名になっていたのか? いや、そんなことよりも確かめなきゃならないことがある。


「お前、井山に何をした?」

「ちょっと黙っててもらえるようにしただけっすよ。悪いっすか?」

「なんでそんなことしたんだ?」

「なんで? そんなの決まってるじゃないっすか。アンタをぶち負かしてこの迷宮を消し去るためっすよ」


 こいつ、今なんて言った?

 俺のために井山を傷つけただと? いや、そもそもそれがなんで迷宮を消し去ることに繋がるんだ?


「あー、そうっすね。理由は二つあるっす。一つは俺の師匠がアンタを嫌っている。もう一つは迷宮そのもの自体が悪だと思っている。俺はそれに同感して手伝っているだけっすよ」

「そんな理由で何もかもぶっ壊すのかよ!」

「当たり前じゃないっすか。嫌なものを放っておくほど俺達は優しくないっす。とっとと排除したほうが精神衛生上もいいからっすよ」


 こいつ、狂ってやがる。

 すぐに倒さないといけない。そう思い、拳を握りしめた瞬間にカナエの悲鳴が響いた。


「カナエ?」

「あ、忘れてたっす。ここには雑魚がまだウヨウヨしてたっすね。もしかしたらあの子、それに襲われているかもっすよ」

「お前――」

「早く行かなきゃ死んじゃうっすね。あ、俺は最深部に行くからよろしくっす」


 どんなモンスターに襲われているのかわからないが、とにかく急がなければ。

 そう思い、俺は駆けていく。カナエを助けるために、井山を連れ去っていく男に背を向けて――

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