21:好奇心に勝る刺激はない
井山のおかげで俺達を襲撃してきたモンスター〈メモリア〉を撃退することができた。あいついわく、俺が起点を聞かせたからどうにかできたと言ってくれたが俺はほぼ何もしていない。
それにしても、あのメモリアってモンスターはどんなスキルを持っているんだ? 目を合わせた瞬間に嫌なものを見せられて体力を一気に持っていかれたし。
もしカナエに止められないで追いかけていったらどうなっていただろうか。もしかするとまた同じ攻撃を受けて今度こそ死んでしまうかもしれない。
「ありがとな、カナエ。もう大丈夫だ」
「でも、まだ辛そうな顔してる」
辛そうな顔か。モンスターのスキル攻撃とはいえ、親父にああ言われたんだ。辛くない訳がないか。
もしかしたら本当にそう思っているかもしれないって、俺はどっかで考えているかもな。
「大丈夫だよ。だからそんな顔しないでくれ」
「……わかった」
俺はお願いする形でカナエに言葉を言い放ち、起き上がる。
にしても、あれはなかなかに辛い。二度とあの攻撃は受けたくないもんだ。だとしてもあいつともう一回戦わないといけないから、何かしらの対策をしないといけないな。
さすがに目を閉じる訳にはいかないし。
「た、助かりました。いやーホント、助け合いって大切ですね!」
そんなこんなを考えていると妙に明るい女性の声が入ってきた。顔を向けると先ほどメモリアに襲われていたメガネの女性がにへらって笑っている。
「にしてもさすが探索者さん! まさかあんなおっかないモンスターを撃退しちゃうなんて。私とっても感激しちゃった!」
何調子のいいことを言っているんだこいつは。そもそもこいつがいなければ俺はあんな目に合わなくて済んだし、グレン二号が連れ去っていかれるなんてこともなかった。
というか道先案内人がいなくなったじゃねーか!
「いろいろ言いたいことがあるけど後にするわ。一つ質問に答えてもらってもいいかしら?」
「あ、あなたは井山伊乃里さんですね。探索者になってからずっと目が出なくてコツコツ地味に活動していたらベテランの域に達していた人! もうそれは涙ぐましい努力をしているにも関わらず、なぜかずっと注目されずに過ごしてきたという悲しきベテラン! でも最近になってギルド監査という役職をなぜかもらったという不思議な――」
「もういい! 質問だけに答えろ」
井山が苛立っている。まあ、彼女も彼女で癖が強い人だが、おそらくこのメガネはそれ以上に手を焼く存在なんだろう。
「アンタ、どこをどう見ても探索者じゃないわよね?」
「はい、雑誌記者です」
「正直でよろしい。なら、どうして探索者じゃない人が迷宮にいるのかしら?」
「え? それはその、取材をするためですよ!」
なんだか堂々巡りになりそうだが、ひとまずそれは置いておこう。
井山の言う通り、迷宮に入るには探索者コインが必要だ。そしてその探索者コインを持っているならギルドに報告しなければならない決まりがある。
なんせ大きな力を持つ探索者コインだからな。迷宮内でしか本来の力が発揮されないとはいえ、下手にその力を悪用されたら大変なことがある。だからギルドはそうならないように探索者を管理および監視する立場だ。
そしてその管理と監視を行い、様々な報告をするのが井山の立場である。
だからメガネに尋問をしているのはその仕事の責任を果たすためと言えた。
「取材って、今ここは危険地帯よ? いくらなんでも無謀すぎるし、そもそもどうやって入ってきたのよ? 出入り口が封鎖されていたはずよ」
「封鎖される前に入りました! それに私、今回は光城カナエに取材をするんです!」
「え? 私?」
「はい。今度やる企画のトップを飾ってほしくて。そのためにいろいろ取材させてください!」
「えー? でも私、取材NGなんだけど」
「えぇー!!?」
それは俺からしても思いもしない言葉だった。
まあ、カナエはとんでもなく人気がある配信者だからな。たぶんいろいろとあって取材NGを取っているんだろう。
そのことを知らなかったメガネは、ただただ肩を落としていた。おそらく命懸けでここまでやってきたと思う。だから非常に残念なんだろう。
「そんなぁ~……そこをなんとかお願いできませんか?」
「無理。取材を受けちゃうと次も受けないといけないし」
「そこを、そこをなんとか! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでいいから!」
「ダメです。諦めてください」
「くぅぅ! 諦められないです! だって締切が近いし。こうなったらオーケー出してもらうまで追いかけますからね!」
「いやちょっと、今そんなことされたら困るんだけど」
やり取りを見守っていた井山が口を挟んだ。
そう、俺達は現状素人を抱えて迷宮を移動する余裕はない。最善の手段としては迷宮村に戻り、問題が解決するまで大人しくしてもらうこと。
だけどその時間が惜しい。そう感じるほど、俺達は切羽詰まっていた。
「じゃあ素人をここに放置していきますか? いいですよ、別に。もし生き残ったらギルドに『心ない探索者に見捨てられました』って言いますから」
「アンタねぇ……」
「できないですよね? なら一緒に命運を共にしましょう!」
こいつはなかなかに侮れないな。まさか不利な状況を利用して目的を叶えようとするとは。このメガネ、末恐ろしい。
「わかったわよ。どうにかするから足手まといになりすぎないでね」
「さすが井山さん。話がわかりますねっ」
「調子がいいメガネね。それよりアンタ、名前は?」
「青嶋七海です。よろしくお願いしますみなさん!」
「はいはい。えっと、カナエはいいとしてこっちは――」
「あ、申し上げなくても大丈夫です。そちらはそちらで有名人ですからね」
「有名人? 俺が?」
「はい。生きる伝説といわれ、絶対に弟子を取らないといっていた女性探索者〈仲原彩花〉の弟子、新条明志。その身体能力からスキルまで謎に包まれている少年って言われていますよ」
「はあ? なんだそれ?」
「まあ、私が聞いた限りだと知っている人が少ないって感じでしたけどね。何にしてもあなたは注目されていますよ」
なんだかよくわからないけど余計な情報をありがとよ、七海さん。にしても仲原さんってそんな人だったんだ。確かに鍛錬つけてもらった時、とんでもなくキツい思いをしたけど。
「はいはい、話はそのくらいにして。そろそろグレン二号を探しに行かないとマジでヤバいわよ」
っと、そうだ。このまま話し込んでちゃいけないな。
どうにかヒントを見つけ出して後を追わなきゃ。といってもここは機械的な床みたいな地面だし、足跡を見つけ出すなんて不可能に近い。
他のヒントを見つけなきゃ追いかけることなんてできないぞ。
「あ、そうそう。さっきから気になっていたんですけど」
「今度は何よ?」
「なんだかキラキラした筋があるんですけど、これなんですかね? 何かが通ったような跡みたいですが」
キラキラした筋?
思わず目を向けるとそこには確かに何かが通ったようなキラキラした跡があった。それを見て俺は思い出す。そういえばグレン二号は生えてないはずのヒカリダケを踏んづけて胞子まみれになっていた。
ということは、これはメモリアがグレン二号を引きずっていった跡なんだろう。
「なるほど、トラブルも状況次第では好転材料ね」
井山が何かを呟く。そして七海さんの頭をポンと叩き、俺達に号令を出した。
「みんな、この跡を手がかりに追っていくよ。たぶんこの先にグレン二号が待っているわ! もしかしたら罠があるかもしれないから、気をつけて進むことを忘れないでね!」
俺達はそれぞれ返事をした。そしてグレン二号が図らずも残してくれたキラキラの跡を追って進み始める。
ルートを外れるな、と言われたが今は緊急事態だ。だからその注意を無視して俺達は突き進む。だけど妙なことに大量発生しているはずのメモリアの姿を見かけない。それどころかこの迷宮に住み着いているはずの他モンスターすら姿を見かけなかった。
「なんだか妙ね」
「安全に進められていいじゃないですか。あ、それよりも最近なんですけど美味しいケーキ屋さんを発見したんですよー」
「気を抜きすぎでしょ、アンタ。ここは迷宮よ」
「木を貼りすぎですよー。安全そうなんだからちょっとぐらい――」
「そのちょっとで死んできた人をたくさん見たわよ。無駄話しないで歩く!」
「えー」
井山と七海さんはまるで友人同士みたいな会話をしている。この二人、さっき出会ったばかりだよな? それとも七海さんが馴れ馴れしいのか?
まあ、張り詰めすぎていたパーティーがちょっとだけ和んでいるからいいか。あんまり根を詰めすぎると逆効果だしな。
「それでねぇ~」
七海さんが楽しそうに言葉を口に出している。この人は結構ふわふわした性格なんだろう、と思って見ていると唐突にガコンッという音と共に沈んだ。
瞬時に俺はマズイ、と思って駆け出す。だがその手は届かず、そのまま七海さんは地面から出現した鳥かごに閉じ込められてしまった。
「え、え? 何これー!」
さらに悪いことにブザー音がそこらかしらから鳴り響く。それを聞いた井山が慌てて俺達に何が起きたか告げるように叫んだ。
「モンスターハウスのトラップよ!」
井山の叫びと共にモンスターが出現する。ゴブリンがまず十体、スライムも十体、オーガが五体にシャドーが八体とまさに絶望的な戦力差だ。
普通なら撤退が当然という状況だが、七海さんが捕まってしまっている。
「ど。どうするのっ? このままじゃあ――」
「逃げたところでどうしようもないわね。戦うわよ!」
「とんだ貧乏くじだな、くそ」
できればここでの消耗は避けたいけど、そんなこと言ってられない。
どうにか切り抜けてグレン二号を助けにいく。
俺はそう決意を固め、臨戦態勢を取る。モンスターがそれぞれ雄叫びを上げ、大合唱をする中で俺は目の前の敵を殲滅するために地を蹴ったのだった。
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