19:厄介な存在にはご注意を

 カラカラ、カラカラという音が迷宮村の上から鳴り響いている。どこか力のない音は不安感を与え、村に住む者達はずっと巨大歯車があった箇所を見つめていた。


 不思議そうな顔をする子ども、憤っている血気盛んな若者、抱きしめ合って慰めている女性達に、静かに動向を見ている老人など様々な者達がいる。

 こんなにもこの村に住む者達がいるんだなって思っていると、とても賑やかな声が耳に飛び込んできた。


「明志くーん! おっ待たせー!」


〈アカ氏おんどれ生きとったかぁぁ!〉

〈心配したぞコノヤロー!(ムキュムキュ〉

〈恋しすぎて夢に出てきたぞコノヤロー!(はわわ〉

〈大好きかよwww〉


〈きもwwwww〉

〈通報しましたw〉

〈おまわりさんあいつです(ぴしっw〉

〈もしもしポリスメーン!www〉


〈ハァハァ(//∇//)アカ氏ハァハァ〉

〈もっと、アカ氏成分をもっうわなにをするやめっ!〉

〈www〉

〈www〉


〈wwwww〉

〈w〉

〈w〉

〈wwwwwww〉


 賑やかだな、ホント。というか俺の覚醒なんで発動しているんだよ。

 あ、そういえばさっき井山の覚醒スキルを使うために発動させたんだった。いやだとしてもとっくに効果は切れてるはずなんだけど。


 もしや、俺って強くなったか?


「どったの?」

「いや、何でもない。それよりカナエ、お前配信してるのか?」

「え? なんでわかったの!?」

「いや、俺の覚醒スキルが発動しててさ」


「うー、ひっそり撮ってドッキリ仕掛けようとしたのにぃー!」


 カナエはとても残念そうな顔をしている。まあ、こいつにとって配信は生活するのに欠かせないものだからな。

 でも、さすがに企画立ててやるにしても状況を考えてほしいんだけど。


〈アカ氏にバレた!〉

〈なんやてクドー!〉

〈せやかてクドー!〉

〈いやおれリンドウなんだけど〉


〈知るかカスw〉

〈燃えちまえw〉

〈もえあがーれもえあがーれ〉

〈やめろそれ以上ダメだ!〉


〈うっせぇもえあがれニャンダム!〉

〈いやおれリンドウなんだけど!〉

〈知るか燃えちまえ!w〉

〈もえあがーれもえあがーれ〉


〈おわらねぇー!www〉


 脱線してるぞお前ら。というか俺のこと、本当はどうでもよさそうだな。

 いやまあ、別にいいんだけど。全然寂しくなんてないからね!


「ホントにどうしたの明志君?」

「なんでもないさー」

「ふぅーん、なんでもないんだー」


 くそ、なんか全てを見通しされてる気がする。そもそもこの覚醒スキル、カナエはものだからこうなってる状況を知らないはずないか。

 にしても、なんで配信をしてるんだ? ここってそもそも配信に映してもいいのか?


「グレンさんには許可取ったよ。それに、みんながいたほうが心強いでしょ?」


 カナエは優しくも力強く笑ってそう言葉を口にした。どうやらカナエなりの元気づけで、気遣いだったようだ。

 確かに心がほぐれたし、変に元気にもなったか。やれやれ、なんかこいつにはなんやかんやで敵わないな。


 そんなこんな考えつつ、カナエに感謝をしていると「おーい」という声が入ってきた。振り返ると少し離れた所に手を振っている井山の姿がある。

 どうしたんだあいつ、と思って見つめていると井山が「こっちに来てー!」と叫んだ。


 俺はカナエと顔を一度合わせてから井山がいる場所へ向かう。そこには先ほど崩れ落ち、どうにか木っ端みじんにした巨大歯車の瓦礫があった。


「どうしたんですか、井山さん?」

「ちょっとこれ見て欲しくてさ」

「見て欲しいって、この瓦礫をですか?」

「そっ! なんかこれ、変な傷がついてない?」


「ヘコんでいるようにも見えなくはないけど、これがどうしたんですか?」

「ちょっとおかしいんだよね。だってこんな傷跡、普通落ちたらできないもん」

「そうですか? 何かが下にあったら傷やヘコみなんてできますよ」

「何かがあったらね。でも、その前に君が粉砕したじゃんか」


 言われたら確かにそうだ。迷宮村を守るために、できるだけ被害を抑えるために井山の覚醒スキルを使った。

 もし仮に下に何かあって、それで傷やヘコみができたなら井山の指摘は見当外れ。でも、この瓦礫が散乱している場所はだだっ広い広場になっている。

 あるのは地面に敷きつめられた歯車とパイプ。でもそれは脅威的な強度を誇るガラス板の下にあって、瓦礫に傷やヘコみをつける要因にはならない。


 なら、これはいつついたものなのか?


「少し用心したほうがいいかもね。ちょっと嫌な予感がするし」

「嫌な予感って、心当たりがあるのか?」

「……ちょっとね」


 井山はそれ以上のことは何も話さなかった。たぶん、無駄な不安を持たせたくないからだと思う。

 それに彼女の中で確証がまだ持ててないのかもしれない。何にしても警戒していたほうがいいだろう。


「さ、そろそろ行こっか。グレン二号だっけ? 結構待たせちゃってるし」

「あ、ああ」

「そらレッツゴー! あ、カナエちゃんそういえば配信してる?」

「してるよー。ゴリラッパーが暴れてるよー」


「マジ? 後でお灸をすえなきゃね!」


 井山はさっきの調子でグレン二号がいる迷宮村の門へ向かう。カナエはその後ろを追いかけ、俺も一緒に進もうとする。


 ふと、俺は妙な視線を背中に感じた。

 ひどく冷たく突き刺さるようで、そのうえ大きな敵意がある。それはモンスターから向けられる殺意とは違う意思を持つ危険なもの。

 思わず巨大歯車があった天井に目を向ける。だが、そこには空洞しかなく残された歯車がカラカラと寂しい音を響かせ回転してる光景しかなかった。


 だけど、俺は確証を持っていた。

 あそこに誰かがいる、と。


「明志くーん、行くよー」


 カナエに呼びかけられ、俺はその場所から視線を外す。もしかしたらただの勘違いだったかもしれない。だけど、確かに気配を感じた。

 奇妙な感覚を持ちながらカナエ達の元へ向かっていく。気になるけど、今は関係ないと言い聞かせながら――



『遅いぞお前ラ!』


 迷宮村の門の前で待っていたグレン二号に俺達は真っ先に怒られた。まあ、だいぶ待たせちゃったから仕方ないか。


 ひとまず俺達は平謝りして迷宮の最深部へ向かう算段を立てることにした。


『ったく、早くしないと厄介なモンスターが大量発生するというの二。まあいい、ボクについてこイ』

「ついてこいって、道がわかるのか?」

『近道から裏道まで知ってるヨ。でも今回進む道は比較的安全だけど少し時間がかかる道ネ』

「あれ? 時間がなかったはずだよね?」


〈そうだそうだ!〉

〈そう聞いた!〉

〈待て、これは罠かもしれない〉

〈罠だと!?〉


〈マジかよ! かなちん気をつけろ!〉

〈でゅふふふそうだよハマったら最後だよぉぉぉぉぉ〉

〈お前は! キモオタキモオ!〉

〈出たキモオ!w〉


〈おい珍しいなこの時間〉

〈あれもう丑三つ時か?w〉

〈でゅふふふでゅふふふ今日は仕事休みなんだでゅふふふ〉

〈きもっw〉


〈おいテンション上がってるぞ!w〉

〈テンションやばwww〉

〈囲め囲め! かなちん守れ!〉

〈俺達かなちん親衛隊!〉


〈でゅふふふかなちんは僕の隣で寝てるさ〉

〈は?w〉

〈はw〉

〈はぁwww〉


〈出た妄想癖!w〉

〈きもっ妄想きもっw〉

〈どうせお手製の抱き枕だろw〉

〈ママに頼み込んで作っただけだろ!w〉


〈ママお手製!!!wwwww〉

〈きもっさすがキモオタキモオ!www〉

〈残念だね君達これはママお手製じゃないよ〉

〈なんせ僕が作ったんだからねでゅふふふ!!!!!〉


〈やっばきもっwww〉

〈違う次元のキモさなんだけど!w〉

〈やばっw〉

〈やばっwww〉


 なんかすげぇー奴が来たな。これは対応が大変そうだ。

 にしても、カナエのところのリスナーって癖がすごく強いんだけど。まあ、カナエのことだからそれなりの対応しそうだけど。


 いや、今はキモオタキモオを気にしてる場合じゃない。グレン二号が通ろうとしてる道について聞かなきゃ。


「確かにカナエの言う通りだな。時間がないなら少し危険でも近道できるルートを通ったほうがいいんじゃないか?」

『言いたいことはわかル。だがこれには理由があル。その理由はさっき言った【厄介なモンスター】が関係するんダ』

「もしかして、迷宮エリア2にいる【メモリア】が関係してる?」


 井山が思い出したかのようにモンスターの名前を口にすると、グレン二号が『そうダ』と言い放った。

 返答を聞いた井山は途端に苦い顔になり、グレン二号に確認するかのように訊ね始める。


「マジ? あれすっごい苦手なんだけど」

『得意な奴はいないと思うガ。とにかく急がないと大量発生すル』

「嫌なんだけど! どうして早く言ってくれなかったのよ!」

「なあ、井山さん。そのメモリアってなんなんだ?」


「私も聞いたことないよ、そのモンスター」

「トラウマほじくり返しモンスターよ。もうあいつに何度ひどい目に合わされたか。ホント思い出すだけでも涙が出てくるわ」


 よっぽど嫌な目に合わされたんだな。思い出してなのか、目がすごくウルウルしてるし。

 まあ、俺より上の探索者だと思う井山がここまで拒否反応を出すんだ。とてもヤバいモンスターなんだろう。


『そろそろ出発するゾ。もうギリギリダ』

「そうね、とっととエリア2を抜けなきゃね」


 俺とカナエは顔を見合わせる。結局、どんな風にヤバいモンスターなのか一切情報をもらえずわからなかったためだ。

 でもまあ、案内人であるグレン二号と先輩探索者の井山が警戒してるんだから警戒したほうがいいだろう。


 こうして俺達は迷宮村を出発する。

 これから起きるトラブルがとんでもなく大変だということを知らないまま。

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