11:撮れ高チャンスの別名は超ピンチ

 仲戸河迷宮――そこは歯車がカチカチと狂いながら音を響かせている場所だ。外壁の飾りと思っていた歯車が止まることなく回り続け、並んでいた。

 その連なりは迷宮内部にも続いており、カチカチと幾重に響き渡る音が心をザワつかせる。


 そんな迷宮に俺は乗り込もうとしているとカナエが「ちょっと待ったー」、と声をかけてきた。


「なんだよ? まさかおやつを忘れたとか言うんじゃないよな?」

「五百円分を用意するの大変だったよ! 今から取りに帰っても、って違ぁーう! そうじゃないから、明志君っ」

「じゃあ飼っている猫をゲージにしまい忘れたか?」

「もぉーあの子ったら甘えん坊でいっつも顔を舐めてくるの。でも猫の舌って返しがついてて痛いのなんの、ってそれも違ぁーう! いい加減怒るよ、明志君!」


 なんやかんや俺のボケに乗ってくれるカナエが面白い。たぶんこんなやり取りをリスナーとやっているのだろう。

 まあ、なんか重要そうなことみたいだからボケるのはここまでにしておこう。


「わかった、真面目に聞くよ。それで、何なんだ?」

「わかってないなぁー、明志君。これから君は配信するんだよ? なのに機材も何もないじゃない。それじゃあ配信どころか録音すらもできないから」

「まあ、そうだけど。でも機材詳しくないし、そもそも買う金もないし」

「全く、ホントわかってないなぁー明志君。仕方ない、ここは私が一肌脱いであげちゃう!」


 カナエがそう言い、パチンと指を鳴らす。すると待機していた一台の高性能ドローンが俺の前に飛んできた。

 よく見るとそれにはカメラが搭載されている。そんな高性能ドローンが俺に近づき、胸元あたりの高さに止まり、その上部に視線を向けるとそこには黒いインカムが置かれていた。

 俺は思わずカナエに振り返るとニッコリと満面の笑顔を浮かべ、こう言い放つ。


「貸してあげるっ。だから盛り上げてね!」


 どうやらこれはカナエなりの優しさのようだ。しかし、盛り上げてねって。やったことないから盛り上げ方わからないんだけど。

 ひとまず俺はカナエに促されるがままインカムを左耳に装着する。そして機能を起動させ、カナエに振り返った。


 するとカナエは持っていたスマホ画面を俺に向けてくる。その画面には俺の顔がしっかりと映っており、コメント欄を見ると流れるように文章が表記されていた。

 そのコメント数はすでに五百件以上となっており、そんな数値を見た俺は思わず身体が震えてしまう。


〈アカシくんビビってるぅーw〉

〈どうした? 初めてか? 力を抜けすぐに楽になる〉

〈気づいたぁー(≧∀≦)アーッ!〉

〈へへ、お前のハジメテをいただいたぜ(・д・)ヘヘッ〉

〈ハァハァ(´Д`)ハジメテ…いい響き〉


 コメント欄はどうやら盛り上がっている様子だ。しかし、なんか変態じみた奴らが多い気がするんだけど気のせいかな?

 ま、まあ、元々はカナエの配信を見ているリスナーが多いんだろう。あ、でもそんな風に納得したらカナエのリスナーは変態が多いってことになるか。


「いやー、さすが明志君だね! みんな大盛り上がりだよ!」

「俺、何もしてないけど」

「さすが私のししょーだねっ! でも配信は私が教えたから私がししょーか。よし、明志君。今日から私のことをししょーと呼びたまえ!」

「いや、呼ばないから」


 カナエが感情的にムキーッと呻きながらとても悔しがる。するとそんな彼女を見てリスナー達のコメントが〈www〉や〈草〉といった言葉で埋め尽くされていた。

 うーん、この〈www〉というのはなんだろうか。あと〈草〉ってどういうことだ? 中には〈大森林〉とコメントしているリスナーがいるけど、どういう意味なんだ。


 わからん。全くわからん。

 仕方ない、後でカナエに聞いてみよう。


「さ、明志君にドローン貸したしそろそろ出発するよ! 目指すは最深部っ! 眠るお宝を手に入れるために突き進むよっ!!!」


 意気揚々にカナエが歩き出す。そんなカナエの姿を映すドローンを見つつ、俺も進む。

 賑やかな借用式を終えたこともあってか、不気味に響き渡る歯車の音が気にならなくなっていた。それはある意味ありがたいけど、たぶん狙ってはいない効果だろう。


 にしても、カナエはすごいな。たくさんの人の心を掴んでいるし、飽きさせないように頑張ってるし。そりゃそんな努力が実を結べばすごいことになるか。

 そんなことを考えつつ進んでいるとさっそくトラブルが起きる。それはポメラニアンが前方から駆け寄ってくるというものだ。


「わぁー、ポメだぁー!」


 モコモコとした毛皮を持つワンコは愛らしく「キャンキャン」と鳴いていた。カナエはそんなポメラニアンを迎え入れようと駆けていく。

 そんな光景を見て俺は頭を捻った。


 なんで迷宮にポメラニアンがいるんだ?

 こんな所に小型犬なんて迷い込むのか?

 そもそも迷宮に入るには探索者コインがないといけないし、あーでも間違って拾い食いして迷宮に迷い込んだって事例があつまたな。


 だけどあれは悲しい結末だった気がする。確か、モンスターに襲われて皮を剥がれて――


「カナエ!」


 俺は慌ててカナエの名前を叫んだ。でもカナエは聞こえてないのか、もう目と鼻の先といえる距離まで近づいていた。


 くそ、このままじゃあヤバい!


 俺は自分の直感を信じ、探索者コインを握り締める。そのまま影から針を生み出し、カナエの影へ飛ばした。


「およっ?」


 針が突き刺さりカナエの動きが止まる。それを見たポメラニアンは豹変し、その正体を現した。

 その身体は巨躯であり、小型犬に収まっていたとは思えないほどのもの。人の身体なんて優に超え、その身体は歯車とパイプでフレームが形成されていた。

 けたたましく動くモーターはおそらく心臓部であり、カナエを睨みつける目は真っ赤に輝いている。そんな見たこともないモンスターからカナエを助けるべく、俺は影糸を引っ張った。


「おおっ!?」


 思いっきり影糸を引っ張るとカナエの身体が浮く。思っていたよりも身体が軽かったためちょっと勢いをつけてしまったがそれがちょうどよかった。


 モンスターが牙を剥き出しにし、遠くへ逃げようとするカナエに噛みつこうとする。だがそれよりも早く俺はカナエの身体を引き寄せ、そのまま抱きしめて逃げた。

 一度ガチンと大きな音を立てて口を閉じるモンスターだが、執拗な性格らしく追いかけてくる。迎撃するかどうか考えたが、すぐに逃げる選択をした。


「あ、明志君っ」

「逃げ一択だ。あれはヤバい」


 追いかけてくるモンスターが撒き散らす蒸気を浴びた歯車を見る。それはドロドロに溶けており、よく見るとモンスター自体も溶けていた。

 もし下手に相手をしたら俺達は溶かされて死ぬ。


「BOBOBOBOBOOOOO!」


 くそ、すごくしつこいな。だけどこのまま逃げ切れば奴は自滅する。


 そう考えて走っていると、「キャンキャン」という鳴き声が耳に入ってきた。目を向けるとそこにはかわいらしいチワワがいた。

 まさか、と思っているとチワワの頭部が割れていく。そしてそのまさかの二体目が登場した。


「GUBOOOOO!」


 ヤバいなんてレベルじゃないぞ。二体目が来るなんて聞いてない!

 くそ、逃げ道を塞がれた。こうなったら戦うしかない。

 だけど、どうする? 下手にぶつかり合えば一緒に死ぬだけだ。


「うわわ、囲まれたよ。ど、どうしよう明志君」

「どうするもこうするも、戦うしかないな」

「こ、怖いよぉー! こんな奴に勝てないよぉー!」


 カナエが目をウルウルさせ、俺の背中に隠れる。モンスターはそんな彼女の姿を見てか興奮しているように見えた。

 序盤の序盤でとんでもない状況だ。さて、どうやってこいつらを倒そうか。


 くそ、せめて出現モンスターの情報ぐらいでも手に入れておけばよかった。そうすれば対策できたかもしれないしな。


「明志君っ! あいつ、モーターを潰せばいいみたいだよ!」

「モーター?」

「リスナーが教えてくれたよ! モーターを壊せば動けなくなるから、その時にコアを壊せばいいって」


 リスナー――そうかその手があったか!


 俺はカナエの言葉を信じ、針をモンスターの胸にあるモーターへ飛ばす。

 奇襲を受けた形になったそれは回避する素振りも見せずに針を受けた。俺は突き刺さると同時に影糸を弾く。途端に針は弾け、黒い花を咲かせた。


「GABOOOOOッッッ!!!」


 モンスター達は悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。動けなくなったそれは噴き出す煙によって身体が溶けていき、悶えながら消えていった。

 俺はフゥーっと息を吐き出して胸をなで下ろす。どうにか助かった、と思っているとカナエが声をかけてきた。


「さっすが明志君! ヤバヤバのモンスターを一発で倒しちゃうなんてとんでもない実力だよ!」

「いや、俺だけじゃあどうしようもなかった。情報があったから倒せたよ」

「いやいや、実力がなかったら倒せなかったよ。でも、弱点がわからなかったら死んでたかも」

「教えてくれた人、わかるか? お礼を言いたいだけど」


 カナエは考える。だがすぐにスマホの画面を俺に向けた。

 コメント欄を見ると、そこには〈俺だよ俺〉とコメントしているリスナーがいる。よく見るとその名前は〈ゴリラッパー〉とあった。


「お前かよ!」


 思わずそんな言葉を叫ぶと、コメント欄が〈www〉と〈草〉という文字であふれた。

 なんだか悔しいが、俺はゴリラッパーに素直にお礼を伝えたのだった。

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