第4話

 時刻は正午、照りつける日差し肌を焼きながら目の前に流れる川を眺める。周囲からは水の流れる音の他、聞き飽きた蝉の声、複数人のはしゃぐ声、木々の揺れる音…は残念ながら風が吹いていない現在は聞こえてこなかった…。風が吹いていればこの茹だるような暑さも少しはマシになるかもしれないのに。そう水面で反射する光に目を細めながら心の中で口をこぼす。


「何か面白いものでもあった?空ちゃん。」


 いつの間にか隣に来ていた小鳥ちゃんが私の顔を覗きながら尋ねてくる。


「別に。特に何もないよ。」

「そっか。それにしても川辺だからって涼しくならないね。」


 そう言った小鳥ちゃんはもっていたタオルで汗を拭う。


「そりゃそうだよ。風もないし、雲ひとつないし。良い加減、汗が鬱陶しい。帰ってシャワー浴びたい。」

「確かに。」


 小鳥ちゃんは私の文句に苦笑しながら、汗を拭ってくれる。


「でもせっかくのバーベキューだから美味しいお肉でも食べよっか。」


 小鳥ちゃんに手を引かれながら、バーベキューの準備をしている集団の元へと戻る。兄の他、今日知ったばかりの人たちがいる。兄の入った天文部の人たちだそうだ。その中にはもちろん兄を狙っていると思われる。先輩もいた。何でこんな暑い中バーベキューに来てるんだろうと後悔しながら振り返る。






 夏休みに入りどこにも遊びに行かず、クーラーの効いた涼しい家にずっとおりたまに小鳥ちゃんが遊びにくる生活を送っていた。そんなある日、晩御飯を食べてる時に兄がバーベキューに行く話をし出した。


「来週、部活でバーベキューすることになった。」

「お泊まりするの?」

「いや、日帰り。」


 確かそんな感じの話を兄と母がしていたはず。私は特に興味なく晩御飯のそうめんを食べていた。夏休みになると昼ごはんや晩御飯がそうめんになること増えて飽きてきていた。この日は昼と夜、2連続だった。せめて麺類でも冷やし中華にしてほしい。別に兄がバーベキューに行こうがキャンプに行こうがどうでもよかった。


「あ、でもその日私もお父さんも用事でいないのよね。空が1人でお留守番することになっちゃう。」


 唐突に母がそんなことを言い始めた。いや、もう良い加減1人でお留守番くらいできる。そもそも何日も1人でいる訳でもなく、1日も満たない間だけだ。過保護かと言いたくなる。勘弁してほしい。だが、この一言で流れが変わった。


「そうだな、少し心配だな。」


 父までがそんなことを言い始めた。どうしようかと悩む両親に兄が言いやがった。


「じゃあ、空もバーベキューに連れて行っていいか聞いてみるよ。」


 この一言で私が天文部のバーベキューに参加することが決まった。私の「1人でお留守番ができる」という意見は採用されなかった。小鳥ちゃんも参加できるように頼むのが限界だった。






 兄から焼けたお肉や野菜をもらい、太陽の日差しから逃げるように木々の影へ避難する。味は美味しいというかこういうのって大体つけるタレとかで決まる気がする。食べている中誰かが近づいてきた。


「どう美味しいかしら?」

「はい、おいしいです。」


 名前は忘れたが確か兄を狙っていると思われる先輩のはずだ。何しに来たんだろう。


「確か…、くうちゃんだったかしら」

「馴れ馴れしく呼ばないでください。」


 先輩は目を見開いて固まっていた。小学生からこうもはっきりと愛称で呼ぶことを拒否されるとは思っていなかったのだろう。


「空です。」

「そう、ごめんなさい。天宮さんがそう呼んでいたから勘違いしちゃんたわ。」


 私を空(くう)ちゃんと呼ぶのは小鳥ちゃんだけだ。他の人に呼ぶのを許してないのもあるけど。小鳥ちゃんが何でそう呼ぶようになったかはあまり覚えていない。確か愛称がほしいとかそんな話をしたんだと思う。


「楽しいかしら?」

「正直、暑いし汗かくし、知らない人ばかりで居心地悪いです。」

「それはそうよね。高校生だらけの中で1人だけ小学生だものね。」


 それから先輩とは、兄との仲や兄の家での様子を聞かれ逆に部活の時の兄の様子を聞かされた。兄はちょくちょく私の話をするらしい。私が兄ではなく小鳥ちゃんとばかり遊んでいて寂しい、とよく喋っていたと話す先輩のはにかんだ笑顔をしていた。先輩と何を話したかなんて全然覚えていないが、その笑顔だけはかろうじて覚えていた。




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私(空):

 兄に連れられて、天文部のバーベキューに参加することになった。連れてきた陸を割と恨んでいる。年上の知らない人ばかりで居心地が悪かった。先輩と話したが真面目そうな人だなぐらいしか印象を抱いていない。

 小鳥にだけくうちゃんと呼ぶことを許している。

 バーベキューの好きな食材は、肉とじゃがいもとかぼちゃ、嫌いなのはネギと玉ねぎ。陸にネギと玉ねぎを皿に乗せられるも、裏で陸の皿に移している。


陸:

 1人で留守番させるのは不安なので連れてきた。空もなんだかんだいって楽しんでくれるかと思ったら終始ご機嫌斜めでしょんぼりしている。空が年上の知らない人ばかりで気まずいことに気が付かないあたり鈍感である。

 過去に一度、空をくうちゃん呼びしようとしたが、拒否されている。


天宮小鳥:

 空が高校生だらけのバーベキューで1人だと居心地悪いだろうと思って参加した。唯一、空をくうちゃんと呼んでいる。


先輩:

 陸の所属する天文部の先輩。部員数の問題で廃部になりかけていたが、陸の他1年生の入部のお陰で廃部を免れた。今回のバーベキューの主催、空が1人で参加するのは気まずいだろうと思い小鳥の参加を快諾した。

 初手で空を愛称で呼んで拒否された。

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