再演、あるいは再解釈

(※暴力表現が含まれます)



 十代の頃は喧嘩ばかりしていた。


 喧嘩を支えに生きていたと言ってもいい。


 でも別に見境なく喧嘩を吹っかけていたわけじゃない。


 狙うのは不良グループではなく、主に一人で暴れている乱暴者。ターゲットが人気のないところに行くのを見計らい、偶然通りがかった振りをして肩でもぶつけてやるのだ。


 当然、相手は臨戦体制に入る。そこで更に挑発するような言葉をかけて怒りを煽ってやる。


 容姿、成績、家庭環境。最もコンプレックスを抱いていそうな箇所を的確に抉れば、大抵の奴は血相を変えて殴りかかってくる。


 拳がヒットして倒れた俺に、相手は馬乗りになる。あるいは蹴りつける。自慢じゃないが俺は腕っ節はめっぽう弱く、基本的に抵抗は無意味だ。


 それでもどうにか相手に痣の一つでも作ろうと殴り返すのは、「喧嘩」の体を保つためだった。俺が一方的に暴力を振るわれたとなれば、相手が処分されてもう「喧嘩」ができなくなるから。


 胎児のように身体を丸めて暴行に耐えていると、胸が痛くて苦しくてどうにかなりそうで張り裂けそうに高揚した。ごめんなさいごめんなさいと呟きながら、俺は深い安堵を覚えていた。


 俺は奴を怒らせた。だから奴は俺を殴る。相応しい罰を与えている。俺にでもわかる明快な摂理がまさに証明される瞬間だった。納得できるということの快感に俺は酔いしれた。


 高二の時に殴られながら笑っているところを見られ、イカれた奴だと気味悪がられて誰にも近づかれなくなるまで「喧嘩」の日々は続いた。


 古い傷は新しい傷に隠され、どれが誰に付けられた傷なのかもうわからなくなっていた。





 社会に出てからは、適当な相手を煽って飢餓感を癒やすことも難しくなった。そこで俺はSNSを使ってみることにした。


 「男を殴りたい男、募集中」と入力し、顔には自信がないが自撮りも添えて、「つながりたい」系のハッシュタグを大量に付けて投稿した。


 釣れた男は二人。一人はSM趣味のゲイだったが、プロフィールに「プレイは安全第一!」と書いていたので除外した。もう一人は普段の投稿を見る限り非常に利己的かつ他責的で、ヤバい奴の臭いがぷんぷんしていた。俺は胸のざわつきを覚えながらヤバいほうの男へダイレクトメッセージを送った。


 指定された場所は男の自宅だった。駅まで迎えに来た男は一見すると普通の休日の会社員で、家まで歩く間には当たり障りのないことを饒舌に話していた。


 男の開けた玄関から一軒家に上がる。鍵の閉まる音と同時に、男のスイッチが切り替わるのを感じた。この感じ。知っている。


「不自由してたんだよね。嫁が子供連れて出て行きやがったから」


 先ほどとは打って変わった冷淡な声で言いながら男が近づいてくる。ここは密閉された男の縄張りだ。泣いても叫んでも助けは来ない。怖い。怖くて、焦れったい。


「ほら、どうしてほしいの? さっさと言わなきゃわかんないでしょ。馬鹿なの?」


 恐怖と高揚で震えながら「殴ってください」と言う。直後に拳が飛んできて、脳が痺れる。


 ごめんなさい。許して。ごめんなさいごめんなさい。か細い声が聞こえる。それが自分の口から漏れていると気づいて、頭に血が上って、興奮でわけがわからなくなった。


 男は俺の髪を掴んで顔を上向かせた。


「あのさぁ、オレは殴ってほしいって頼まれたから殴ってあげてんの。奉仕の精神。わかる? この拳はさ、愛なんだよ」


 男の手が側頭部に当たり、左耳がよく聞こえなくなった。そんなことはどうでも良かった。俺は一番聞きたかったことを聞いた。一番知りたかったことを知った。


 ぽろぽろと涙をこぼしながら頭を下げる。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。


「ちゃんとお礼を言える可愛い子にはご褒美をやろうな」


 再び拳が顔に当たる。燃えるような痛みが喜びとなって全身を麻痺させる。


 そうか、これは愛だったんだ。


 これが愛なら、俺はずっと、ずっとずっと、父さんに愛されていたんだ。


 父さんは愛し方がちょっと不器用なだけで、俺は愛されるに足る良い子で可愛い息子で、俺のこと嫌いだったんじゃなくて、理由のない八つ当たりでもなくて、俺は認めてもらえるようなことを何もできない無価値ないいらない子じゃなくて。


 よかった。

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