意味

 水の出ない円形の噴水で、螺鈿細工のような鱗が煌めく。


 王子を誘惑したかどで捕らえられ、脚を奪われた人魚姫は、気怠げに淀んだ水の上を巡り続けている。


 噴水の端には白い壺が置かれている。反対側には黒い壺が。


 人魚姫は白い壺から貝殻を取り出し、噴水の中を這って行き、黒い壷に運ぶ。一度にたくさんは運べない。溜まった水は泳ぐには浅過ぎて、移動のために片手が必要だ。欲張って取り過ぎた貝をこぼせば、噴水の底の石と魚の体との間で、貝殻は鱗を引き剥がす棘となる。


 今日は白い壺から黒い壺へ。明日は黒い壺から白い壺へ。貝殻をひたすら移動させ続けるのが、彼女に与えられた罰だった。


「罰は甘んじて受けましょう。でもせめて意味が欲しいの」


 人魚姫は看守役である私に訴えた。


「明日にはまた白い壺に戻さなきゃいけないのに、今日は黒い壺に貝殻を移さなきゃいけない。頭がおかしくなりそう」


 噴水の縁にぐったりともたれた人魚姫の横に腰かけ、私は水に浮いた鱗を指ですくった。見る角度によって微妙に色彩を変える、美しいものの断片。


「人魚姫様は、幼子に繰り返し食物を与えることを無意味だと思われますか? 今日たっぷりと与えたところで、明日にはまた腹を空かせるのに、と」


 人魚姫は乾きかけた長い髪を揺らして首を傾げた。


「思わない。毎日食事が必要になるのは当たり前のことでしょう?」


「同じことですよ」


 すくい上げた鱗を白い石の上に並べる。城の中庭に降り注ぐ日光がその色を失わせていく。


「幼子の口に入った食物は、やがて朽ちて土となり、草木を育み、動物の糧となり、また食物となって幼子の口に届けられるのです」


 私は反対側に置かれた黒い壺を指差す。


「今日はあの壺に与える。食べた後は排泄しなければなりません。取り出して、巡らせ、再生させて、今度はこちらの壺に与える。循環させることが大切なのです」


 人魚姫は焦点の定まらない目で二つの壺を眺めた。私は噴水から離れ、後ろで手を組んで人魚姫の見張りに戻った。





 それからしばらく経って、私は上官に呼び出された。人魚姫を海に戻す計画については以前から噂されていた。それを本格的に進めるに当たり、姫をずっと見ている私に意見を求めたのだった。


「人魚姫様は戻りたいとお思いにならないかもしれません。壺を王子様との間のお子と思って甲斐甲斐しくお世話なさっておいでですので」


 報告を聞いた上官は気まずそうに目を背け、そのような状態で海にお帰しするわけにはいかないなと言った。


 中庭に戻ると人魚姫は忙しげに貝殻を運んでいた。魚の胴に傷が付くのも厭わず、一心に壺を目指す。壺の形をした可愛い我が子に笑いかけ、優しく貝殻を食べさせる。


 彼女を見ていると胸が痛んだ。だがその行為をやめさせることはできない。夢から覚めたなら、彼女は無意味さに殺されてしまうだろう。


 どうしようもなく停滞したこの状況は、しかし私に安堵を与えてもいた。彼女に意味を与えるという意味を、私はまだ失わずに済むのだから。

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