こんにちは こんばんは また明日

白紙

おはよう

 「おはよう」

 毎朝、バスの中で声をかけてくれる君。

 「おはよう」と私も返す。同じ高校でもなければ、名前も知らないのに。いつの間にか、挨拶を交わすのが日常になっていた。

 きっかけは半年前。朝寝坊した私は慌てて身支度を整え、カバンのファスナーが開いていることに気づかないまま家を出た。いつも乗っているバスに遅れないよう、バス停まで全力疾走。そのおかげで、何とか間に合った。ただ、慌ててバスに乗り込んだことで、いつもならつまずかない低い段差に足を取られてしまう。案の定、カバンの中身が車内に散らばってしまった。「すみません」と謝りながら、散らばった荷物を拾う。すると、目の前にいた男子高校生が「大丈夫?」と手伝ってくれた。

 それが君との出会い。

 毎日のようにバスに乗っているので、この時間に乗車している人の顔はおおかた覚えている。初めて見る顔の君は短めの髪の毛に小麦色の肌で他校の制服を着ていた。「ありがとうございます」と頭を下げる私に「気をつけてね」と君は爽やかに微笑んだ。その顔に思わず目を奪われてしう。一目惚れだった。それ以来、バスに乗るたび君を見かける。君は私を見ると「おはよう」と挨拶をしてくれた。初めは照れくさくて会釈しかできなかったけど、少しずつ慣れてきて、今では「おはよう」と挨拶を返せるようになった。本当はもっと話してみたい。どんな名前なのか、何の部活に入っているのか、引っ越してきたのか。君の全てが知りたい。でも、そんな勇気もなくて……。いつも話しかける前に君はバスを降りてしまう。降りたバス停の先にあるのは男子高校。ちょっと安心する自分が馬鹿らしい。君のこと何も知らないのに。出会ってから半年、好きという気持ちが募っていくばかりで何ひとつ進展はない。友達に相談してみるけど「もっと話しかければいいじゃん。見てるだけでいいわけ?もしかしたら、向こうだって話しかけてほしいって思っているかもよ」と言われるだけ。自分でも分かっているけど、その一歩がどうしても踏み出せない。(明日こそは話しかけるぞ)と寝る前に自分に言い聞かせ、朝を迎えたものの。昨夜の意気込みも虚しく、結局話しかけられないまま今日も終わった。高校二年生の私はあと少しで修学旅行がやってくる。土日に会えないくらいなら、何とか耐えられているけど。二日以上会えないのは耐えられない。だから、話しかけて連絡先聞くのは今しかない。次の日、いつもと同じバスに乗る。でも……、車内に君の姿はなかった。次の日も、また次の日も。会えないまま修学旅行を迎えた。修学旅行中も君の事が気になって仕方がなかった。何してるんだろう、私がいなくて寂しくないかな、風邪ひいたからバスにいなかったのかな。馬鹿みたいなことばかり考えていた。修学旅行から帰ってくると、休日を挟み、待ちに待った登校日がやってくる。少し会っていないだけなのに、胸がドキドキと騒いでいる。今日こそは話しかけるために、髪型を綺麗に、リップを塗って、バス停に向かう。バスに乗り込むと、そこに君の姿があった。君より先に挨拶したくて、「おはよう」と声をかける。君はわたしを見ると変わらぬ爽やかな笑みで「おはよう」と返してくれた。でも……君の隣には女性が立っていた。それも私と同じ制服、そのうえ学校一の美人と言われる先輩だった。「とおる……?」と君を見つめる先輩。君の口から名前を知りたかったのに、それは叶わなかったみたい。透と呼ばれた君は先輩に微笑み「彼女は……えっと、いつも同じバスで挨拶してる人」と言った。そうだった……、私が君の名前を知らないように、君も私の名前を知らない。「あ、そういえば、名乗ってなかったですね。私、日和ひよりって言います」と自己紹介すると、君は「俺は透で、彼女は俺の恋人」と先輩に目配せをして微笑んだ。二人は幼馴染で、かれこれ5年付き合っていると話してくれた。

 「透が中学生の時に転校してから付き合ってるんだけどね。親の都合でまたこっちに戻ってきたの」

 そう言って嬉しそうにしている先輩と照れている君。

 「そうだったんですね」

 なんて、涙を堪えて無理やり笑顔を作る。君に一目惚れした、あの日から……この恋はすでに終わっていた。私が勇気を出して話しかけたところで、恋なんて始まるわけがない。バスを降りた君は振り返って手を振る。それは私に向けられたものではない。隣で嬉しそうに笑う先輩と拳を強く握りしめる私。次の日から、私はバスを使わなくなった。母に無理を言って車で送り迎えをしてもらう。

 (終わった恋はもう忘れよう……)

 そう自分に言い聞かせて、私は夜に眠る。

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