第7話
どのぐらいのスピードかは分からないが、流花が気づいた時にはすでにどこか高い塔の上に立っていた。
うっすらと目を開くと、ネオンに溢れた街並みが眼下に広がっている。
「え、ここ、どこ?」
「通天閣」
「へ?大阪!?」
「ニーナはすぐそこだよ。新世界エリアで急にエリスが暴走した」
志苑の声の後に、どごおおんという轟音が通りから起こり、人々の悲鳴が響き渡った。
「―――え?こんな街中で?どこか、違うところに誘導できないの?」
「誘導している時間はないよ。誘導できる人員もいないし、どうせ被害者が出たとしても記憶を抹消すればいいんだ。―――来た!」
ごおおおおおぉという轟音と共に何かの塊が流花と志苑の真横をぐるぐると旋回しながら舞い上がった。その中に、見覚えのある栗毛の髪がたなびいているのが見えた。
「―――ニーナさん!」
注意を逸らしてしまったのか、緑の触手のようなものに思い切りはたかれて、ニーナは一気に急降下した。
「お願い、彼女の位置まで私を投げて!」
「無茶言うな」
志苑は流花を抱えたまま、同じように急降下した。
ニーナの横に並んだが、ニーナはぴくりともしなかった。触手にはたかれたことで、失神しているのかもしれない。このままだと地上にぶつかってしまう。
「ニーナさんの杖のところに私をつけて!私が、コントロールする!」
志苑は何も言わず、流花の通りに杖の後ろの部分に移動した。流花は大きく手を伸ばし、杖の先端を掴んだ。
その瞬間、杖が大きくうねったように震え、黄色い光を放ち始めた。その振動の所為か、びくっとニーナが反応し頭を起こした。
杖が地上にぶつかる前に、ぐいんと大きく旋回し今度は空中に浮かんだままのエリスに向かって上っていった。不安定でかつ大きく体を振り回されたので流花の体への負担は大きく、嘔吐しそうになったがこらえた。
「ニーナさん!起きて―――」
「起きてるわよ、あんた、こんなところまで何しに来たのよ……」
ニーナはちらりと後ろを見やると、そのまま前だけを見て杖を力強くつかんだ。
「志苑が連れてきたんだろうけど、余計なお世話なのよ。私一人で、こんな奴倒せるんだから!」
ニーナが声を張り上げているが、声に力はない。思った以上に疲弊しているようだ。
流花は目をつむり、杖を掴む両手に力を込めた。そして、ニーナに振り払われようと構わないと思いながら、腰のあたりに抱き着いた。
「ちょっと―――」
「ニーナさんは敵に集中してて。私は一切の攻撃が出来ないから」
そのまま額を背中に押し当てて、願った。ニーナに力を与えられるよう、眼前の敵を倒せるよう祈った。流花の力は無から生み出されるものではないだろうから、少なからず生命力が削られているんだろうけどそれでも構わない。
目の前の、流花の女神の力になるのならば、何の問題もない。
ニーナの栗毛は黄金に光り始めた。風もないのに、大きくたなびいている。
「振り落とされないよう、掴まっていなさいよ」
そのままニーナは手のひらを掲げ、何本もの光の矢を敵に放った。触手はあまり俊敏な動きが出来ないのか、何本も矢を受けて、苦しそうに咆哮をあげた。ニーナはどこからか青い槍を手にし、そのまま肉薄した。流花は必死にしがみ付いた。
敵は槍を目にし、触手を大きくしならせた。ニーナはそれをかいくぐり、背後に回ると背中に突き立てた。
おおおおおぉぉぉぉおおん
大きな声を立てて、敵は光を四方に散らして霧散した。その横を志苑が通りがかり、30代くらいの女性を抱きかかえた。
「二人とも、お疲れ様。さあ、ニーナ、騒ぎが広まる前にお片付けタイムだ。志苑のドラマの収録がこれからあるし、彼女も自宅まで送っていかなくちゃならない」
「……分かってるわよ」
ニーナはしばらく沈黙し、そのまま前を見据えながら呟いた。
「力を、貸してくれてありがとう。あんなこと言ったけど、多分、私一人じゃエリスを倒せなかった。悔しいけど。また、志苑から借りるしか方法がなかった」
流花は思いがけない言葉に、目を瞬かせた。
「でも、あんたの力ばかりを頼りにしてちゃだめだと思うの。その力だって、無尽蔵じゃない。絶対に今後、あんたの負担になってくる。私自身が、もっと強くならないと―――」
「簡単だよ、ニーナ。君の理解者のいる傍で生活をすればいい」
「―――え?」
流花とニーナの声がそろった。目の前の志苑は不気味なほどの笑みを浮かべている。
「僕だって、〈審判〉だからエリスが暴走すれば駆り出されるけど、本体の仕事もあるからそんな暇じゃないんだよ。今回みたいに、東京から大阪まで往復するのも結構力使うし。ここは力の源になる彼女の力を借りて、日頃戦闘の訓練を施した方がいいんじゃない?誰かに悟られるようならまた忘れさせればいいんだし」
「―――だから、私は自分の力だけでやりたいって」
「だから、それが無理だって言っているんだろう?君一人だけの力じゃ未熟だし、脆弱だし、使い物にならないんだよ。志苑の気持ちも考えてくれないとさ」
低い声で諭す志苑に流花はぞわっと寒気がした。淡々と述べているようで、その目は同じ人間を見るような光を宿していなかった。
「そうと分かれば、ニーナの転校の手続きをするよ。そっちには〈黙示〉のエリスもいるみたいだし、色々と使えそうな人材がそろってるしね。これを使わない手はないよ」
「……」
ぎりっとニーナは強く下唇をかみしめた。
「じゃあ、早速、お片付けタイムだ」
ぐるりと世界が暗転する際に、一瞬ニーナの切なそうな表情が流花の目に映った。
あれは、巻き込んでしまう申し訳なさから来るのか、はたまた違う何かが―――
ぱちり
目を開けると、見覚えのある白い天井が飛び込んできた。片手を上げると、いつも来ている紺のパジャマの裾が見えた。
がばっと勢いよく上体を起こし枕もとの時計を見ると朝の6:40を指していた。
いつの、6:40なのだろうか。
そして、はたりと気づく。昨日の夜からの流花は朝までどう過ごしていた?
パジャマのまま部屋を飛び出し、階段を駆け下りてリビングに飛び込んだ。美味しそうな匂いがリビング中に立ち込めていた。
「あれ、流花起きたの?早いねー」
「穂乃果さん、おはよう。ねぇ、昨夜って私と会った?」
穂乃果は不思議そうに首をかしげて、
「会ったも何も、帰ってきたら流花がご飯作って待っててくれたじゃない。美味しかったよ、鮭のホイル焼き」
「ホイル焼き……」
確かに、昨夜さざなみ食堂から帰ってきたら作るつもりだった。だけど、流花自身は作った記憶が全くない。
「確かに、私だったんだよね」
「流花そのものだったね。ドッペルゲンガーだったなら、別だろうけど。さあ、着替えてきて。ご飯できたから、食べよう」
「うん……」
穂乃果に言われ、流花はゆっくりと階段を上った。
(久我志苑が、うまく記憶の改竄とかしたのかもしれない)
だとすると、自分の知らない間に自分とは違う人物が穂乃果と鮭のホイル焼きを食べていたという事実が、とても気持ち悪い。
(とはいっても、そうでもしてくれないと穂乃果さんを心配させるだけだろうし。感謝するべきなのかな)
流花は大きくため息をついた。
そして、穂乃果に伝えるべき重大なことを思いだした。
「―――え?友達二人が、夕飯を食べに来るの?!」
朝食を食べながら、さらっと小野寺兄妹のことを話すと、穂乃果は大仰な驚きはすれど、その目には歓喜に溢れていた。
「い、いいんじゃない。まさか流花が私以外の人にご飯を食べさせてあげようなんて、ちょっとびっくりしたけど、うん、いいと思う!いつも流花が一人だけでご飯を済ましているから心配していたのよ。大歓迎!」
両手を大きく広げて穂乃果は嬉しそうに頷いた。
「あ、でも、ちゃんと食費は少し貰うようにしているから」
「え?中学生がそんなこと気にしなくてもいいのに」
「ううん、そこはしっかりしないと。それは、彼らに話してあるし、理解してもらってることだから」
「そう……」
納得いかなそうに眉をひそめたが、そこは流花の主張を汲んでくれたようだった。
「わかった。流花に一存するわ。思いっきり接待してあげてちょうだい。流花のご飯食べたら、自宅のご飯、食べられなくなっちゃうかもよ?」
言い得て妙、ではあったが、流花ははははと軽く笑って誤魔化した。
学校に到着すると、何やら校内が騒がしかった。
首をかしげながら、そういった騒ぎの根幹になることを確かめようとする気もなかったので、いつものように上履きに履き替えて教室まで移動する。
二階に着くと、職員室付近に人だかりが出来ていた。生徒たちは先生たちに注意をされているようだったが、なかなかばらけることはしなかった。
職員室の奥から先生たちと並んで小野寺朔がこちらに向かって歩いてきた。とりあえず、流花はただの一生徒として頭を下げた。頭を上げる時に、何だか同情するような視線の朔と目が合ったが気にしないことにした。
教室に入ると、何だかざわついていた。
窓側の井脇くるみとはたっと目が合ったが、思い切り目をそらされた。
朝の会の時間帯になると、広岡先生が教室に入ってきて出席を取った。何だかクラスメイト達の声が上ずっている。
「じゃあ、皆も知っていることだろうが転校生を紹介する」
変な時期に転校生だな、と思ったが、何だか不穏な感情が胸をよぎった。
扉から長い手足が見えたかと思うと、ふわっとした栗毛の髪をたなびかせ彼女が入ってきた。その表情は、これから自己紹介をして皆と仲良くなろうという色は全く見えない。むしろ、不機嫌不遜極まりないという表情だ。
「今日から二年二組の仲間になった新見ニーナさんだ。自己紹介して」
「……新見ニーナです。よろしく」
女子の間で黄色の声が上がった。男子も絶世の美少女の登場に目を白黒させたり、思わず腕で目を覆ってちらちらと視線を送ったりしている。
(まさか、こんなに早く転校の手続きをするとは―――)
流花は思わず口を開いたままニーナを見ていたようで、当の本人は目が合うとふうっとため息をついた。そして、開口一番、
「先生、私、あの子の隣に座りたいです。色々と面倒見てもらえるとありがたいなぁ」
流花を指さして、そう言い放った。
そう言った途端、クラスの大半がじろりと流花を見た。いや、むしろ睨みつけた。
恨みがましくニーナを見やると、本人は得意げにこちらを見下ろしていた。
(ああもう、やっと落ち着いてきたのに、厄介事を増やさないでよ―――)
流花は頭を抱えたくなった。
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