プロデューサーの危機

第47話 とある殺人

「おい、おっさん」

 呆れた顔で話しかける。

 ハルキの視線の先にはしょぼくれたちょび髭の男がうつむいている。


「ハルキ」

 男が小さな声で呼びかける。


「なんだよ」


「すまん」

 少しばつが悪そうな調子が漂っている。外の夜風が寒さを運び、小さな部屋の中で彼らのやりとりが冷たく響いていた。


「すまんじゃねえよ。んで? 何があったんだ?」

 ハルキの声には不安と怒りが入り混じっている。


 しばらく沈黙が続くが男は話そうとしない。


「まあ言いたくねえんならいいけどよ。んじゃあな」


 ハルキが立ち上がろうと椅子から腰を浮かすと男は「なにがなんだかわからんのだよ」とポツリとつぶやいた。

 ハルキは目を細め、男を見下ろすと再び椅子に腰掛け「訳が分かんねえのはこっちだよ。なんでツノダさんが人を殺したって事になってんだ?」とツノダの後ろにいる憲兵を睨みつける。


「あの日、何がどうなったのかちゃんと話せよ、ツノダさん」

「あ、ああ。鍋パ終わってお前らが帰ったあとな、あの土手の橋があるだろ、あそこをふらふら~って歩いてる女がいてな。俺達みたいに鍋パして酔ってんのかなぁって思ってさ、見てたのよ」

「女? んで?」

「んで? ってお前、だから見てたの!」

「見てただけで殺人犯にはならないだろ!?」

「だって覚えてるのはそれだけだもん」

「ツノダ、ツノダ! もう呼び捨てる。だもん、じゃねえよ、訳が分かんねえだろうが。さすがにそれだけで憲兵隊に捕まったりしねえだろうが。しかも死んでたのは男だよな? 橋の上を歩いてた女なんて関係ねえじゃねえか」


「そうなんだよ。だからわけがわからんって言ってるじゃないか。で、気づいたら目の前に男が横たわっててさ俺は憲兵隊に両脇抱えられてさ、んでここにつれてこられたんだって。こう、両脇をさ、抱えられてさあ!」

 ツノダの声は戸惑いと混乱が交錯する。ハルキは一瞬、驚きと疑念が入り交じった表情を浮かべた。


「ちょっと待てよ、ツノダさん。覚えているのは女が橋を歩いていたことだけってことか?」


 ツノダはうなずきながら「そうだよ、それが全部だ」と言った。彼の表情は未だに混乱と疑念が交錯する中で揺れ動いていた。


「おかしいな」そうつぶやいたハルキの表情は厳しさを増していく。


「ん? なんだ? なにかわかったのか? なあハルキ、ハルキ!!」

「うるせえよ、見つめながらなんべんも呼ぶな! ツノダさん、その時、その女はどんな様子だった? それから死んでた男は見覚えがねえんだな?」


 ツノダはしばらく黙って考え込んだ後、「あ、ああ、その女も男もよく見えないくらい暗かったしな。まあ、鍋パの後でボーッとしてたし。でも、女は髪の毛が風になびいてたな」と答えた。


「風になびいていた、か。女の服装は?」

「うーん、普通?」

「知らねえよ、なんだよ普通って」ハルキが少しイラついたように言い返すと、


「あ、そういえばあの女、なんかキラキラ光る金属を持ってたような気がする。まあ、よく見えてなかったから確かめきれないけど」

「キラキラ光る金属? なんだそりゃ、イヤリングとかか?」

「いや、違う。いや、わかんない」

「ツノダさん、そこ結構大事かもしんねえぞ。しっかり思い出せ!」

「うーん、わかんない」

「だよなあ。まあいいや、しばらくここでおとなしく捕まってろ」

「ええ? 連れ出してくれんじゃないの?」

「そんなわけねえだろ。おとなしく捕まっとけ!」


 今回はこうして事件が始まったのだった。

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