第10話 関東電鉄総帥 近藤鉄三

 早速、営業が始まった。

 最初は、日本一の売り上げを誇る関東日本ツーリストだ。この関東日本ツーリストの社長、近藤鉄三は、関東電鉄グループの総帥でもある。

「業界トップを落とせば後は簡単、あと赤子あかごの手をひねるようなもんだ。俺は営業やらせても天才だな」

 渡辺は自信満々だ。


 デモンストレーションが始まった。本社ビルの一階フロアーから50階の展望フロアーまでの瞬間移動をするというものだ。

 一階フロアーと展望フロアーは、本社の社員で埋め尽くされた。テレビ画面からは、しばらく遠ざかってはいたものの、渡辺とジュリーのコンビの人気は、まだまだ捨てたものではない。

「なんか、ちょっといい気分ね」

「まあな」

 観衆を前に久々の高揚感こうようかんだ。悪くはない。

「ジュリー、きょうも赤パンかい?」

 観衆の中から声がかかる。

 どっと沸いた。

「残念、きょうは白パン」

 もっと沸いた。


 デモンストレーションは滞りなく終わった。ジュリーは、緑のプラズマに包まれると一階のフロアーから消え、次の瞬間、緑のプラズマが展望フロアーに現れた。プラズマが消え去ると、そこには生身のジュリーが立っていた。

 一階フロアー、展望フロアーともに観衆から大きなため息が漏れ、そして、拍手と歓声に包まれた。

 だが、うまく事が運んだのもここまで。


「確かに、あれを見せつけられると、先生の言うようにサイエンスだと認めざるを得ませんな」

 社長室に招かれた二人は、関東日本ツーリスト社長の近藤鉄三の言葉を聞いていた。

「だが、これを採用することはできんですな」

「え、どうして?」

「旅の目的は何だと思いますか、先生」

「…………..?」 

 近藤は続けた。

「もちろん、目的地に着くということが目的です。ですが、観光旅行では、本当の目的は目的地に着くまでの過程、プロセスなんですよ。いきなり着いてしまったんじゃ観光旅行になりません。お分かりになりますか。それに….」

「それに?」

「やはり、気味が悪いんですよ。先生たちは慣れてらっしゃるからいいかと思いますが、一般の人はなかなかこの装置の台に立とうとはしないんじゃないかな。ビジネス客相手でも苦戦するのは目に見えてますな」

 近藤は、こんな装置が普及したら旅行業界どころか、ほとんどの産業に計り知れない影響を与える。世に出すのは早すぎるというようなことも言った。至極賢明しごくけんめいな意見である。渡辺も納得せざるを得なかった。


「確かにあの社長の言う通りだわ。造った本人でさえ、蠅一匹でしょんべんちびらせてやがったしね。ハッハッハ」

 ジュリーは遠慮がない。

 渡辺に返す言葉はない。事実その通りなのだから甘んじて聞くしかない。

「しかし、…」

「しかし何よ?」

「人はだめでも物なら勝負できるぜ!」

「そうね、物ならビビッてションベンちびらせることもないしね」

 ジュリーのけんのある言葉に、腹は立ちながらも一筋の光明こうめょうを見る渡辺であった。


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