11日目

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ......



「......」



 彼女は瞼を閉じたまま、ぴくりとも動かない。


 でも、生きている。白くて骨ばった手は不健康的で、髪の艶も2ヶ月前......もっと言えば、今年の一月とは比べ物にならないほど減っている。



「......」



 顔に取り付けられた人工呼吸器のおかげで、彼女は生きているのだろう。点滴もその他色々な管も、全ては彼女を生かすための装置。もし外したりなんかすれば、彼女はすぐに天国行きだ。


 そんな彼女を見ていて、ふと思った。


 ......確かに、少し間の自分は、彼女に年明けまでは生きていて欲しいと願った。


 だが......



 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ......


 スー......スー......スー......



 明らかに体だけが辛うじて生きている、彼女自身の意識はもう微塵も感じられない、"器"だけ生かされた状態は望んでいなかった。


 どうか、彼女がせめて年内中は......元気で、笑いながら過ごしていられますように。そんなことを、約1年前から願っていた気がする。


 ......でもそんな自分とは対称的に、彼女は自身の"この先"について憂うようなことは1度もなかったように思える。


 だって彼女は、



『よーっしやるぞー!!』



 いつだって、



『満更でもなさそうにしなよ!あとね、ホワイトデーは期待しとくから!!』



 先のことを笑顔で、



『うん......またね......』



 楽しそうに、まるで絶対にそうなると純粋に信じてやまない幼い子供のように、きらきらした瞳で言っていた。


 そんな彼女は凄く活力に溢れていて、なんならなんの病気でもない健康体の僕よりも、この場所緩和ケア病棟で働いて色々と精神的にも疲れていたであろうあの看護師春崎よりも、ずっと生気に満ち溢れていた。



『決まってるじゃんっ!黒魔法とやらで寿命を伸ばしてくれないかなって思って!!』



 ......あれ、でも......



『っく、ぐすっ......君が頭を下げることで、私の寿命が伸びるなら下げてて。伸びないならいい......』



 思えば彼女は、今年の頭頃......ちょうど入院して少し経った頃あたりまでは、自分の寿命についてしきりに気にしていた気がする。


 ......余命宣告、というかいつ頃ぐらいが......と看護師の1人に聞いたことはある。だが、彼女には知らせていないし、看護師たちも知らせてはいないし知らせることもないと言っていた。


 でも本当は、彼女は自分に残された時間を、知っていたのかもしれない。


 知っていた上で、全てを悟ったかのように、あんな風に生き生きと元気に過ごしていた......のかも、しれない。


 全ては僕の憶測で、そうであったかもしれないし、単純に、ただ明るく振舞っていただけかもしれない。



「......」



 どちらにせよ、今の彼女の状態は、僕の覚えている"元気"な彼女ではない。



 ガラガラガラ......



黔賎くろいさん、」


「......なんですか、春崎はるさきさん」



 悶々と色々考えていた僕の元に、というよりは彼女の元に、彼女の担当看護師である春崎がやってきた。唐突に名前を呼ばれ、動揺すらできない僕に、春崎はこう訊ねかけた。



「参考程度に、お訊ねします。彼女......しろがねさんは今、この状況です。今までよく、頑張ってくれました。それで、今後、彼女に延命治療を行いますか?」



 その問いに、僕は少しも迷わず、でも少し溜めてから答えた。



「..................いいえ、必要ないです。早く楽に、笑顔にしてあげてください」


「............分かりました」



 春崎はいつの間にか入ってきていた他の看護師や医師たちと共に、僕の目の前で............



「2012年11月15日、午前9時......」



 もう僕は、彼女の顔も、春崎の言葉も、どちらも頭に入れることはなかった。



「......」



 人工呼吸器が外された彼女は、心しか笑って見えた。


 ......約1年という短い期間だったけれども、彼女と、仲良く、できた気がする。


 そう今までのことを思い返しながら、僕は彼女の手を握った。



 ピー......



 ......猶予、幾許もないうちに、彼女と過ごせて、本当によかった。


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