10日目
ふわ......
風によってゆっくりと舞い上がった乳白色のカーテンが、ベッドに横たわる彼女の鼻先を
緩く上下する不健康的に薄い胸は、異常にか細い寝息も相まって今にもその動きを止めてしまいそうだった。
......そのくらい、生への執着心が希薄に感じられる、そんな光景だった。
「......あ、
その光景を思わず見つめてしまっていた所に、部屋の扉を開けて一人の看護師が入ってきた。
ぼーっとしていた僕は扉が開く時のガラガラガラ......という音に対して過敏に反応したらしく、その看護師は僕の方をほんの少しだけ驚いた表情でちらと見た後、部屋に入り扉を閉め、僕と彼女の元に歩き寄ってきた。
「ああ、
「いえいえ、こちらこそ。毎月来てくださってありがとうございます」
そのまま僕の隣に並んだ看護師にそう声をかけると、無表情のまま軽く頭を下げて礼を告げられた。
......少しだがつり気味の目に、他の看護師以上にきっちりとまとめられた髪。何より愛想が良くも悪くもない寡黙そうな常の表情のせいで、怖い印象を受けるかもしれない。
この人が彼女の担当看護師であるのは知っているが、如何せん僕は会ったことがないのでこの人のことをよく知らない。
今彼女は寝ているし......そう思い、その場で彼女の方に視線を向けたまま立ち尽くしていると、
「......最近、ずっと寝ているんです」
「え......」
隣にいた看護師が、先に口を開いた。
それで、思わず声を上げてしまった僕を、看護師は見なかった。ただ、そのまま彼女の寝姿を見つめたまま、また口を開いた。
「いつもなら、あなたはいつも来る前に連絡を入れて下さるのでそれを伝えると、なら起きてようかなとかなんとか言って起きてるんですけど......」
「......はあ、そうですか......」
「......大丈夫ですよ、彼女は......元気な、元気なはず、ですから」
「......、」
そのまま続けられる看護師の言葉に、僕ははたと目を見開いて、彼女を目を細めて愛おしそうに、そして淋しそうに見つめている看護師のことを見る。
「......たとえ、もうちゃんと顔を見ることができなくなっていても、自分で歩けなくても、外に出られなくても......心の底から笑い続けて、日々を楽しく過ごしているんです」
「......」
「だから、私たちは彼女の芯の強さに乗っかって、少しでもそれを折る事がないよう精一杯の努力を尽くすんです。でも......」
彼女の頬は、痩せこけている。異様に白い肌は、ふとした拍子にシーツと一体化してしまいそうなほどに白い。
脈もしっかりあるし、温かい。起きている時は常に笑っているらしいし、弱音を吐くこともまあない。......でも、
「......駄目ですね、こんな話をあなたの前でしてしまっては」
でも、不安になってしまうのだろう。
毎日会って話をして、日々の些細な変化を実感しているからこそ、月一でしか会えない僕なんかよりもずっと。
「............いえ、大丈夫です。僕もあなたの気持ちが、なんとなくよく分かりますので」
僕は無意識のうちに溜めたあと、返事をした。
「......これからも、よろしくお願いします」
「......」
気づいたら瞬きすらしなくなった看護師にそう言い残して、僕はそっと部屋を出た。
紅葉した木々の葉は、そろそろ散る運命にあることを知っているのだろうか。
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