3日目

 


「っく、えっく、ぐすっ......」



 白い部屋に、彼女の泣き声だけが響く。まさか、ここまでとは。



「......忘れてた、とは言いません。僕が悪いんです」



 頭を垂れてみる。満足はしないし、納得はしないであろうことは分かっている。でも、謝罪の意も込めて下げる。



「っく、ぐすっ......君が頭を下げることで、私の寿命が伸びるなら下げてて。伸びないならいい......」


「あ、じゃあ上げます」


「上げないでよ〜......」



 不貞腐れたような彼女の物言いに、さらりと返してやる。不満げだ。さっきよりも、さらに不満げだ。



「......君の、キャンディーが食べたかった」


「マシュマロあげたじゃないですか」


「ヤダ!!あの飴がいい!!」


「我儘な......」


「悪いか!!」



 しおらしさそのままに上げられる怒号に、耳をさっと塞ぐ。キーン......甲高い声は鼓膜に染み付いて離れない。



「......あの時の、見た目だけ良い手作りのキャンディー......」


「見た目も味も良い、市販のやつの方がいいでしょうに」


「んーや、君の飴は優しい味がするんだ。だからあの飴がいいの」



 曇天。真っ白い部屋の中は自然と暗くなっている。これでも雨でも降ろうものなら、彼女の表情はもはや情事とは比べ物にならないほど暗くなっていただろう。



「ったく、私がいつまで飴を食べることができるか、分かんないのにさ。はくじょーもの!!」


「そんなにですか?なら6月くらいに持ってきますよ」


「ほんと!?うれしい!!」


 

 たった一言で、こんなにも明るくなる。


 たった一言、こちらが気遣ってあげるだけで曇天は晴らせるのか。


 それほど、"6月に持ってくる"という一言で彼女の顔が明るくなったのが、手に取るように分かった。



「んふふ〜、じゃ、6月を楽しみにしてるよ!そろそろ時間でしょ?ばいばい!」


「では、また」



 部屋を後にする時、一瞬だけ振り返って見たのは、彼女の満面の笑みと雲の隙間から覗く爽やかな日光だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る