第二話 まるで生まれ変わりのような
スチュアートを悪気のない笑顔でまじまじと見つめてくるその少女から、彼は目を離せない。
そんなはずはないと理解している。
だって悪女オリヴィア・プラウズは死したのだ。婚約者だったということもあり心の傷になるだろうと父王が判断した故に処刑の場に直接立ち会うことは許されなかったが、彼女が命を落としたことは多くの貴族や庶民が目撃した確かな事実。
なのに、彼女はどう見ても。
「オリヴィア、なのか」
弱々しい、今にもかき消えてしまいそうな掠れた小声で呼んでみる。
肯定してほしかったのだろうか。それとも、「そうです。オリヴィアですよ」と静かに微笑んでほしかったのかも知れない。
しかし少女はこてんと首を傾げると、元気よく言った。
「ごめんなさい、人違いだと思いますわ! 私、オフィーリアと申しますの! オフィーリア・ブラッドリー。ブラッドリー伯爵の娘ですのよ!」
ブラッドリーというのは、聞き覚えがある。
特別に裕福でもなければ貧しくもない中流の伯爵家。貴族年鑑を見た時に名前だけは記憶していたが、ブラッドリー伯とはあまり話したことがなかった。
ブラッドリー伯は、プラウズ家と繋がりがあったというのだろうか。
他人の空似というには、あまりにも似過ぎているではないか。
「噓、だろう」
しかしそもそも、仮にオリヴィアが生きていたとして、今彼女は三十歳を超えているはず。
デビュタントを迎えたばかりのこの少女がオリヴィアであるわけがなかった。
「あら、お疑いですの? そうおっしゃるあなたはどちら様ですのとお聞きしているのですけれど!」
少女は朗らかな笑みを浮かべ、明るい声音で問いかけてくる。
その姿はかの悪女と瓜二つなのに、『氷の令嬢』と呼ばれ、笑うことのなかった彼女と――そして、あの月の夜の艶めかしいオリヴィアの姿と重ならない。
――人違いだと思いますわ!
つい先ほど言われたばかりの言葉を繰り返し思い出す。
人違い。人違いなどという馬鹿げた話があり得るものか。だというのにどれほど考えを巡らせても納得のいく答えが思いつかずにスチュアートは俯く。
これは全て夢であってくれと願った。オリヴィアを求め過ぎるあまり、彼女との再会を夢見るスチュアートの身勝手な夢。
そしてもしそうならば今すぐ覚めてほしかった。
だがしかしいくら祈ろうとも目覚めることはなく、これが現実なのだと受け入れざるを得ない。
スチュアートは顔を上げると、そこに佇む少女に名乗り上げた。
「スチュアートだ。スチュアート・ラ・ウェーゼム。……どうやら君の言う通り、人違いだったらしい。失礼した」
「ウェーゼムってことは、王族でいらっしゃいますのね! きゃーっ、王族の方にお会いするのは初めてですわ!! 私ってなんて運がいいのかしら! スチュアート様とお呼びしても?」
ああ、とスチュアートは息を吐く。
彼女――オフィーリアはそれを肯定と受け取ったらしいが、スチュアートの真意は違っていた。
この不可解な状況を、そして運命の悪戯を心から嘆いた声だったのである。
『スチュアート……様と、お呼びしても?』
『ああ、いいよ。じゃあ僕もオリヴィアって呼ぶね』
『ありがとう存じます、スチュアート様』
婚約を交わした当初のオリヴィアとのやり取り。
それと今の会話はどこまでも酷似していて、胸が苦しくなる。
どうしてあの時、オリヴィアは一瞬言い淀んだのだろう。
最後の一夜、彼女が『スチュアート』と呼び捨てにしたのは、なぜだったのだろうか。
今や答えが得られない問いを抱きながら、スチュアートは改めて伯爵令嬢オフィーリアを見据えた。
『氷の令嬢』オリヴィアは決して好まなかった鮮やかな紅色のドレスを着て、無邪気にこちらへ手を差し出す、その少女を。
「オフィーリア嬢、社交デビューおめでとう。どうか僕のような行き遅れではなく、年若い令嬢令息と踊って来てくれ」
「どうしてですの? 私、スチュアート様と仲良くなりたいですわ!」
初対面の異性、しかも王族にこのように気軽に声をかけるとは、よほど天真爛漫な性格をしているようだ。あるいは実は裏があり、スチュアートの身分を狙っているだけか。
これがもし他の令嬢であったとすれば迷いなく断ったに違いない。それどころか軽蔑しただろう。
しかしスチュアートはそれをしなかった。できなかった。
オリヴィアのような、いいや、まるでオリヴィアの生まれ変わりのような彼女の手を振り払うなんて。
オフィーリア・ブラッドリーと名乗る目の前の伯爵令嬢はきっと、オリヴィアではない。
でも、どうしても別人には思えなかった――ただそれだけの話だ。
たとえ笑顔が違っても、口調が違ったとしても。
澄み渡った青の瞳、そして紅の唇だけは同じに見えたから。
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