夏のマジック

@styuina

夏のマジック

 オレがカノジョと出会ったのはいつ頃だったか?たしか、通学中のバスだったと思う。

 オレたちの住む街は小さな温泉街で、電車こそ一駅しかないが、定期的にバスが通る。そしてオレたちの通っている高校は山の向こう側にあるので、バスが必須というわけ。そのバスでカノジョと

「すいません、隣の席すわれます?」

「あ、はい」

 と会話したのが、カノジョとの初遭遇。

 それ以来、カノジョとは友達付き合いをしている。周囲にはどう思われてたかわからないけど。


 高校二年の夏。

 カノジョが倒れた。

「だ、大丈夫?」

「うん、でもお医者さんに診てもらったほうがいいかも」

 カノジョの掛かり付けだという診療所へいくと、お医者さんは険しい顔をして言う。

「もう無理かもしれないな」

「え、どういうことです?」

 驚いたオレが尋ねると、お医者さんはこう続けた。

「詳しいことは言えないが、彼女は不治の病なんだよ」

 オレは呆然とした。そして自分の迂闊さを呪った。オレは、彼女が重い病気であることを知らされていなかったのだ。オレだけが何も知らずにのうのうと暮らしていたなんて……! その後オレが何をしたのかは憶えてない。気づいたらカノジョの部屋の前にいた。ノックするとすぐに返事があった。扉を開けてくれたカノジョの顔を見た途端、感情が爆発した。

「どうして教えてくれなかったんだ!」

 怒鳴るオレを見ても、カノジョは怯えたりしなかった。ただ申し訳なさそうに言った。

「ごめんね。心配かけたくなくて……」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!?」

 カノジョは困ったように黙り込む。しばらくの沈黙の後、ようやくカノジョは言葉を発する。

「お願いがあるんだけど……」

「何だよ?」

「このノートを渡したいの」

 カノジョが取り出したのは大学ノート。受け取るとずっしりと重かった。

「これって?」

「私の日記帳よ。恥ずかしいから中を見ちゃダメだからね」

「当たり前だろ」

「ねえ、お願い」

 カノジョの目には涙が浮かんでいた。カノジョが泣くところなんか見たことが無かったのでオレは狼惑う。だが同時に覚悟を決めた。

「わかった。絶対に誰にも見られないようにする」

 カノジョは安心したように微笑む。そして最後の願いを口にする。

「最後にひとつだけ約束してくれる?」

「なんだ?」

「あなたにしか頼めないことなの」

「どんなことだ?」

 カノジョはじっとオレを見つめる。やがて震えるような声で告げた。

「私のことを忘れないでくれるかな?」

 そのときオレは自分の無力さを感じた。そしてカノジョのことを心の底から愛していることにも気づいていた。だからこそオレはこう答えた。

「ああ、もちろんだ」

 カノジョは幸せそうな笑みを浮かべて目を閉じた。その身体がゆっくりと崩れ落ちる。慌てて抱き止めると、すでに彼女の心臓は止まっていた。


 数日後、カノジョの葬儀が行われた。参列したのはほんの数人だけだったが、みんな悲しげな表情をしていた。その中にはオレの友人の姿もあった。友人は何も言わずにそっとハンカチを差し出してくれた。

 葬儀が終わった後、オレはひとり町外れの霊園へと向かった。そこに刻まれた名前はカノジョの家のもの。墓石の前で手を合わせる。

 それから1週間。オレは痛みを抱えたまま、日常を過ごしている。

 朝、いつものように学校へと登校する。今日は晴れているが風が強い。まるで嵐の前触れのような空模様だった。

 教室に入ると、クラスメートたちが挨拶を交わしてくる。それに応えながら自分の席に向かう。窓際の後ろから2番目。そこはオレの指定席みたいなものだ。

 机の上に鞄を置くと、中から教科書を取り出す。すると、横合いから声がかかった。

「やあ、おはよう」

 爽やかな笑顔とともに現れたのは親友。小学校以来の付き合いであるこいつは、高校に入ってからオレによく話しかけてくれるようになった。お人好しな性格なので、オレを心配してくれてるんだろう。ありがたい話だと思う。

「ん、おはよ」

 適当に返してから、オレはふと疑問に思う。

(あれ?今、何か聞こえたような……)

 周りを見回すが、誰もいない。首を傾げつつ、視線を戻すと

「どうかしたかい?」

 なぜか目の前に顔があった。

「……うわぁ!」

 驚いて思わず叫んでしまう。周りの生徒が何事かと注目してくるが、すぐに興味を失ったのか、視線が離れていく。しかしオレの親友だけは違っていた。

「おい、大丈夫か!?」

 血相を変えてオレに駆け寄ってくる。肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。どうもオレの反応が大袈裟に見えたらしい。

「あー、悪い。ちょっと寝不足でな」

 咄嵯に言い訳するが、親友は疑わしそうにオレを見る。

「ホントに大丈夫なのか?」

「おう、問題ないぞ」

 オレが答えると、親友はようやく納得したようだった。

「ならいいけどよ。もし調子が悪いようなら言ってくれ」

「サンキュ」

 礼を言うと、オレは改めて教室内を見回してみる。だがやはりオレに声を掛けてきたヤツはいない。ということは気のせいだろうか。

「あのさ、さっき誰かに呼ばれた気がしたんだけど……」

 気を取り直して、オレは親友に尋ねてみた。すると何故か親友は微妙な顔をする。

「……お前、また変なこと考えてるんじゃないだろうな?」

「いやいや、そんなことはないって」

「本当か~?」

「本当だって」

 笑いながら否定したが、親友はまだ疑っているようだ。まあ無理もないかもしれない。ここ最近、オレがおかしなことを言って騒ぎになったことは何度もあるから。今回もそういうことだと思ったんだろう。

 結局、それ以上追及されることはなく、話題はすぐに別のものになった。オレもすぐに忘れてしまった。

 その時は。

 昼休み。

 授業が終わると、弁当を持って屋上へ向かう。扉を開けると冷たい風が吹き込んできた。

「さっむ……」

 独りごちると、足早に進み、隅っこにあるベンチへと向かう。そこはオレの特等席だ。座って弁当を広げる。箸で掴んだ卵焼きを口に放り込む。甘めの味付けは母親の好みだ。我ながら美味いと自画自賛していると

「お隣に座ってもいいかな?」

 突然、背後からそう言われたような気がした。反射的に振り返るが、もちろんそこには誰もいない。

(やっぱり気のせいだよな)

 ほっと安堵の息をつく。同時に胸の中に違和感を覚えた。妙な不安感が胸に広がっていく。

(いやいや、まさかな……)

 自分で自分の考えを否定する。だがその予感は拭い去れない。むしろ時間が経つにつれて強まっているように思える。そしてついに我慢できなくなった。オレは意を決して口を開く。

「……いるのか?」

 返事はない。だがオレは構わず言葉を続ける。

「そこに、誰かいるのか?」

 やはり答えは返らない。だがオレには確信めいたものを感じていた。ここにはきっと『何か』がいる。そしてオレはそれに気づいてしまったのだ。

 そのときだった。

 ……ねえ、私のことを忘れないでくれるかな? 頭の中で声が響いた瞬間、オレは走り出していた。階段を一気に駆け下り、下駄箱で靴に履き替える。そのまま校舎を出ると、一目散に校門を目指した。

 全力疾走しながら考える。どうして今まで気付かなかったんだろう?あれほどはっきりと聞こえていたのに。今朝、いきなり声が聞こえた理由。それは恐らくオレ自身が原因だったに違いない。この1週間というもの、オレはあまり学校に行かずに部屋に引きこもっていた。カノジョが死んで以来、オレはほとんどの時間を悲しみに暮れて過ごしていた。カノジョの思い出だけを頼りに生き続けていた。

「くそっ!」

 吐き捨てるように呟く。そのことに今さらながら腹が立った。怒りに任せて走る速度を上げる。

 カノジョのいるところ。お墓へ。

 そこには墓石しかない。でも、たしかにカノジョがいる。

 オレは墓の前で、カノジョを抱きしめるようにしながら、泣いた。

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