第11話 食卓に残った香りはいつかの熱

「……私、なんにもできなかった」


 緊急搬送車両の中で呟くようにいう三好。簡単な応急処置を受けた高城が励ます。


「気にすんなって。三好は科学班なんやから」


「でも、現場に居合わせたのに。敵と会ったのに」


「むしろ、巻き込んでしまってこっちが申し訳ないくらいなんだって。戦いは俺らに任せとけばいいんよ。

 なっ、先輩!……九条先輩?」


 反応の無い九条に高城が振り向くと、彼は呆けた様子で外を眺めていた。外はいつの間にか雨が降っていたようで、パラパラとしずくがガラスに打ちつけられていく。


「あぁ、すまん。何か言ったか?」


「もう……。どうしたんです?また考えごとですか?」


「さっきのアイツどこかで、――いや、何やったんやろうな」


「ほんとですよね。霊装なしとはいえ、二人がかりなのに、手も足も出ないなんて」


「……せやな」


 再び、沈黙が訪れる車内。遠くに消防車のサイレンが響いていた。


「警報はないし、虫とは別っぽいな」

 窓の方へ顔を寄せる九条。


「――ほんまに。生き残れたら、それでええんや」


 九条の表情がわずかに曇っていることに、二人はそのとき気づかなかった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 翌日、本部のお昼休み。食堂で顔を合わせた高城と三好は、顔を見合わせて席につく。


「…あの黒いやつ。やっぱりOVENのデータベースでも警察のデータベースでも、何の手がかりもなかったよ」


「そうか。あんな魔法みたいなことできるんなら、霊装に実装されててもおかしくないもんな」


「でも、もし、そうなら、アイツは。アイツらはOVENとは別の組織――」


「お疲れ様。

 ナイショ話はもう少し声をおとして話そうか?」


 唐突に現れ、にっこりと笑う朝霧。ハッと口を抑える二人。一瞬、あたりが静まり返る。


「ところで、今日九条くんは?」


「へ?先輩は、今日お休みですけど。何か体調悪いとかで。やっぱ昨日のが堪えたんですかね」


「そうか、そうだったね。

 はぁ、ちょっと昨日の彼のことを相談したかったんだけだな」


「昨日の彼?やっぱり室長も気になりますよね」

 高城が振り向いたときにはもう、朝霧の姿は人混みの中に消えていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


「――まぁ、そういうわけで今回の損害はそれほど大きくありませんでした。が、簡易霊装乾パンの携帯くらいは呼びかけておいた方がよさそうです」


 朝霧の報告を黙ってきいていた宝生。何か言いたげな顔をしたあと、それを飲み込むようにして口を開く。


「そう。大変だったわね。すぐに、全隊員に簡易霊装の着用を義務づけるよう、連絡を回すわ。それから――」

 立ち上がり、窓の外を覗く宝生。晴れた空は青く明るい。


「――いや、ごめんなさい。何でもないわ」

 カーテンを締めて振り向いた彼女はまた冷静な表情に戻っていた。


 朝霧は流れるような敬礼をしてから、部屋を出た。ただ、出る直前に一言。


「本部長になって、大変だろうけど、僕は宝生葵が大切な幼馴染みだってことは忘れてないよ。きっと九条くんも」


 ガチャンと扉が締まる。宝生は小さく息を吐いて、席についた。本部長室はひとりでいるとすこし広くて静かで、遠くに聞こえる喧騒が心地よく感じられた。

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