キミも星と舞うパン屋
おくとりょう
朝に食パンを食べるような
第1話 タマネギじゃなくてニンジンの話
丸い月の浮かぶ冷えた夜。街灯がにじむ狭い路地裏に荒い息づかいと乱暴な足音が響いている。
「どうしてだよ。何なんだよ。別に、俺は。俺は何も悪いことなんてしてな――」
――パンっ。
と、弾ける乾いた音。それを合図にしたように、男はパタンっと人形のように倒れた。うっすら闇に漂う灰色の煙。
「よう言うわ。
『別に何も悪いことしてない』なんて」
ペタペタと引きずるような足音とともに、暗がりから現れる長身の影。倒れた男の顔を覗き込むと、撫でるように彼の見開かれたのまぶたを下ろした。そして、小さなため息をひとつ。
「自分で気づいてへん『悪いこと』もあるかもしれへんやんか」
カチッと小さな火が闇に灯る。影は息を深く吸い込むと、空に向かって星を吹き消すように強く吐き出した。
「なぁ?」
問いかけるように小さくつぶやき、結った髪をバサっとほどく。冷えた夜風が流されて、長い黒髪が鈍く光った。
昼どきの定食屋。オフィス街にあるその店は小さいながらも、この時間はいつもほぼ満席。ただ騒がしい店内はどこか穏やかで、テレビの音が小さく流れる。
「ひょーっ!会社の近くですよ、殺人現場!物騒な世の中になりましたねー」
殺人事件のニュースに不謹慎な高い声をあげたのは若い男。パリッとしたワイシャツに身を包んだ彼の顔はまだどこかあどけなく、頬に米粒をつけていた。
「はぁ……ご飯のときくらい、もっと静かにしてくれへんかな」
向かいに座った長髪の男はため息混じりに頬を指さして、紙ナプキンを差し出す。
「えー?そういう先輩はもっと世間のことを気にした方がいいっすよ。テレビ好きなくせに、ニュースになる度よそ見してるの知ってるんすからね」
「んーんー、せやねー。それよりもタマネギもろてええ?食べへんのやろ?」
「えぇー。俺の話ちゃんと聞いてました?」
「うんうんうん、聞いとる聞いとる。タマネギのシャキシャキした歯ごたえと匂いが嫌いなんやんな?たしかに独特の歯ごたえやし、匂いも鼻に来るもんなぁ」
「……まぁ、そうですけど。今はそんなこと言ってません」
「あぁ、タマネギ
「違いますよ!もう、やっぱり聞いてないじゃないですか」
そんな呆れた口調とは裏腹に、男は先輩と呼んだ男の皿へとタマネギとニンジンを手際よく移し入れた。
「結局、全部食べさせるんかい。まぁ、ええけど。ボクはどっちも好きやしな」
「わーお、やさしい!俺も先輩のこと大好きです。『好き嫌いしてたら、大きなれへんよー』とか言わはりへんから」
「それを言うなら『言わはらへん』とちゃうかな?変な関西弁やめてくれるか。というか、君はもうこれ以上大きならへんやろ。残念やけど」
「いやいやいや、まだまだ大きくなります~!絶賛成長期継続中ですから」
そう言って唐揚げを口いっぱいに頬張る彼。
「そうか、そうか。ほんなら、野菜も食べなアカンやろ」
先輩がため息混じりに微笑んだとき、けたたましい警戒音が店内に響いた。
『西沼地域にクランチバックスが出現しました。周辺住民の方は落ち着いて避難してください』
ハッと顔を見合わせて席を立つ二人。
「……あーぁ、昼飯ものんびり食べられへんなぁ。おばちゃーん、ご馳走さん」
「ご馳走さまですぅー!はぁ、まったく物騒な世の中になりましたねー」
――数十年前、突如現れた地球外生命体、
後に、調査に向かった専門家たちの犠牲により、彼らが攻撃的な地球外生命体だということが知れ渡る。
大気圏に突入しても死なないほど強靭な肉体をもつ敵性生命体。仮に殺すことができても、また新たな個体が飛来してくる。いくつもの都市が破壊され、多くの人が犠牲になった。
だが、人類もただ滅ぼされるだけではない。彼らと戦うための組織が各地でつくられた。そのひとつが異星交渉警戒局(Office of Vigilance for Extraterrestrial Negotiations)、通称OVEN。
これは東アジア連邦、旧日本地域を守る人々のとある物語の一部である。
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