第11話
テオノーラ、と名乗った少女に連れられ、星の教会の敷地へと足を踏み入れる。それなりに立派な花壇があるが、植えられた花はどれも薬草らしく、華やかに客人を迎え入れるといった風情はない。教会の白い壁の塗装も剥がれかかっており、茶色い地肌が見えている。教会の横に孤児院が併設されているらしく、洗濯物の近くで先程のこどもたちが遊んでいる。そのためなのか空気の淀んだ感じはなく、貧しいなりに丁寧に管理されていることがシャウラの目から見てもわかった。
(しかし、なんとなく違和感があるのだよな。この教会……)
シャウラはわずかに、内心首を傾げる。
「へぇ、それじゃあ二人は旅人ですか?もしかして、近くの荘園に雇われたあとに追い出された私兵とか?残念でしたね。この辺はどこも厳しいらしいですよ」
訝しんで周囲を見回すシャウラに反して、テオノーラは朗らかに言った。向こうがそう思い込んでくれるなら有難い。そういうことにしておこう、とシャウラとアレスは目配せし合う。
「適当に座ってください。それで、聞きたいことというのは?」
教会の裏手の扉から、厨房らしき場所に通される。大きな照明器具があるわけではないが、窓から太陽の光が差し込んで存外明るかった。
火起こし台のほかには、小さな木の椅子と机ばかり。椅子の方は座るとギィといやな音を立てて軋み、シャウラの頬が引き攣った。清貧と言うか、やはり単に貧乏なのだろう。
「その……テオ。……姓がヴェーレ、ということは、ここの伯爵領の令嬢……なのか?」
「ああ、はい。ヴェーレ伯爵令嬢……たぶん」
シャウラが訊ねると、テオノーラはあいまいに頷いた。慣れた手つきでヤカンに水を汲み火にかけ、不揃いなコップを並べる姿は、あまり伯爵令嬢らしきようには見えない。
「たぶん、とは?」
「うーんと……家では居ないことみたいになっているので。小さい頃は病がちだったせいで、社交にもロクに出てないんですよ。父も私の話は外ではあまりしないと聞きます」
「それは……あまり良くない、のではないか。年頃の伯爵家の娘としては不当だぞ」
「あはは、そんな風に心配されたの初めてです!大丈夫ですよ、お父さんのガバガバ予算案を削ってちょっと自分のお小遣いにしてますから!」
「……それは」
テオノーラの言葉を信じるのであれば、伯爵自身には帳簿を満足に管理にする能力がなく、代わって令嬢が自ら領地の帳簿に介入しているということだ。
シャウラが顔をしかめると、テオノーラはなんでもないように笑った。その様子にますますシャウラは不安を募らせる。
「もしや、その扱いを苦にして教会に入り浸り祈っているのか」
「いいえ、最初はそういう気持ちもあったけど、いまはこういうところの支援も大事かなって、前向きな気持ちですよ?ここの子達と遊ぶのも楽しいですし」
ヤカンがピィーっと高い音を立てる。湯が沸いた。テオノーラはヤカンを火から下ろし、コップに注ぐ。アレスとシャウラにとっては嗅ぎなれない草の匂いがした。出されたコップに、まずアレスが先んじて口をつける。
(……あ、普通に薬草茶ですね。庭に植わってたやつかな)
別に美味しくは無いが、なにやら健康に良さそうな味ではある。テオノーラが目を離した隙に、アレスが毒味を済ませたコップとシャウラの前の手をつけていないコップを入れ替える。こういった時の毒味のすべもアレスが城に来てから教え込まれたもののひとつであった。
「父も母も、あまりこういった、えーっと、救済事業?には関心がないみたいなんです。今年は冬が長かったし、この辺そこそこ魔物の被害もあったでしょう。まあ、手が回ってないんですよね、有り体に言うと」
「では、テオは自ら進んで孤児院の支援を?王都からの支援金は?」
「うーんと……、みんな、占者様のお酒に消えちゃったので。あはは」
シャウラは絶句した。同時に、違和感に気づく。この教会に、肝心の占者の姿がないのだ。客人が来たのであれば、まず迎えに出るであろう彼ら彼女らの姿が。
(熱心な信徒ではあるが何もしない伯爵家に、腐敗した地域の教会を、テオ一人でなんとか金銭をやりくりして自らも孤児院に通って、それでようやく成り立っているのではないかこの領地は──!?)
コップを持つ手に思わず力を込めたシャウラに何を思ったのか、テオノーラが申し訳なさそうに手を合わせた。
「だから、ごめんなさい!この教会でいま、星読みはできないの」
「……いや、すまない。その、ずいぶん、そちらの事情に踏み込んでしまった」
「いやいやこちらこそ……、……ぷっ、あはは!謝り合うの、ナシにしましょう?あっ!私、そろそろ帰らないと!あんまりお構いできなくてごめんなさい!教会は公共施設ですから、好きに見て回って!」
テオノーラはひとしきり笑ったかと思うとぱっと立ち上がり、手を振って去っていく。
まるで風のようだ。シャウラも思わず小さく手を振り返し……横に座るアレスがなにかを考えていることに気がついた。
「……ヴェーレ伯爵令嬢、ずいぶんな変わり者だな。……おい、アレス、どうした?」
「……いえ」
アレスは去り際、大きく手を振ったテオノーラの、ドレスの下の腕にわずかに見えたものを思う。
「あれは──無数の包帯では、ありませんでしたか」
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