第122話 「悔いて逝け」新九郎に容赦はなかった

「あの中にカロリーネの縁者がおるのではないか?」


 責めるような口調で問う皇女。


 俺は素知らぬ顔で答えた。


「マルバッハ男爵とその嫡男がおりますな」


「……主、なかなか面白い男と思うておったが、残酷なことを平気でやるのう? 親兄妹の処刑を年若い娘に見せ付けるつもりか?」


「カロリーネが望んだのでござります」


「何じゃと?」


とりことなった者は、詫料わびりょうを支払えば解き放つこととしております。故に、カロリーネから男爵らに伝えさせました」


「詫料……賠償金か、それとも身代金といったところじゃな? 如何程じゃ?」


「男爵本人が金貨二千枚、嫡男が金貨千枚、合わせて金貨三千枚にござります」


「三千……じゃと……!? 男爵位の貴族でそんな大金をポンと払えるような者はおらんはずじゃ!」


「マルバッハ男爵も払えませなんだ。故に領地差し押さえと相成り申した。虜となった男爵らに代わって談判の場に立ったカロリーネはこれを承知したのでござります。その上で当家に仕え、男爵家の再興を期すと。女子の身にも関わらず、健気な心意気にござりましょう?」


「追い詰めた主がそれを言うのか?」


「追い詰められた責めは男爵にござります」


「むう……」


 言葉で応酬しても不毛だと思うたか。


 皇女が口を閉じる。


 ミュンスター殿は、眼鏡の位置を直したのみで何も申さなかった。


 結果が見えていたのであろうかの?


「本来ならば、カロリーネとの談判のみで事を進めてもようござったが、その心意気に免じて、男爵らの説得に当たらせたのでござります。しかし男爵らは承服しなかったようにござりますな。のう? 弾正よ?」


 詮議に当たった弾正に目を向ける。


「仰せの通りにて。男爵らは仕置に不満を抱き、再び兵を起こさんと、家人けにんや雇っていた冒険者を引き連れ、逃げ出そうと致したのでござります。これは虜らに申し渡した法度はっとを破る行い。のみならず、命までは奪わなんだ辺境伯の御恩情を踏みにじるもの。厳しく罰するより他なしと存じまする」


「法度を侵した者は如何にするのだったか?」


「一銭切り――すなわち、如何に小さなとがであろうと死罪にござります」


 と、そこで、竹腰が立ち上がり、虜らの前で男爵らの罪科を読み上げた。


 伊勢が指示し、兵らに目隠しや猿轡を外させる――や否や、男爵は身体をよじってこちらへ駆けようとするが、あっさりと兵に取り押さえられてしまう。


 顔を地面にこすりつけたままで、喚く様に叫んだ。


「こ、皇女殿下がそこにいらっしゃるのでしょう!? 帝室に忠実な臣が殺されようとしております! どうかお助けを――――」


「黙れい!」


「へぶっ……!」


 顔面を強かに地面に打ち付けられ、男爵は静かになる。


「姫様。よろしいでしょうか?」


 ヘスラッハ殿ら、お側付き騎士が皇女の前に膝を突いた。


「これはさすがにいけません。貴族の処刑に立ち合ったとなれば、姫様もその処刑をお認めになられたと解釈されかねませんよ」


「ドロテアの言う通りです。すぐにこの場を離れましょう」


「ヘスラッハ家はレムスタール公爵の親族だったはず。このままでは公爵の心証を悪くすることも……」


 口々にこの場を立ち去るよう進言する騎士ら。


 そして、ミュンスラー殿もその輪に加わり――。


「わたくしは問題ないかと存じます」


 淡々とした口調で、正反対の異見を述べた。


 当然、騎士らは慌てて止めに入った。


「な、何を言ってんですか!?」


「しょ、正気ですか!?」


「姫様のお立場が悪くなるんですよ!?」


「いえ。むしろ立ち合うべきなのです」


 ミュンスター殿は淡々と話を続ける。


「姫様のお父君たる皇帝陛下は、相手を見て態度を変えることを良しとなさいません。そして公平な法の執行にも心を砕いておいでです。帝都の臣民はこのような陛下のご姿勢に敬意を抱いております。尊敬の念を抱く貴族も少なくありません。いやしくも陛下の御子たる姫様が、これと違う態度を採るべきではございません」


「ですが……」


「男爵は寄親たる辺境伯に戦を仕掛けました。それも逆徒と罵られても仕方のない戦をです。このような戦に敗れたのですから、問答無用で命を奪われても致し方ありません。辺境伯閣下やサイトー卿の恩情で生かされておきながら、その恩を忘れて逃亡するなど言語道断。もはや情状酌量の余地はないかと……」


 ミュンスター殿が皇女の足元に膝をついた。


「ヘスラッハ卿、ロール卿、フルプ卿のご進言は姫様の御身を案じてのものです。しかし、この場は最後までお見届け下さい。ご不快の念を禁ぜざることも起こりましょうが、皇帝陛下の御子たる姫様が退いてはなりません」


「……分かったのじゃ。今回はヘレンの意見を採る。皆、ご苦労じゃったの」


 そして、男爵らの刑が執り行われた。


 皇女から「絞首刑か? それとも自害を許すのか?」と問われた。


 帝国では、死罪に対する刑は縛り首が大半らしい。


 その中にあって、とがを受けたのが貴族だった時は、毒を飲んでの自害が恩典として与えられる。


 人前に縄を打たれて引き立てられ、己がむくろを晒す恥辱を免れることが出来るのだ。


 斯様な次第になっておるのは、何代か前の皇帝が、血が流れるような苛烈かれつな刑罰を「野蛮で開明ではない」と嫌ったからだという。


 故に血生臭い刑はほとんど行われることがないと聞く。


 ……くっくっく。


 なんと滑稽なことかのう?


 血が流れぬとは申せ、縛り首にせよ、毒を飲んでの自害にせよ、むくろの悲惨なることに変わりはないと思うがのう?


 何を以って野蛮と成すか、開明と成すか、口にした者の勝手次第に思えてならんわ。


――と、言う訳でだ。


 俺は異界の風に従う気はさらさらない。


 開明なる異界の衆には悪いが、逆徒に賜う刑は縛り首でも自害でもない。


 連中にかける慈悲なぞありはしないのだ。


 残った虜の戒めに、惨たらしく死んでもらう。


 それくらいの役には立ってもらおう。


 奴原やつばらに賜う刑は、はりつけ――――。


 目隠しと猿轡を外され、磔柱に縛り付けられる逆徒共。


 恐怖に泣き喚いても、もう遅い。


 己が所業を悔いて逝け。


 刑は淡々と進み、逆徒の目の前で槍が合わされた。


 奴原の脇腹に「グサリッ!」と槍が突き刺される。


 絶叫が上がる。


 鮮血が滴り落ちる。


 これを目にした異界の衆は、一様に気分を害し、中には嘔吐する者もいた。


 だが、皇女とミュンスター殿だけは、目を逸らすことなく、その様を見届けた。


 刑場を立ち去る時「やってくれましたね? サイトー様……」と小さな呟きの聞こえた気がした。


 振り返ると、ミュンスター殿が無表情のまま、素知らぬ顔をしていた。

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