第114.5話 ヴィルヘルミナの回想・破壊者の巻【前編】
「おお……。良く似合っているよ、ヴィルヘルミナ……」
叔父様――母の弟であるロータル・フォン・グリューネ宮中伯は、青の騎士服と、白地に金糸の縫取りが施された
「
「ちょ、ちょっと叔父様! お父様もお母様もまだご健在です!」
「ああ、ああ、そうだったね……。姪の晴れ姿につい感極まってしまったよ……。領内がごたごたしていなければ、二人にも帝都に来てもらいたかったな……」
今日、宮廷では皇帝陛下ご臨席の元で騎士叙任式が行われる。
私は十四歳にして式への参列を許された。
これで正式な騎士になれる。
ゲルトの専横に抗うお父様とお母様の力になれる――――。
「しかしね、ヴィルヘルミナ? くれぐれも注意するんだよ?」
叔父様の心配そうな声が私の物思いを打ち破る。
ついさっきの感極まった表情は消え、曇った表情だ。
「昨日も詳しく話したが……」
「分かっています。レムスタール公爵のご令息の件ですね?」
小さく頷く叔父様。
実は、今回の騎士叙任式は異例づくめの中で行われる。
その一つが、叙任対象者の大半が未成年者であるということ。私自身を含めて。
原則として、騎士に叙任される者は成人に達していなければならない。
具体的な年齢で言えば、十五歳から十七歳以上。
そうでなければ、心身共に騎士の任へ臨むに足らずと考えられている。
ところが、今回騎士叙任を受ける者は十一歳から十二歳が中心だ。
十四歳の私より、さらに幼い。
そしてもう一つの異例は、叙任を受ける者の数が千名にも及ぶこと。
一度に騎士叙任を受ける者は、せいぜい百人程度。
多くても二、三百人。
千名など前代未聞。
人選の妥当性に疑問符が付くほどの規模――――いや、ハッキリ言ってしまおう。
大規模な贈収賄や売官といった違法行為を疑わざるを得ない事態なのだ。
国務卿の元で書記官長を務めている叔父様は、この話を初めて聞かされた時、激怒なされたらしい。
「こんな馬鹿げた布告があるか! 式部省は正気か!? 寝言は寝てから言え! 事務の過失であっても許されん! 皇帝陛下がご主催なさる式典であるぞ!? 担当の式部官は誰だ!?」と。
国務卿の意を受け、式部省に乗り込んだ叔父様は愕然となされた。
違法ではなく、そして間違いでもなく、真実であることが分かったからだ。
皇帝陛下も、式部卿もご承知のことだと……。
叔父様は帝国の行く末を悲観し、官職を辞する決意を固めたという。
心ある官吏が真面目に思い詰める程、尋常ではない決定だったのだ。
ご家族や同僚方が必死に説得し、上司の国務卿まで慰留に乗り出し、なんとか翻意されたそうだが、私が帝都へ着いたばかりの頃は、悩みが深そうな疲れた顔をしておられた。
こんな事態になった原因は、帝国有数の大貴族であるレムスタール公爵が、十一歳になるご令息の騎士叙任を、皇帝陛下へ直訴したことに端を発する。
五十を手前にして授かった初の男子であるご令息を、公爵はいたく可愛がっている。
自身の年齢が六十に近くなるのを前にして、公爵は「自分が元気な内に息子の晴れ姿を見ておきたい」とご令息の騎士叙任を望むようになり、ついには皇帝陛下への直訴に及んだ。
ただし、いくら帝国有数の大貴族とは言っても騎士叙任の原則を簡単に捻じ曲げる訳にはいかない。
しかもご令息は十一歳の少年だ。
皇帝陛下は「成人まで待て」と、公爵の希望を毅然と却下なされたと聞く。
ところが、先帝陛下がその決定に待ったをかけた。
先帝陛下は公爵に同情の念を寄せられ「自分も死ぬ前に孫の晴れ姿が見ておきたい……。未だ騎士叙任を受けていない皇子はこの機会に……」と仰せになったのだ。
さすがの皇帝陛下も先帝陛下のご希望を無下には出来ず、関係者全員に「今回限り」と誓約書を書かせた上で騎士叙任が行われることとなった。
ところが、一度原則が崩れてしまうと我も我も手が上がる。
若年で騎士叙任されるのだから、我が子の箔付けになると考えたのだろう。
加えて、今回は複数の皇子殿下まで叙任される。
叙任されるなら是非とも皇子殿下と同じ機会にと望むのも当然だ。
この動きを御覧になった先帝陛下は、さらにこんなことを仰った。
「孫の晴れ舞台なのだ。叙任希望者は集めるだけ集め、盛大に挙行しようではないか!」
かくして、騎士叙任を受ける者は雪だるま式に膨れ上がった。
いつの間にか誰言うとなく「叙任者千人」が口の端に上がり、公式の目標値に祀り上げられた。
希望者だけでは足りず、宮廷書記官が各家を訪問し、叙任者を出してくれと頭を下げて回る事態にまでなった。
私はこんな浮ついた中での騎士叙任は気が進まなかったが……。
執事のベンノ、婆やのマルガ、馬丁頭のシュテファン……家の者達は「お嬢様ならきっとご立派な働きをなさるに違いありません! せっかくの機会をふいにしてはなりません!」と、こぞって後押しをしてくれた。
叔父様も「ヴィルヘルミナの年齢では少し足りないが……。いや、お前は剣だけでなく魔法も使える。騎士として恥ずかしくない技量だろう。学問も十分に修めた。こんな式だからこそ、まともな者が一人でも多くいるべきだ」と賛成して下さった。
お父様やお母様に決意を告げると、「誇りに思う」と涙を流して下さった。
だからこそ、大過なく叙任式を終えて皆を安心させたいところだが――――。
「公爵のご令息は幼いながら出来た人物だと伺いました。ただ、その他の者は……」
「公爵に阿諛追従する貴族達の子弟だ。ご令息の近くに侍っている者はともかく、それ以外は素行の悪い者も多いと聞く。女性に対する礼儀がなっていない者もな。普通なら騎士になるなど以ての外の者達だ。人数合わせであのような連中まで……! くれぐれも注意してくれ」
「ご忠告ありがとうございます。肝に銘じておきます」
叔父様は言葉を濁されたが、かなりひどい噂も耳に入っている。
地位を
アルテンブルク辺境伯家の名が防壁となれば良いが、もし思慮の無い者が相手だったら――――。
結局、私と叔父様の心配は取り越し苦労に終わった。
皇帝陛下や先帝陛下の御前で悪行に及ぶ者は、さすがにいなかったのだ。
式典を終えた私は、執務中の叔父様に次第を報告するため、皇城内にある国務卿の官邸に向かった。が――――。
「……しまった。完全に迷った」
叔父様からいただいたメモのとおりに進んで来たつもりだったのだが、目当ての建物はまったく見当たらない。
皇城……なんて広いんだ!
城一つでアルテンブルクの領都何個分あるんだろう?
そんなつもりはないが、宮廷に仕えろと言われても絶対に無理な気がする……。
恥ずかしさを押し殺しながら、行き交う衛兵や官吏、メイドに道を尋ねた。
幸いと言うべきか、彼ら彼女らは叙任したての新米騎士に親切だった。
「私もお仕えした当初は何度も迷いましたよ!」
と、快く応じてくれた。
こうして目的地の間近まで来た時のことだ。
あの事件が起こったのは…………。
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