第108話 「詫料を納めてもらおうか」新九郎は吹っ掛けた
「要望は三つございます……」
指を三本立てるジンデル。
ミナは顔をしかめた。
「三つも? 要望するのは自由だが、すべてが叶うとは限らないぞ?」
「ミナの申す通りだ。聞き置くだけに終わってもよいのか?」
「構いません」
釘を差されたジンデルはあっさりと答えた。
聞き置かれる事は織り込み済み、という事なのかのう?
しかし、この淡白な受け応えは如何なることか?
まるで、要望が叶おうと、叶うまいと、どちらでもよいと思っているかのようだ。
こ奴の内心は計り知れぬが――――。
「――――分かっておるならば結構。申してみよ」
「……一つ目は、捕虜となった冒険者の解放です」
左様に申すと、ジンデルは持参した背負い袋の中から厚い紙束を取り出した。
「ブルームハルト子爵の
「
「
「
「恐れ入ります――――」
「――――だが解き放つことは出来ん。どうしてもと申すなら、相応の
「『ワビリョウ』?」
言葉が理解できなかったのか、ジンデルが首を傾げる。
面を鬼瓦の如く恐ろし気に歪めてな。
ミナがすかさず口を挟んだ。
「『ワビリョウ』は異世界の言葉なんだ。こちらの言葉に直すと、賠償金のようなものだと思って欲しい」
「くっくっく……。ミナよ、身代金だとはっきり申してやれ」
「あのなぁ……。私がせっかく穏当な表現で話しているのに……!」
ミナがガミガミ申す間、ジンデルは顎に手をやって何事か考える風で黙りこくる。
しばらくして「伺いたい事が」と問うてきた。
「ゲルト様との戦の時は、『ワビリョウ』の支払いなどありませんでした。無条件で全ての者が解放されたはず。どうして今回に限って支払いを求めるのでしょうか?」
「先の戦では数多くの者が事の仔細を知らず、成り行きで参陣する事になってしまった。俺達の事も地震と共に現れた怪しげな
「……………………よく、分かりました」
ジンデルは長い沈黙を挟んだ後、重々しい声と共に頷いた。
「捕虜となった者はどうしていますか?」
「今は三野やビーナウにて
より正確に申せば、金目の物は武器や馬に始まり焼釘や紙屑に至るまであらかた奪い尽くされ、後に残るは裸に剥かれた
ただ、此度の戦で残されたものはこれに留まらない。
「ビーナウの周囲は見渡す限り焼け爛れ、掘り返されて荒れ果てておるのだ。人手がいくらあっても足りん」
「クリスやカサンドラが魔法を撃ちまくったからな。トーザ殿も火薬を使って――――」
「お待ちください。カサンドラとは……カサンドラ・シュライヤーですか? マルティン・シュライヤーと結婚した……」
「ああ、そのカサンドラで間違いない」
「……ビーナウの災厄は未だに有名です。クリスは彼女の娘――クリスティーネ・ローゼンクロイツですね?」
「クリスの事も御存知なのか?」
「彼女も冒険者です。
ミナに問われたジンデルは淡々と答えた後、また考え込むような様子で口元に手をやった。
掠れるような声で「あいつが味方に付いた……?」と呟く声が聞こえたが、こちらが尋ねる前にジンデルが口を開いた。
「戦場の片付けが終われば解放されるのですか?」
「そうはいかん。
「……おいくらですか?」
「冒険者ならば一人当たり金貨十枚が適当であろう」
ミナが「吹っ掛けたな……」と言いたげな顔をした。
慎ましやかに暮らしていけば、金貨一枚で人一人が一年間喰うてゆける。
金貨十枚なら十年か。
吹っ掛けられたジンデルは腕組みして天井を見上げ、「ふぅ――――」と大きく息をついた。
「……傭兵となった冒険者は約二千人。全員が生き残ったと仮定すれば、金貨二万枚をお支払いせねばなりません。半分でも一万枚です」
「お? 払うか?」
「減額は――――」
「――――致す道理がない」
言下に
「……アルテンブルク冒険者組合単独では到底不可能です。一度持ち帰ります」
「当てがあるのか?」
「今回は近隣の冒険者組合所属の者も数多く傭兵となりました。他の組合とも方針を相談しなければなりません」
「左様か。まあ、好きにするがよい。払うものを払えばいつでも解き放ってやる。ただし、一つ忘れるな」
「……何でしょうか?」
「連中が生きておる間に来い。死んでからでは元も子もないぞ?」
斯様に申せば、何か反応があるかと思うたが、ジンデルは「もちろんです」と言葉少なに答えるのみ。
「二つ目の要望です」と、さっさと次の話に移ろうとする。
う~む……。
先程は
考えをまとめる暇も無く、ジンデルは話を続けた。
「東の荒れ地へ出入りするための通行許可を――――」
「罷りならぬ」
「――――いただきたく…………」
有無を言わせず
ここまで一刀両断に拒まれるとは思わなかったのだろう。
ジンデルは俺が言い終えたともしばらく言葉を続け、事態を理解してようやく口を閉じた。
「…………理由をお教えください」
「
こちらもより正確に申せば、当家が雇い入れた冒険者達は道理を弁えた者が多く、家中の者とも、民ともよろしく付き合っておる。
決して冒険者すべてを疎んじている訳はないが、ジンデルめに懇切に教えてやる義理はない。
民と諍いを起こした冒険者にせよ、ネッカーにたむろしておった冒険者にせよ、道理を解さぬ阿呆であることは明白。
しかも武器を持ち、魔法すら使える
民にとっては剣呑な事この上ない。
ハンナ達によれば、少なくない数の冒険者が斯様な有様なのだという。
危うい者共である事が分かっておるのに、往来の許しなど出せる道理がない。
許すにしても、相当に人を吟味せねばならぬ。
ジンデルはしばし押し黙った後、口を開いた。
「ですがそれでは、お困りになりませんか?」
「困る? 何に困ると申す気だ?」
「東の荒れ地には多数の魔物が生息しています。魔物討伐には冒険者が必要不可欠です」
「我が民は魔物なぞ恐れん。見付け次第、自ら武器を取って退治しておる」
「サイトー様は異世界……からいらしたのでしたか? 異世界ではどうか分かりませんが、魔物はゴブリンやコボルトのようなものばかりではありません。強く、獰猛な魔物も数多くいるのです。魔物に慣れたベテラン冒険者がいなければ、討伐はままなりません」
「心配無用だ。我が家臣共がおるのでな。のう?」
左馬助や近習達に話を振ると、待っておりましたとばかりに次々と口を開いた。
「小鬼は痛んだ青魚の臭いを餌におびき寄せれば、一網打尽にござります」
「頭の悪い連中にて。猿の方が余程手強い」
「一つ目鬼は大人数で囲み、槍で叩き続ければそのうちくたばりまする」
「戦は数、にござりまなぁ」
「
「見た目は恐ろしく、狂ったが如く突っ込んで参るが足元不如意であったからのう」
「海辺におった人語で歌う半人半魚の化け物は如何にしたのだったか?」
「杉ノ介が『なんと歌っておるか分からん!』と鉄炮で頭を打ち抜いてござります」
――――などと、己が見聞きした魔物退治の様子やらコツやらを事細かに語る。
思えば我が家中で真っ先に魔物退治に当たったのは左馬助や近習衆。
領地丸ごと神隠しにあった直後の事であったな。
今では退治した魔物の種類は大きく増え、経験も大いに蓄え、技には磨きがかかり、
母上曰く、こちらの姿を見るなり逃げ出す魔物までいるとか。
話を聞いていたミナは、いつものように「
この程度、狂っておる内には入らんと思うがな。
一方のジンデルは――――。
「ゴブリンやコボルトならともかく………………、サイクロプスにミノタウロス……セイレーンまでも……?」
「そう言えば、九州衆が世にも奇怪な魔物を狩ったとか」
「他にも増して醜悪な姿であったと聞いたぞ」
「たしか……
「まさか……コカトリス……!?」
――――あの厳めしい顔が愕然としておった。
「驚くには値せぬ。源頼光に四天王…………古来より、魔物の退治は武士の務めよ」
最後に「スライムを養殖しておる」と申してやると、人外を見るような目で俺を見た。
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